緑の妹

 


ただいま、と言った緑間の後に続いてお邪魔しますと広い玄関に踏み込んだ。

「あ」
「なに緑間。どうかしたの?」
「妹が帰ってるみたいなのだよ」

緑間の視線を辿った先には、確かに彼のものとは到底思えないサイズ、というか、女物の細身のローファーが。
喧しがるかもしれんがまあいいか、とボヤいて、緑間は二人の客人をリビングに招いた。

「荷物はそのあたりに適当に置いておけ。藍川はソファーにでも座っていろ。さあ楽譜を出せ黒子」
「……あの、なんか緑間くんやけに張り切ってませんか? 僕不安なんですけど」
「ピアノが上手いのは確かでしょ。あれを頼ったのが運の尽きよさっさと行け」
「コソコソ話をするんじゃないのだよ」

アップライトの鍵盤の蓋をあけて、折り畳まれた譜面台を出して腕捲り。
爛々とした目からそのやる気が伺える。いっそ謎過ぎるそれのおかげで師事を頼んだはずの黒子のやる気が萎んでいく一方だったが、おとなしく課題曲の譜面を開いて椅子に座った。

そして、弾き初めて10分。
黒子のピアノは、それはそれは驚くほど不協和音だった。
右手と左手が全然合わないのだ。
成る程こりゃ酷いな、と頬杖をついてぼうっとアップライトに向かう二人の背を眺めていると。

バタバタと階段を駆け下りるような音が聞こえ、バタンと勢いよく扉が開いた。

「お兄ちゃんうるさい! 下手! どんな難しい曲弾いたらそうなる……あれっ?」
「俺じゃないのだよ」
「……すみません、僕です。お邪魔しています」
「……あ、お兄ちゃんの友達の」
「黒子です」
「……お邪魔してます」

パッツンと丁度眉のあたりで切りそろえられた前髪。それとは裏腹に段のついたサイドやバックの髪は単に跳ねているのか遊ばせているのか。
兄と同じく名字に冠した色の髪、やたらと主張する下睫毛。

とりあえず挨拶をして会釈した。
すると、それまで黒子の方を向いていた彼女がクワッと目を見開いてすっ飛んでくる。

「さつきちゃんじゃない女の子だ! お兄ちゃんの彼女!?」
「悪いけどそれは死んでもごめんかな」
「妹とは言えその発言は見過ごせないのだよ訂正しろ」
「……なんでそんな険悪なのに家に連れてきたの?」

わくわくした表情をした彼女ににこりと藍川が笑いかけたのと、険しすぎる表情で緑間が言ったのはほぼ同時だった。首を傾げた彼女の疑問はもっともすぎる物である。

初めまして藍川ですと最低限の自己紹介をすると、ああと彼女はなにやら察した顔になり。兄がいつもお世話になってますと小さく頭を下げて苦笑した。

背後で別に世話になどなってないのだよと憤慨している緑間は無視して、兄があれだと妹はまともに育つんだななんて、しみじみ思った。


 





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