秀徳なう


「うわ……ぶさいく……」

鏡に映る自分を見て、ぼそりと呟いた。

目は充血して潤み、まぶたは腫れぼったく、鼻も赤いし、心なしか周りが少し荒れているようにすら思う。

加えて頭はぼーっとするしふらふらして倦怠感がつきまとう。

年々酷くなっていくような気がするなあ、とマスクと伊達眼鏡を装着してとぼとぼトイレを出た。

人生ままならないものだと悟ったように心でボヤいて歩いていると、うっかり誰かとぶつかった。
後ろによろけたが、ぶつかった相手が捕まえてくれたお陰で転ばずに済んだ。

「すまない、大丈夫か?」
「ごめんなさい……ありがとう……うっ」
「?」
「ごめんなさい……っ!」

おそらく外れでない危機感を覚え、そこから脱兎の如く駆け出した。

ぶつかった男子はポカン、とそれを見送ったが、すぐに周りから刺さる視線に気付いて居心地を悪くした。

「……なんなのだよ」
「あー、そっか、マスクとメガネでわかんなかったけど、もしかしてあれ蔵元先輩かな? やっちゃったね真ちゃん」
「誰なのだよそれは」
「真ちゃん知らねーの? 二年の先輩だよ、蔵元瑞姫。さっきはメガネとマスクであんまわかんなかったけど、すげー美人なんだってよ」
「……先輩だったのか」
「真ちゃん気にするとこちげーし!」

ブフォッと吹き出してけらけら笑う高尾を一睨みして、また歩き出した。

そして、その日の放課後。
なぜか緑間が蔵元を泣かせたと言う曲解甚だしい話題が部内で持ちきりになっていた。

「緑間お前蔵元泣かしたってマジ?」
「違います。廊下でぶつかっただけです」

この会話も何回したか知れない。
大坪には上級生の女子をビビらすなよなんて諭されるわ、宮地には女泣かす暇あったら練習しろ轢くぞと相変わらず理不尽な文句を言われるわ、木村には相手は選ばねえと分が悪いぞと斜め上に心配される始末。
緑間のイライラはピークに達していたし、それをみて爆笑する高尾の腹筋もそろそろ限界が近かったし、それにまた緑間の怒りのボルテージが上がっていった。

その時だった。
体育館の出入口が開いて、すみません、と声が響いたのは。

「大坪先輩いらっしゃいますか? 委員会の事でちょっと……」

ふごふごと籠もった声で、やはり眼鏡とマスクを着用した、蔵元がいた。

「蔵元……」
「あ、すみません、大坪先輩。部活中なのに……」

ぎゅっと眉根を寄せて、ぐすっと鼻を鳴らし悩ましげに俯く美少女とは、例え眼鏡とマスクを装備していてもお構いなしに目の毒だった。

「委員会のことで」と言われた事はスポポポポーンと頭から抜け落ちてしまったらしい。
変わりに今の今まで部内すら騒がせていた噂が割り込んできたようで、

「すまないな蔵元……うちの一年が」
「はい……?」

と完全に斜め上の発言をして高尾の腹筋にとどめを刺した。

「俺はなにもしていません! 廊下でぶつかっただけです!」
「……あ、もしかして、なにか噂になっている話の事ですか? えっと、緑間くんが私を泣かせたとかなんとか……」
「丁度いいのだよ。俺がなにを言っても聞いて貰えないので、あなたの口から訂正して事実を教えてやって欲しいのだよ」

イライラとメガネのブリッジを押し上げた緑間に、蔵元は苦笑した。

「そう、なんだかごめんね緑間くん。私の不注意でぶつかっただけなのに」
「いや……ぶつかったのは俺の不注意でもあったのだよ」
「ええと、大坪先輩、緑間くんに泣かされたなんて誤解です。ぶつかったのは事実ですが」
「けど、泣きながら走り去ったッスよね?」
「高尾!」

それみたことかとふんぞり返る緑間をしりめに高尾が口を挟む。
それに対してまた緑間に視線が突き刺さったが、それなんだけどね、と蔵元がメガネとマスクを取り去った。

「私、花粉症なの。緑間くんとぶつかった時に走って行っちゃったのはとんでもなくくしゃみが出そうになっちゃってね……一回出ると止まらないから」

目も鼻も真っ赤ですごくぶさいくだから見られるの恥ずかしかったんだけど緑間くんにあらぬ嫌疑が掛かったままなのは悪いから、と鼻をすすりながら急いでまたメガネとマスクを着用する。
それからまた、騒がせてすみませんでしたと小さく頭を下げた。

その姿にふん、と鼻を鳴らした緑間の耳が少し赤いこととか、普段は厳しい三年生達が赤くなったり照れたり動揺していたりするのを見て、ついに高尾はひいひいと腹を抱えて笑い出したのだった。

(あの……委員会のお話を……)
(あ……ああ、すまん。そうだったな)
(蔵元お前花粉症なら中入れよ。汗くせーけど外よりマシだろ)
(え、でもお邪魔でしょうし……)
(気にすんな)
(ブフォッ宮地サン超優しいッスねフェミニストッスか)
(よーし高尾こっち来い轢く)
(あの……)
(ああ、気にするな。あれいつものだから)
(はあ……)
(……蔵元先輩。花粉症なら市販でもよく効く薬があるのだよ)
(えっ、ほんとう?)

この日以来、妙にバスケ部が蔵元に絡み始めるわけだが、それはまた別の話である。





 


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