三十路目前の私達

 


白衣をロッカーの中のハンガーにぶら下げ、扉の内側の鏡で前髪をちょいちょいと整える。よし、おかしくない。
バッグを肩に掛けたら、ロッカーの中を見回して、うん、忘れ物はないな。

がっちゃんと鍵を掛けて、また鍵がかかったのも確認して、お疲れ様でした、と職場を出ようとしたら。

「あ、保科さんも今日どうですか?」

と、事務の子に呼び止められた。

「え?」
「藤原さんとか長野さんとかも一緒に呑みに行こうって話してたんです」
「あら、そうなの? でもごめんなさい、私先約があるのよ。よかったらまた誘って」
「あ、そうだったんですね〜。じゃあまたご一緒して下さい。うふふ、彼氏さんですか?」
「そんなんじゃないわよ。お疲れ様」

そう、彼氏なんかじゃない。今日の相手はそんなのではない。ちなみに彼氏は先週別れた。理由は相手の浮気である。悪かったわね三十路手前のオバサンで。お前も同い年だけどな!

思い出すと腹立たしく、フンフンと息巻いて駅に向かう。
自宅の最寄り駅を2つ過ぎたところで降りて、久しぶりの店内に入れば、顔馴染みのマスターが、苦笑いで迎えてくれた。ちょっと切ない。いつものスペースにもう何人か集まってるよ、と教えてくれた。ありがとうマスター。

「おばんでーす。みんな久しぶり」
「あ、保科ちゃんおひさ〜」
「あーあ、お前戻って来ちゃったな……」
「松川うるさい。もう、花巻席空けてよ」
「ああ、悪い悪い」
「保科さん何呑みます?」
「ウーロンハイ。あと私エイヒレ食べたい」
「上着掛けましょうか?」
「ありがと、お願い」

及川、松川、花巻、矢巾。
大体この面子が集まるのが早い。後輩残り三人はもう少しあとかなと腕時計にチラリと目を落として思いながら、今日は全員って聞いたはずだけど、と零した。

「岩泉は?」
「ああ、岩ちゃん今出張。関西に行ってる。今日帰ってくるから、空港からそんまま来るってさ」
「あら、そうなんだ。大変だねー営業も」
「まあ仕事ができる男だしな岩泉」
「ほんとこの集まりからあいつ抜けないの謎だわ……」

この集まりは、まあ名目上、高校時代の部活仲間である。
が、実際はもうちょっとぐだぐだしたもので。

私達ももういい歳である。が、ここにいる面子は全員未婚である。いつからだったかすっかり忘れたが、及川が声を掛けて集まっ(てしまっ)た、傷の舐め合いのような寒々しく虚しいこの集まりは恒例のようになっていた。

周りはどんどん結婚していく中、私達は未だに売れ残り同士仕事の愚痴を酒の肴に集まっている。なんだそれは。悲しくて乾いた笑いも出ない。

「ウーロンハイとエイヒレお待たせしましたー」
「ありがとうございますー」

あーあ、私、今度こそはここに戻るつもり無かったのに。


 
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