「あの日のことを思い出す」

 


"僕"には、一つだけ恐れていることがあった。

姉に―――征華に、憎まれているのではないかという事だ。

探ろうとしても探れない。我が姉ながらほんとうに底の見えない人物で、だからこそ"僕"はそれを本当に恐れていた。なによりも怖がっていた。

"僕"に幼い頃から真っ直ぐに欲しい評価をくれるのは彼女だけだった。
父は一番にしか興味がないし、一番を取ることが当然で、また何故か周りさえそう思っていた。
それに伴う努力も知らず、誰もが天才だとほめちぎった。

そんな中で、いつも姉だけが努力に気付いてくれていた。

けれど、彼女はいつも出来損なった。なにもかも失敗ばかりで、成功したことが無かった。
誰もが、"僕"に才能を全て奪われたのだろう、と勝手に哀れがったけれど、そうじゃない。彼女の方こそ、紛れもない天才だったのだ。

それを知った時に、気付いてしまった。

征華は女であるだけで父に見むきもされない。戸籍上は赤司家の長子であるのに、いつも劣ったふりをしている。
己に期待をさせないためか、それとも"僕"の為だったのか。
定かではないけれど、確かな事もある。"僕"がいたから、彼女はあんなまねをしているのだろうし、彼女があんなまねをしたから僕が生まれた。

昔、幼い頃のアルバムを見ながら"僕"が呟いた。

「俺が居なければ、きっと姉さんはああはならなかった筈だ……俺が、あの人と一緒に、生まれて来なければ」

その言葉は自分の中に酷く重たい鉛を縛り付け、誰にも見せられる筈の無い不安が常に、じわりじわりと付きまとうようになってしまったのだった。


 
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