余り感慨深くもない回顧

 


私は悪くなかったはずだと訴えたい。
が、真っ赤なルージュの引かれた唇から野太い声で放たれた「この泥棒猫」、なんて言葉を受けた時の衝撃は後にも先にも勝るものはないだろう。

怒り狂った彼に流石のクソヤローも慌てて制止に入ったわけだが、それが火に油を注ぐこととなり、彼は更に憤慨してもはやなにを口走っているかわからなかった。特に知りたくもない。
彼は結局クソヤローの制止をはねのけて私につかみかかろうとしたわけだが、当然逃げた。途中からパンプスを手に持って裸足で舗装された道を走った。時々小石が痛かった。

どこかの角を曲がったところで、斜め後方から「あっ、保科さんじゃないですか」なんて脳天気な声が私には天の助けだった。

「金田一! 助けて! 止まれ!」
「えっはっ、ええっ!? どうし……ちょっ」
「んっ、しょ……っと、出して!」
「はい!? なにが」
「車出して! はやく!」
「はっ、はい!」

金田一の乗っていた荷台に飛び乗ったところで彼も角を曲がってきた。
早く、と私の声に急かされた金田一が慌ててアクセルを踏んでくれたおかげで荷台の上で尻餅をついたが、なんとかその場からは逃れることができた。
深々と安堵の息をついて、ガタゴト揺られながら私はクソヤローに「死ね」とメールを送って、着拒してアドレスを消した。

以上、私の嘘みたいな恋愛遍歴の一部である。

「ちなみにその時の彼……あっ、クソヤローの浮気相手の方ね」
「あ、はあ、あの追いかけてきてた」
「うん。なんかクソヤローに私の家の住所聞き出したみたいで、うちに来たの。翌日」
「え゙っ!?」
「菓子折持って謝りに来てくれたのよ。ごめんなさいって。つい頭に来ちゃったからって」
「えっ、えー……保科さん、それどうしたんすか?」
「ぽかんとしてたら彼の方が泣き出しちゃったから慌てて家に入れて話聞いてあげて一緒にお茶した」
「えぇ……」

クソヤローの二股を責め立てると、クソヤローっぷりを発揮して逆ギレされたらしい。しかしそれで引き下がりたくはなく、(私には申し訳なかったとここで思ってくれたらしく)私の住所を聞き出して、それから死ねと吐き捨てて来たそうだ。

「なんか彼、ゲイバー経営してるママだったのよね。うちは女の子は入れないんだけどでも貴女さえよかったら飲みに来てって言われちゃった。今は必ず最低月一で行ってる」
「……逞しいッスね、保科さん」
「…………そう?」

これは私が、とある掛け替えのない友人と出会うことができたという記憶で、私は認識している。


 
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テーマ「人外ファンタジー」
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