天は自らを助く者を助く
のだ
彼に言ったら、やっとかよ、なんて言って笑いそうだけれど。私が赤いフレームの眼鏡に、ようやく慣れた頃だった。
昼休み、昼食を終えた後に体育館のそばで、戯れのようにバレーボールに触れる矢巾が、スケッチブックを広げる私に視線を寄越さないままに、あのさ、と切り出した。
「どうしたの?」
彼は気付いているかわからないが、「あのさ」と彼が切り出すときは、一生懸命言葉を探しながら、伝えたいことを必死に教えてくれる時だから。だから、鉛筆を止めて彼の言葉に耳を傾けた。
「……少し、乗り越えたよ」
「うん」
「あの人を越えたとか、そんなことは思えないけど」
「うん」
「けど、俺は、あのチームで、全国に行く。他の強豪も、天才も、全部退けて」
「うん」
「だから」
ボールを放るのを止めて、もう一度だから、と続きを言いよどむ。
その先を急かさないで、待った。たっぷり一分、彼は何度かだからを繰り返した後、真っ赤な顔でバッとこっちを向いた。
「っだ、から、ちゃんと、見張っといて。また俺が、腐ったり、とか、しねえように。折れそうになったら、張り倒して」
「……っう、ん」
つられて此方もぶわっと顔が赤くなってしまった。
それでも、こくこくと何度も頷く。
はり倒すなんてことは、出来ないだろうけど。
もし、もしまた、彼がなにも見えなくなってしまったら。心が腐ってしまったり、折れてしまいそうになったら。
その時はちゃんと教えてあげたい。あなたは努力を怠ったことはないのだと。あなたは前に進んでいるのだと。あなたは、一人なんかではないのだと。
しゃかしゃかと、止めていた鉛筆を走らせてスケッチブックを閉じた。
そしてそのまま、それを矢巾の方に差し出す。
「……私が出来るのは、このくらい、だけど」
「ん。そうでもねえよ。俺、すげー救われてる」
あの日ボールかっ飛ばしてお前にぶつけて良かったわ、なんて言って彼は笑った。
彼がバレーに関わる姿を描いたスケッチブックは、つい今し方、10冊を超えた。
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