「恨み」

 


弟を、羨ましく思ったことは、なぜだか無かった。
諦めが早すぎたからかも知れない。
だけど、諦めなければ、自分の中で処理できなかったのだ。
放り出す以上に上手い方法がわからなかった。

私は、中途半端に投げ出すことばかり覚えてしまった。

弟に出来て、私に出来ないことは何一つ無かった。今も、無い。
それでも父にとって、女である私はそれだけで無用の長物、どんな才能も意味はなかった。

女に生まれてしまった私も惨め極まりなかったが、男に生まれてしまった弟も、可哀想でしかたがなかった。

赤司家の長男として生まれたからには、彼は誰よりも、何よりも、全てを退けて頂点に立たねばならなかった。
私は彼の前に立って、常にそれを阻み続ければならなかったのかもしれない。
けれど私は、そうではなく、彼に道を譲ることを選んでしまった。

「……征華」
「あら征十郎。どうかした?」
「高校は、どうするつもりだ?」
「そうね。外に出ようとは思うわ。……お父様のお側じゃあ息苦しくてならないもの」

いつからか、なんて。忘れてしまった。

だけど赤い瞳の奥が、時折黄金色になる。
黄昏色、まさに、そこに別の誰かが居るように。

"彼"が私を見るときは、いつも非難がましい目をしている。

「……なら」
「うん?」
「それなら、洛山に来たらいい。あちらの別邸で僕は暮らすことになっているから。征華もそうしたらいいだろう?」

常に父からの重圧に晒され続けた幼い彼の精神は、優しい母を喪ってから殊更、一人ではいられなかった。
弱い自分を守ってくれる、隠してくれる、もう一人が、必要だった。

「……ええ。いいわね。努力、してみるわ」
「ふ……努力か。征華には、一番無縁な言葉だ」

私が彼の前に立ちはだかり続けなければいけなかった。弱いところを守ってあげなくてはいけなかった。
けれど、なにもかもを投げ出した私にそれが出来るはずもなく、彼は生まれた。

彼は、紛れもない。

「まあ、これで、高校も少しは楽しめそうだね」

征十郎を蔑ろにし続けた、私や父に対する恨みの化身だ。


 
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