藍の逃亡

 


アプリ上の発言通り、彼―劉偉―は直ぐに紫原と藍川の前に現れた。
おひさー、と笑った後輩の挨拶には頷いただけで、彼女だったアルか、と藍川の方を見やる。中々素直な男だ。
しかし紫原もそんな対応には慣れっこで、また彼自身も素直で自由極まりない質であるので気にすることなく、そう、と頷いた。

「すみません、突然お呼びたてしてしまって、えーと……」
「劉。劉偉アル。語尾は気にすんなアル。高校時代の悪い先輩が嘘八百教え込んでくれた結果癖になってしまってるだけアル」
「……そうなんですか。わかりました、藍川です、宜しくお願いします」

それだけ流暢に日本語が話せればその癖を直すのも造作なさそうだが、と思わないでもなかったが、素直に頷いておく。
それから向かいに座って教科書を覗き込む劉に、教えを乞うことおよそ30分。
突如藍川は立ち上がって、「すみません劉さん私失礼しますお礼とお詫びはまた今度紫原を通しますありがとうございました」と早口で言って、言いながら諸々を片付けて足早に去った。

あまりの勢いに二人はぽかんとして彼女の後ろ姿を見送った、が。

「あれ、藍川さんもしかして帰っちゃったの? 二人とも引き留めてくれたらよかったのに」
「……あぁ、なるほどな」
「帰っちゃったの全面的に室ちんの所為だよ」

直後に姿を見せた氷室が原因か、というのを瞬時に理解した。
基本的に真面目な質である藍川は、さすがに年長者には(どれだけ苦手でも)それなりに遠慮しているようで、暴言を吐いたりせずぶん殴るなどもってのほかである。
となればストレスを溜めないためには関わらないのが一番なので、おそらく彼女が一番苦手としているだろう氷室に気付いて、つまりは逃げたわけだ。
氷室には何故か、気に入られて居るのだが。

「劉もアツシも酷いなあ。藍川さんと一緒にいるなら呼んでくれたらいいのに」
「やだよそんな事したら絶交されっかも知れねえじゃん」
「どういう意味?」
「そーゆー意味」
「そもそもお前を呼ばなきゃいけない意味がわからんアル。大学違うのになんでここにいるアルか」
「タイガに用事があってたまたまね」

ふふ、と彼が笑うと周囲の女子の幾つかのグループから密やかな興奮が伝わってきた。
それとは対照的に、紫原と劉は溜め息をついた。


 





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