腹を割る
にはまだ早い
昼食休憩、一時間。
弁当を握って、自販機でジュースを適当に二本買って、一年間通い続けた教室を目指す。
人の居ない校舎は昼間でもいっそ不気味で、それと同時に、妙にすっきりしていた。
人が居ないと言うことは、なんの思惑も飛び交うことがないからかも知れない。
そんな馬鹿げた事を思いながらがらりと扉を開ければ、窓際の一番前、いつも空席だった場所は、ようやく主を得ていた。
「よう、弓長」
「やっ、矢巾くん!?」
「おー。ここで飯食っていい?」
「へっ、あ、はい、それじゃあ私しばらく別の所にいますから……」
「えっ、意味わかんねーなんでなんで、ちょっ、弓長っ」
すすす、と席を立って遠ざかろうとする彼女を慌てて捕まえて、それから元通りすとんと座らせた。
そしてパックのお茶とフルーツオレを見比べて、とりあえずフルーツオレを握らせた。
「あ、あの、矢巾くん……?」
「お前と飯食おうと思って上がってきたんだってば。なんでどっか行こうとすんの」
「へ……え?」
「フルーツオレ飲める?」
「あ、はい、えと、好きです」
「まじでか。じゃあいいや」
意外と適当な選択も間違ってなかったなと数分前の自分を褒めながら隣に座る。
俺が弁当を広げる間も、彼女はオロオロとしていた。
そして俺が頂きます、と呟いたら、ようやく少し動き出して。
ぷるぷるしながらフルーツオレのパックにストローを差して、少し飲んで。
それからやっと諦めたのか彼女も課題らしきプリントをよけて弁当を広げ始めた。
「……あ、あの、矢巾くん」
「ん?」
「どうして、その、ここに?」
「え、だから、お前と食おうと思って」
「や、ええと、ですから。なぜ私と、食べようと思ったの、かなあと」
「……」
かつん、と。
箸の先が弁当箱の底を叩いた。
そんな些細な音にも彼女は肩をビクつかせて、すみません、答えたくないことなら構わないんです忘れてください、と。早口に言ってまたフルーツオレを飲んだ。まるでそうする事で口を塞ぐように。
「……落ち着くから」
「……っえ?」
「お前多分、俺のこと知らないから」
「……矢巾、秀くんですよね?」
「いやそうじゃねーよ。そうじゃなくてさ……ん、まあある意味そうかもしんねえけど」
「……?? な、なんか矢巾くん、言ってることが難しいですよ……」
ここには誰もいない。
バレー部の矢巾秀を知らない弓長しか、ここにはいない。
息が詰まりそうなプレッシャーも、膝を追ってしまいたくなる批判も。
ここには、なにもないから。
「ま、あんま深い理由はねえよ。お前も居るってこないだ聞いたから、なんとなく」
「……そう、ですか」
彼女が嘘に気付いたか気付いていないか、それは些末な事だ。
ただ、本当のところを打ち明ける気には、まだ、ならなかった。
[ 6/22 ]