「愛情」




頭のずっと奥の方、もう殆ど消えかけたもう一つの自我が、ボソリとボヤいた。
「僕は征華が大嫌いだ」、と。

思えば昔からそうだった。
こいつは生まれてからずっと、そう言い続けている。

何がそんなに気にくわないのかと思えば、どうやらこいつはいたく父に似ているらしかった。
あの人は、不器用な人だった。

「征華さんとはその後どうなんですか?」
「変わりなく過ごしているよ。来週うちのピアノの調律が入ってね。終わったら弾いて貰う約束をしてる」
「そうですか。なによりです」

なにがどうして姉が彼と親しくなっていたのかは知らないが、彼は、もとより姉の本来の実力を知っているらしかった。

「……なあ黒子」
「はい?」
「綺麗だろう、姉さんは」
「…………否定はしませんが、反応に困ります。なんです? 身内自慢ですか? っていうか赤司くん同じ顔じゃないですか」

やや渋い声になったことに笑って、そうじゃないと補足する。
なんなんです、と電話口の向こうでため息が聞こえた。

「アルバムの整理をしていたら、古い写真を見つけてね」
「はあ」
「昔の両親の写真だよ。姉さん、昔の母さんにそっくりだったんだ」

父は元々厳しい人だったけど、姉に対しては一見無関心だった。

だが、父が姉に対して何も要求しなかったのは、無関心だったからではなく。
自分の娘だというのに、仕事一辺倒なあの人はどうやら女児に対する接し方がわからなかったらしい。
跡を継ぐのは、同い年に俺がいるから。
だから、姉には自由を許していた。
しかしそれは完全に裏目に出てしまったし、母が亡くなった後、関係は完全に悪化する。

父はあんなふうでも、本当に母を想っていたらしい。
(必要ないと思ったからかもしれないけれど)母が亡くなってから再婚するそぶりはないし、あの後の父の剣幕は、まるで母がいないことを紛らわすかのようだった。

それになにより、今黒子に言った事実。
年々母の面影を濃くする姉に、父は関わりたがらなかった。

「……つまり、征華さんが"ああなった"のは」
「父が余りにも子育てが下手だったってことかな」
「はあ……」
「姉さんも聞き分けが良すぎたんだろうね」
「まあ君達が駄々をこねるなんて想像できないですけど」

そんなことより、と繋いだ黒子の言葉に耳を傾ける。
さっきよりも少し硬い声で、

「まさかと思いますが、君達まだちゃんと話してないことあるんじゃないですか?」
「…………」
「……赤司くん」
「……驚いたな。よくわかったね黒子」

なんとも間の抜けた俺の返答に、電話口の向こうから深々とした溜息が聞こえた。


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