目から鱗
の事実

 


急いでいたのでボールは片付けたがモップ掛けはサボってしまった。
事が事だし仕方ないよな、と心の中で誰にともなく言い訳をする。
どうせ明日も一番に来るのは自分なのだから、構いやしないか、とも思って。

「そういやお前さ」
「は、はい」
「俺のこと知ってるっつーことは2年だよな? 名前は?」
「えっ……」
「え?」

一瞬、目を大きく開いて、それからそれを誤魔化すようにあははと笑って弓長千弦です、と名乗った。
その態度に疑問を覚えて眉を潜めると。

しばらくもごもごとして。

「ええと、ですね矢巾くん……」
「な、なんだよ」
「誠に申し上げにくいのですが……私、2年5組でした」
「……えっ?」
「……一応、クラスメートです……」
「え!?」

ほんの少ししゅん、として。
いいんです、仕方ないんです、大丈夫です慣れてますから、とさっきより全然大丈夫じゃない様子で呟いた。

ボールをぶつけるわそのおかげで眼鏡も壊すわクラスメートだったのに名前も覚えられてないわで踏んだり蹴ったりだ。弓長が。

とは言え、本気で記憶に無い。
いくら話をしない女子でも、さすがに同じクラスに一年いたら一応顔と名前くらいは一致する筈なんだけど。

そう思いながら記憶を辿っていると、ほんとに気にしないで下さい、ほんとに仕方ないですから、と弓長が言った。

「私、その、恥ずかしい話ですが、あまり、教室には居ませんでしたから」
「え? ……あ。窓際の、一番前の」
「……はい。そこ、私の席だったそうです。一応」

夏休みの終わった頃から。いつも必ず空席になっているところがあった。

いつもは棚の上にあるはずの花瓶が、時々置かれたりしていた。あれは、たまたま空いた席を棚代わりにしていたのではなくて。そうではないと、したら。彼女は。

「恥ずかしながら、進学するには単位が足りないらしくて。でも、先生が、春休みの間毎日来て課題をやれば補充出来ると言って下さったので、それで、残っていたんです」
「……そっか」
「はい。……あ、矢巾くん、あの、私の家、ここなので。もう、大丈夫です。ありがとうございました」

ぺこり、と深々頭を下げた弓長の向こうに建つ家には、確かに弓長という表札がついていた。
いい匂いがする。夕食の匂いだろう。

おう、と頷いて。

俺はインターホンに手を伸ばした。


 
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