弱虫で伯父さんとぼく。

 


仕事から帰ってきたら、玄関には小さな靴が並んでいた。
パタパタとスリッパを鳴らしながら、おかえりなさいと出迎えてくれた妻は、俺が気付いたことに気付いて苦笑していた。

「また来てんのか……ついこないだもあったろ」
「ええ、そうみたい。うちの子だけは喜んでいるけれど」

溜め息をついて妻に鞄を預けて。先に風呂入るわ、と告げて岩泉は甥を呼んだ。

「……おじちゃん」
「おう」
「またお母ちゃんと喧嘩しちゃった」
「そうか」

頭も洗って身体も洗って、風呂に浸かって漸く重たい口を開いた。
家を飛び出す直前に見た、とても悲しそうな顔をした母を思い出してぶくぶくと口元を湯に沈めた。

岩泉はそれを横目で見やって、なんだってこう意地っ張りで妹限定で素直になれない所ばかりあいつに似てしまったんだろう、と甥の父、義理の弟、幼馴染みを脳裏に思い浮かべていた。

「お母ちゃん……お母ちゃんに、だいきらい、って、言っちゃった」
「……そうか」
「……うん」
「母ちゃん、嫌いか?」
「……だいすき」
「そうか」
「うん」

がしがしと甥の頭を撫でてやって、風呂から上がる。
洗面所を出てからも甥はちょこちょことついて回り、岩泉が一人遅れた食卓についてからも、正面に座ってちびちびと牛乳を飲んでいる。

「……おじちゃん、おじちゃんはお母ちゃんと喧嘩しちゃったことないの? おばあちゃんとは?」
「あんまりねえなあ。お前の母ちゃんを怒らしたことはあるけどな」
「……おじちゃんが?」
「おう。お前の母ちゃん、怒るとこええだろ」
「うん」
「けど、ちゃんと優しいだろ」
「……うん」

ふごふごとコップに口をつけたままなにやら喋っているが、生憎言葉としては耳に届かなかった。

「ごめんなさいしたら、お母ちゃん、ゆるしてくれるかな」
「それは俺にゃわかんねえけど、ちゃんとごめんなさいって言って、ちゃんとほんとの事言わなきゃだめだ」
「うん」
「あのな、お前、そう言うとこばっか親父に似るんじゃねえよ」
「お父ちゃんに?」
「おう。父ちゃんより母ちゃん見習え。母ちゃんの方がかっけーだろ」
「……うん!」

そこで力強く頷かれるとは、と内心苦笑して、だったら明日ちゃんと頑張れよとまた頭を撫でてやった。後日、幼馴染みから「俺を見習うなってどういう意味なの!?」と、悲鳴のような抗議電話が入るのはまた別の話。


 
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