青城なう


青葉城西高校昼休み、一年生ベランダにて。

「あー……ねえ国見、あんた知り合いにイケメンいない? せっかく華のJKっつーのに毎日液晶に向かって狩りってどうなの?」
「自称イケメンとマジなイケメンは知ってるけど。お前の場合イケメンって書いて不細工って読むだろ」
「せめて逆にしてよ」
「あー……キャラメル食いてえ」
「会話しろよ」

一つのPSPを向かい合って二人で持ち、絶え間なくボタンを叩きながらだらだらと話をする。
会話の緩さとは裏腹な二人の指の動きに、周囲には軽くギャラリーが出来ていた。

「おい烏丸……うわっ、またお前らポップンしてんのかよ」

今日の方から顔を見せた金田一が、二人に挟まれたPSPを見て顔をしかめた。
金田一も参加した事があるが、どちらも初心者の金田一に容赦がなく、酷いスコアでコテンパンにされた記憶しかないのだ。

二人ともまだ画面から目は離さず、しかも金田一の登場も発言も意に介さないような素振りで会話を続けた。

「おう烏丸、こいつは?」
「はあ? 金田一は長いけど普通にイケメンじゃん」
「なっ、なんだよいきなり」
「まあなあ……さすがに崩れちゃ居ねえしな。チッ、俺の負けか」
「フフン、私に勝とうなんて100年早いわ」
「……勝負、終わったか? 烏丸、お前に客だけど」

客、という言葉にようやく顔を上げた。
しかしどうみてもめんどくさい、という顔である。

「ん? 誰? 隣のクラスの陣内くん?」
「いや誰だそれ。呼んでんのは及川さんだけど」
「国見、もっかいやろ」
「おう。次は負けねえ」
「ちょっ、烏丸!!」
「円ちゃんのイケズ! 話くらい聞いてくれてもいいデショ!」
「うわっ、入ってきた……」
「酷い」

途端に女子の黄色い悲鳴が上がった。烏丸の気分とは裏腹に、原因は随分気分が良さそうである。

烏丸円。ここにいる及川、金田一、国見らと同じ北川第一出身で、その頃は男子バレー部のマネージャーをやっていた。
そうして、卒業後には大多数の部員達と道を同じくしてこの青葉城西高校に進学してきたわけだが、理由は単純、家から近いからだった。

金田一と国見も進路を知ったときはマネージャーを続けると思ったのだが、「趣味に没頭したいからやんない」とバッサリ一蹴されてからは勧誘は諦めている。

同中出身で彼女の勧誘を諦めきれないのは、及川ただ一人だ。

「及川さん、しつこくて聞き分けのない男はモテませんよ」
「残念でした! 俺はみんなの人気者です!」
「…………」
「ちょっとそのマジな顔止めよう? 及川さんも傷つく」

はああ、と大きな溜め息をついた烏丸が、国見との新しいバトルのスタートを押しながら。何度言われたって私の答えは変わりませんよと突っぱねた。

その日の、放課後の事だった。

「ん? あらっ、バレーボール……ゲッ、男子か」
「すまん、そのボール……ん? お前、烏丸か?」
「あ。岩泉さん?」

足元に転がってきた、マジックでしっかりと「男子バレー部」と書かれたボールを軽く投げ渡した。
お久しぶりですと笑った烏丸に、苦い顔でわりぃな、と呟く。はて、会話にならないなと首を傾げた。

「あのバカだよ。毎日一年のとこに押し掛けてるって、花巻……あー、他の部員に聞いたんだ」
「ああ……ええ、毎日懲りずにいらっしゃいますよ。相変わらず大変ですね岩泉さんも」

心中お察し致します、とわざと仰々しく言うと、笑い事じゃねえよとかなり疲れた顔で言われた。
この二人は相変わらずいいオカズになるなあなんてとても口には出せない事を脳裏に綴りながら控え目に笑っておくことにする。

「ま、及川の気持ちもわからねえでもねえが」
「はい?」
「お前のマネジメントは悪くなかったって話だ。一年……正味半年くらいか。そんぐらいしか世話にならなかったが、正直かなり助かってたからな」
「……ありがとうございます。選手の方にそう言って頂けて、光栄です」

(こっ、これが噂のイケメンか……! 顔面は好みじゃないとは言えうっかりときめくじゃないか。さすが岩泉さんレベル高い……)

なんて、かなり不謹慎な烏丸の脳内も知るはずがなく(もっとも、知らぬが仏だろうが)。
意を決した顔で岩泉は向き直った。

「……あのよ、烏丸。最初で最後にするから、頼んでもいいか」
「えっ」
「うちのマネージャー、やってくれねえか?」

キリリとした岩泉の真摯な目に射抜かれて、思わず決意が揺らぎそうになる。
しかし、家にある数々のゲームソフトを脳裏にずらりと並べて、ふるふると首を振った。
時間の工面がしやすい学生の間、存分にゲーマーライフを楽しむと自分に誓ったのである。

「……ごめん、なさい」
「……ああ。俺までしつこくして、悪かったな。んじゃ、気をつけて帰れよ」
「はい。先輩も、練習頑張って下さい」

そう言って、くるりと背を向けて歩き始めて、三歩。

「あっ、烏丸!」
「っだ!?」

バコーン、ととんでもない音を立てて、凄まじい勢いで飛んできたボールが烏丸の後頭部にクリーンヒットした。
不幸中の幸いと言えば、岩泉の咄嗟で苦し紛れの注意宣告に烏丸が振り向かなかった事である。振り向いていれば顔面キャッチだった。

「だっ、大丈夫か!? 保健室行くか!?」
「あだだだだ……いやー、大丈夫です……私体だけは丈夫なんで」

心配してくれる岩泉にあはははは、なんて笑い返していると、「すっげー音なったけど、まさか人に当たった?」「かもな。うわー……せめて女子じゃありませんように」なんて軽い会話と足音がして。

「あ。なんだ岩泉じゃん」
「じゃあ今の、岩泉に当たった音? それとも跳ね返した?」
「お前らか……! どっちもちげえ、こいつの後ろ頭に直撃だ」
「ゲッ、女子!?」
「うわっ、悪い、大丈夫か?」
「あはは、大丈夫です……昔及川さんや影山のフカしたサーブを顔面で受けたのに比べたら……あはは」

へらっと笑った烏丸に、一人はギョッとして、もう一人はぱちくりと目を瞬かせた。岩泉は溜め息で、「中学ん時の後輩。元マネージャーだったんだよ」と付け加えると、二人は合点がいったように笑った。

「じゃあ最近及川が付け回してる?」
「つけ……まあ、そです。断り続けてるんですけどね」
「よーし、そんまま断り続けてくれよ」
「へ?」
「俺ら二年と賭けてんの。今月中にあんたが及川の誘いに折れるか折れないか」
「俺ら二人は折れねえ方に賭けてんだわ。だから粘ってくれよ」
「お前らなあ……」

悪戯っぽく笑った二人に烏丸は心臓を鷲掴みされたような錯覚に陥った(多分この二人のどちらかが花巻さんとやらだろう)。
その賭けとやらが及川をムキにさせているのだろうなあ、と察して、烏丸はしばし逡巡した。

その間にも、三人は「まあマネージャーは居てくれたら助かるけどよ」「及川もよくやるよな」「おら、練習戻るぞ。悪かったな烏丸」などと言い合いながら彼女に背を向ける。

その後ろ姿を見ながら、彼女が出した結論は。

「あのっ、先輩方!」
「なんだ?」
「どした?」
「烏丸?」
「賭けの期限は今月中、ですよね。それなら……私、来月までは持ちこたえますから! 見学、行かせて貰いますね、岩泉さん!」

今度こそそれぞれに驚愕した表情を見て、烏丸は満足そうに帰って行った。
その翌日から毎日、ギャラリーにはノートを携えた烏丸の姿があり、翌月の頭にはびっしり書き込みされた数冊のノートを抱えて、体育館に足を踏み入れたのだった。
(北一出身、烏丸円です! 中学でもマネージャーでした、よろしくお願いします!)
(えっ……烏丸!?)
(なにお前どうした)
(やっとその気になってくれたんだね円ちゃん!)
(あっ、間違っても及川さんの為じゃないんで半径三メートルに近寄らないで下さい)
(ひどい! イケズ!)

……勿論、中学に引き続き、マネージャーを続ける決意をした理由が、彼女の趣味の一端が大きな決め手だったなんて事は、誰もが知らない方が良いことである。





 


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