手に汗握る
自宅前

 


ピンポーン、と軽快な音を立ててインターホンが鳴った。

……ではなく!

「やっ、矢巾くん!?」
「え?」
「いやっあの、」
「はい?」
「あ、すみません、俺、えーっと、あ、千弦さんのクラスメートの矢巾って言うんですけど」
「……ちょっと、待ってね」

向こうから聞こえた母の声に思わず黙ってしまった。

待てと言って切った声も堅かったが、出てきた母の表情も堅い。
当然と言えば当然だが、私が学校に中々行けなかったことを知っているからだし、原因も、詳しくはともかく、承知していたからで。

彼の隣に立っていた私を見て少々驚いた顔をしたが、またすぐに矢巾の方に向き直り、なんのご用かしら、とやはり堅い声で言った。

すると彼はいきなりバッと身体を腰から90度に曲げた。

「やっ、矢巾くん!?」
「すんません、決してわざとじゃないんですけど、バレーボールぶつけて眼鏡ぶっ壊しました!」
「えっ……え?」
「ちがっ、事故、事故だからお母さん! たまたま!」
「体育館開けっ放しだったのがそもそも悪いんで、俺、弁償するんで……! とりあえず送りにと、謝りに来ました。ほんとすんません」
「やっ、矢巾くんの所為じゃ無いってばあぁ……!」

情けなく震える声であわあわと矢巾の言葉に訂正(?)を入れながら、彼と母を交互に見る。
母もキョトンと彼の突然の言動に呆気に取られていたが、ぽん、と矢巾の肩に手を置いた。

「……ありがとう矢巾くん。弁償は、気持ちだけでいいわ。送ってくれて、そうやってわざわざ頭を下げてまで謝ってくれただけで十分よ」
「そ……っすか」
「ええ。代わりと言うのはなんだけど……これからも娘と仲良くしてあげてね」
「ウス」

いやあの、お母様、これからもなにも認識されたのすらつい30分前の事なんですけど……!

ともあれ、穏便に(?)事も済んで、私は矢巾にもう一度ありがとうと頭を下げた。
そして彼を見送ろうと気をつけてね、と言おうとした時。

「弓長さ、春休みも学校来るんだよな。明日も?」
「う、うん。行くよ。平日は、毎日。あと、土曜日も午前中は」
「つーことは、平日は夕方まで?」
「うん、そうだけど……」
「ふーん……じゃ、またな」
「えっ、う、うん、気をつけて……」

彼の背中が見えなくなっていくのを確認して、家に入った。
改めてただいまと言った私に、母もおかえりと言ってくれたのだけど。

「……あんな子もクラスにいたのね」
「へ? あ……う、うん。あの、ほんとに矢巾くんは悪くないから……!」
「わかったわかった。……そんなの、彼を見たらわかったわよ」

まあ、頭を下げて謝ったりしてくれたもんね、と言うと、それもそうだけどね、と呆れたように母は言った。

「我が娘ながら鈍いわねあんた」
「え? なんで? 他になんかあった?」
「あの子、学校の方に歩いていったわよ。遠回りか、逆方向だったんじゃないの?」
「え……あ、あっ!?」

母に溜め息混じりに言われて気が付いた。
それなのにわざわざ送ってくれたのか。
練習のあとに疲れていただろうに。
申し訳ない事をした。

なんていい人なんだ、矢巾くん。

「……なんか、お礼しよっかな」

壊れた眼鏡を見ながら、ぼんやり呟いた。


 
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テーマ「人外ファンタジー」
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