黒の要請
「……あれがあんたの人事の尽くし方?」
「完璧だろう」
「どこら辺がだバカヤロー」
二人の視線の先にいる、恐らくバニラシェイクだろうものを啜っている黒子の背には、いくら彼の影が薄かろうとも誤魔化しきれない存在感を放つ亀の甲羅のようなものが背負わされていた。
本人はそれを気にしていないのか、むしろ気付いていないのかと思うほどに素知らぬ顔でストローをくわえている。
いやだ。あれに近づきたくない。知り合いだと思われたくない。
そう心から強く思った藍川の願いは虚しく、緑間は彼を呼ぶし彼はこちらを振り向くしこちらに歩いてくるし腕を掴まれ近付いていくしかないし、だ。
訊ねなくてもわかる。今日の水瓶座のラッキーアイテムなんだろう。
緑間の解釈がおかしいのかついにおは朝が血迷ったかはわからない。わかりたくもないので詮索はしないでおく。
「藍川さん、見つけられたんですね。よかったです」
「ああ。これで心置きなくお前ともいれるのだよ。まあまあイーブンだろうからな」
「はい。それじゃあ宜しくお願いしますね」
「……いや、何の話なの?」
わかりきってはいたのだが、巻き込まれる気配しかない。
ならば事情を知る権利くらいあろうと溜め息混じりに訊ねれば、黒子は聞いてなかったんですかと首を傾げた。
「僕、児童福祉……まああの、保育士志望なので」
「うん」
「ピアノ弾けないといけないんですよ。でもやった事無くって」
ぴろぴろと両手で鍵盤を鳴らすかのように指を動かすジェスチャーをする。シェイクは飲み終わったんだな。
「今まで練習してたんですがこれが酷いのなんのってね!」
「開き直るんじゃないのだよ」
「……ああ。第4実習室の幽霊ってもしかしてアンタ?」
「多分そうじゃないですかね。僕いつもピアノ実習は第4ですし、次が教室も僕も空いてるので使わせて貰っていますし」
僕が練習してるといつも外から悲鳴と走り去る音がしてたんです。僕、詳しい話を聞くまではてっきりそっちが第4実習室の幽霊だと思ってたんですよね。違いましたね。ははっ。
朗らかに言った黒子に緑間はぼそりと、噂を知らない間は第4実習室の前で悲鳴を上げて逃げる奴らを見ては、こんな酷い音色は聞くに耐えないと思って逃げているのだと思っていたのだよ、と零した。
なんというかどっちもどっちだ。緑間と黒子がこれから行動を共にするのだというのはわかった。その理由もわかった。やはり思った通り、音楽センス皆無の黒子が、ピアノ経験者である緑間に師事を乞うたらしい。それはわかったが、そこに藍川が加わらなければならない理由がわからない。
「俺の家のアップライトで教えてやるのだよ」
「うん、どうぞご自由に」
「黒子に教えてやりたいのは山々なのだがな」
「今日、僕の水瓶座と緑間くんの蟹座の相性が最悪なんです」
「だが、蠍座が俺のラッキーパーソンなのだよ」
だからお前を連れてきたのだよ、と眼鏡のブリッジを押し上げて満足げに鼻を鳴らしドヤ顔をした緑間を殴りたくなった。
「っだ、なに、いっ、ちょ、やめろ!!」
二、三回肘で小突いた。