骨の髄まで
好きだったから
私は、昔から絵を描くのが好きだった。
だけど、ただ好きで描いていた筈の絵がどんどん嫌いになりそうだった。
私は、いつからか"天才"だと言われるようになった。嫌いになり始めたのはそれからだった。
才能だとか天才だとか、私はその言葉が大嫌いだった。
「言い訳ですよ、そんなの。所詮逃げ出してしまった人の」
「……っ」
ぐっと矢巾の顔が歪んで思い切り苦い顔になった。それでも私の口は止まらなかった。
「そうして相手を上げるふりをして自分を下げれば逃げたことに対する免罪符になるとでも? そんなの、間違ってる」
「……っそれでも! いるんだよ現に天才なんてのは! どうやったって凡人が追い付けないところに!」
「違う! 天才だって言われる人達は自分を天才だなんて思ってないもの! 言ってるのは周りだけ! そんな言葉で無視しないでよ!」
思わず荒げた声は、周囲の席から少し視線を感じたが。それでも昼食時の喧騒に消えた。
私の言葉に先ほどは顔を歪めた彼も、今度は不思議そうに首を傾げた。
「無視……?」
「……才能とか、天才とか。そんな言葉で、積み上げた努力を無かったことにされるのは嫌です」
「……」
「天才は、いるかもしれない。だけど、その人達だって努力を怠ればそれは宝の持ち腐れです。努力ありきの、結果のはずです」
何十、何百、何千ものデッサンを描いた。一つの絵に何日、何十日もの時間を割いた。
一朝一夕の結果じゃない。頂いた賞は、それが認められたのだと思った。
だけど、認めてもらえなかった。そんなものまるでなかったみたいに、みんな口々に「いいわね、才能のある人って」「天才ってずりーな」「またあなたなの?」「どうせまた天才様が賞を取るんだろ」「引き立て役になるなんてごめんだ」、極めつけに、居なければいいと、邪魔だと言われた。
私一人居るおかげで部内の空気は悪くなる一方で、制作意欲が削がれていくと。
それから部活に行くのが怖くなった。行けなくなった。これでいいんだと思い込んだ。部活じゃなくても絵は描けるから。
教室で描いていたら、同じクラスだった部員に、やはり制作意欲が削がれていくから目に入るところで描かないでくれと言われた。学校で描くのは止めた。教室に行くのが怖くなった。次第に、学校に行くのが、家を出るのが怖くなった。
そこまで、追い込まれたのに。
「結局、私は絵を嫌いにはなれなかったんです」
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