「切なる喜び」




歓声が響く。感動、歓喜、驚愕の声が木霊する。

「……かっ、た」

もう一人の弟はいなくなった。
ずっと、逃げていた征十郎が表に出てきた。

ずる、と手すりに掛けていた手が滑る。目の前がコートではなく、壁になってしまってからやっと、膝が折れてへたり込んだことに気が付いた。

他のどの天才たちにもダメだった。
ただ一人、才能に恵まれないと言われ続けた彼が。
ぼろりと溢れた涙をジャケットの袖で拭って、足に力を込めて立ち上がる。
選手たちが退場していくコートを後目に、未だ沸き立つ観覧席から、駆け下りるために。

人の少ない廊下を走る。こんなに全力で走るのは一体いつぶりなんだろう。わからない。けれど、本当に、久し振りに、身体のどこも熱くて、手足も震えるようだった。

誠凛高校控え室、と書かれた扉を、なりふり構わず開いた。

「黒子くん!」
「っ! 征華、さん……」

先の試合で随分消費しきった彼は、ジャージを羽織った姿でベンチに座って、それでもまだ、汗だくだったけど。
当たり前に騒ついていた他の選手には申し訳ないと思った。でも、そんなことより、私は彼に言わなければならないことがあった。

ちゃんと、見に来てくれたんですね、なんて笑った黒子をそのまま抱き締めた。

「ちょ、征華さん、僕今汗が」
「ありがとう……ありがとう、黒子くん。お疲れ様。ごめん、ごめんね。本当に、ありがとう……!」

小さい、バスケットプレイヤーとしては小柄な方に入る弟よりも、少し小柄な身体。
それでも、あの弟に敗北を教えたのは紛れもなく、この選手。このチーム。

なにか言いかけていた黒子も、はい、と静かに頷いて、ぽすぽすと私の背を撫でるように叩いた。

「キミも、お疲れ様でした、征華さん。ちゃんと、見てくれてありがとうございます。……だから、征華さん」

キミが来るべきところは、此処じゃなくて別のところがありませんか?

諭すような声が耳から染みた。また、鼓動が早くなる。もっと身体が熱くなる。

逃げていたのは、彼だけじゃなくて。

「……うん。そうね、ちゃんと、いってくる」
「はい。それじゃあまた」
「うん。……ごめんなさい、誠凛さん」

出しなに早口で言って、また廊下を駆ける。震えが広がって、カチカチと歯が鳴ってしまっていたけど、これ以上逃げを打つわけには、いかなかった。

まるで台風一過のようなシーンを見ていたチームメイト達はポカンとして、足音が聞こえなくなって、漸く正気を取り戻した。

「ぅおい黒子なんだ今の!!」
「なんでまたお前に女子が!」
「しかも美人!!」
「どういう状況だったの今の!?」

矢継ぎ早に騒ぎ出すチームメイト達に暫く耳を塞いで、それから何を言っているのかとばかりに首を傾げた。

「どうもなにも……見たことある顔だったと思いませんか?」
「えっ?」
「赤司くんのお姉さんです。双子の。今日の試合、必ず勝つから、見に来てくださいねって、約束していたんですよ」

ちゃんと見てくれてよかった、と。
開け放たれたままになっている扉の方を見て、彼は微かに微笑んでいた。


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