「欺瞞」
文武両道、絵に描いたような天才、恵まれた人間。
たまに人間味も感じられないような、そんな彼も。
「俺は、貴女がいるから……っ! お前がそうじゃなきゃ、僕はこうはならなかったんだ!!」
感情的になる場面っていうのが、存在したのか。
(びっ―――くり、した……)
胸に手を添えれば、まだばくばくと暴れている。
いつもクールで、不敵に不遜で。
あんな風に取り乱すことは、考えられなかったけれど。
彼だって人間だし、さらには一つ下の後輩なワケだし。
なんら不思議ではない、はず。
「……あら。実渕先輩」
「!?」
「……そうですか。聞いてらしたのは、先輩だったんですね」
よく似た顔。目つき。目元と口元を緩めた笑い方まで、そっくりだ。
まるですべてを見透かしたような笑み。
「今の、は……?」
なにも聞いてない、なんて繕うには遅すぎたはずなので、素直に訊ねてみた。
すると、きょとんとして。
また、くすりと笑った。
「なんてことはありませんよ。私がまた征十郎の機嫌を損ねてしまっただけです。よくあるんですよ」
私が、出来損ないなものだから。
赤司征華。噂には聞いていた。
秀でた片割れが有名になれば、比較対象も一緒に有名になるのは珍しい事じゃない。不出来な片割れ、才能をすべて奪われた姉。
彼女自身も周りも、そうは言うけれど。
しかし実渕は直感した。
「ねえ征ちゃん」
「なんだい? 玲央」
「あなたのお姉さん、自分のこと、"出来損ない"なんて言っていたのだけど」
「……そう」
色の違う双眸が細められた。
そうして、実渕は確信した。
「……相変わらず、嫌味な姉だ」
(彼女は、出来損なった振りをしている)
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