後悔先に立たず
とはよく言ったものだ
いくらなんでもあれは無い。我ながら酷かった。
「八つ当たりだろ、あんなん……」
ボールの感触を確かめながらボヤく。
昼休憩、ここ最近入り浸る教室での出来事が、午後の練習中ずっと脳内リピートされていた。
正確には、八つ当たりのように吐き捨ててしまった俺のセリフに対して怯えたような表情をした弓長が、だけど。
彼女は知らないんだ。知るはずがなかったのだ。俺の前にいた主将が、セッターが、どんなに凄い人かなんてのを。
だからあれは、嫌みったらしいお世辞でも何でもない、彼女自身の感嘆の言葉だったのに。
判ってたって、素直にありがとうと笑える余裕がなかった。
あー、マジでかっこわりー、かっこよかったことないけど、なんて卑屈に自虐に走っていると、渡に呼ばれて振り向いた。
「なに?」
「お前さ、5組だったろ? この人、知ってる?」
なんか一年が外で拾ったんだってよと差し出されたのは、少し汚れたスケッチブックだった。
2年5組弓長千弦。
「……知ってる」
「マジ? じゃあ返せるよな」
「……おう。返しとく」
よかったよかったと人の良さそうな笑みを浮かべ、すっきりした顔で渡は片付けするぞー、と声を張った。
エナメルの外のポケットにそれを突っ込んで片付けに参加する。今日は残んないのか、と驚いた顔をした渡に、ただがむしゃらにやっても仕方ないだろと思ってもない事を適当に返した。
俺は、スケッチブックが気になってしかたがなかったのだ。
「…………すっげえ」
家に帰ってベッドに寝ころび、疼く好奇心のままに開いたスケッチブックを前に俺が言えたのはそれだけだった。
スケッチブックのページは、全部埋まっていた。
彼女がこれを描いたのか。
鉛筆だけの簡素なものばかりなのに、めくる度にこぼれるのは感嘆の息だけだ。
全部見終わって、また同じようにエナメルのポケットにつっこむ。
それからごろりと寝転んで目を閉じたら、浮かぶのは凄いと言ってくれたぎこちない笑顔と、その後の怯えたような表情。
「……お前の方が、よっぽどすげーじゃん」
自分はなんて弱い人間なんだろうか。
彼女に才能があると判った瞬間、うまく笑うことが出来ない気がしてしまった。
なんて嫌な奴なんだろう。
どろりと溢れたのは、隠しようもない凡人の嫉妬だった。
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