預言の力

03



メジオラ高原のセフィロトを探しに着たルークは、アルビオールの水上走行機能でメジオラ高原を流れる川を上り、メジオラ高原の奥深くを歩く。シンクの話によればこの場所からそう遠くはないらしいのだが、何分メジオラ高原自体がかなり入り組んだ構造をしているので中々見つけられずにいた。

――そんな中アニスと並んで最後尾を歩くイオンが、ぼんやりと俯きがちに視線を彷徨わせているのをルークは小さく振り返っていた。


(……イオンの奴、やっぱ落ち込んでんなぁ…)


アニスがイオンの様子を気にかけているのにも、普段のイオンなら気付いているはずだ。だけど今気付けないのは、それよりも強大な存在が現れたことへの困惑と不安が何より強くイオンの心を支配しているからだ。

ルークにはそれがよくわかる。


(……"被験者"の存在ってやっぱり、俺達レプリカには大きいものなんだよな)


ティアやガイは卑屈になるなと言ってくれるが、それでも自分の存在が"被験者"の存在を…居場所を喰らって息をしていること…それは真実だ。誰が何を言おうと、それが変わることはない。

存在も居場所も地位も権利も全てを奪われた被験者ルーク。
存在さえも知られることなく全てを失った被験者イオン。

それぞれの被験者に対して、"ルーク"も"イオン"も…同じ思いを持っているに違いない。


(…あれ? でも、シンクと被験者イオンは"違う"よな…)


『罪悪感』『自責』『宿命』……『自分が存在するから何かが狂ったんだ』と…。そんな思いを背負うルークやイオンとは対照的に、シンクはその重荷を背負っていないように見える。
それに、ルークが見た限り被験者イオンとシンクの関係はとても穏やかだ。

イオンより少しだけ幼く見える、暗い色の髪の被験者。
…彼がシンクに向ける瞳は、イオンに向ける底知れない深い闇を孕んだ瞳とは全く違って…――そう、先日見た緑夜の空のような綺麗な瞳だった。

ルークがそう思案していた時だった。


「――危ない!」


二発の譜弾が地面に着弾し爆発を起こした。
第三音素を込めた譜弾だったのだろうか、小さく渦を巻く風が乾いた土を巻き上げて足元に小さな土煙を作る。

ルークが顔をあげると、まず冷たい目で譜銃を向けるリグレットが視界に入った。次いでティアが少しだけ離れたところにいたのが見える。


(……まずい、引き離された!?)


いつもティアを引き入れようとしてきたリグレットだ。狙いはまたティアなんだろう……事実リグレットは銃口をルークたちとティアに向けてはいたが、攻撃する様子は見せない。
リグレットが話す内容はやはり、ヴァンの実の妹であるティアと、"もう一人の生き残り"…ヴァンの幼馴染みだったガイだけは助けてやると言うものだった。

しかしガイの放った強い拒絶にふとリグレットが眉根を寄せ――その時生じたわずかな隙を見計らったジェイドがルークを見遣った。小さく頷いたいルークは剣を、ジェイドは槍を構えそれぞれ術技を繰り出す――が、リグレットはそれを軽々とかわし後退した。


「――お前たちもいずれわかる。ユリアの預言がどこまでも正確だと言うことを。多少の歪みなどものともせず、歴史は第七譜石の預言通りに進むだろう!」
「第七譜石!? 兄さんは第七譜石を見つけたの?!」
「違う、ティア! あれだ…あれが第七譜石だったんだ!!」


そう叫んだガイに気を取られた隙を見計らい、リグレットは走り去る。ルークがそれを追おうと「待て!」と叫び踏みだしたが、その時にはすでにリグレットの姿は見えなくなっていた。
ジェイドが眼鏡のブリッジを押し上げながら槍を消し、それを見たルークが武器を収める。ふぅと小さく息を吐いたジェイドは何か思案するように目を細めた。


「…どうやら戦うつもりではなかったようですね。しかし、ガイ。貴方はどこで第七譜石を……」
「ホドだ。ガキの頃ヴァンに連れられて、一度だけ見たことがある」
「ホドに? 初耳ですね」


少し咎めるような声色のジェイドがガイを目を細めながら見据える。
難しい顔で眉根を寄せながら何かを思い出すように頭に手を当てているガイ。
幼い記憶に残る、今は無き故郷の風景――優しかった幼馴染みに手をひかれて、幼い自分が辿った道筋をたどる。そうして辿りついた白い場所……そこに安置されていた大きな石。今思えば、それこそが第七譜石だったのだ――。


「ヴァンが言ってた。フェンデ家に伝わる秘密の場所だって…。フェンデ家はユリアに仕える七賢者の一人で――」
「ユリアとの間に生まれた子供が、代々彼女の譜歌と能力を守り続けてきた…」


ガイの言葉を引き継ぐようにティアが柔らかに胸元を押さえながら呟く。
やや伏せられた瞳。ティアは何を思っているのだろう――ルークはティアを見つめていたが、ティアがその視線に気付くことはなかった。


「そういえば、あなたはユリアの子孫だと言われていましたわね」
「ええ…兄さんはそう言っていたわ。証拠はないけど…」
「でも譜歌を詠えるじゃん」
「そうさ。それにユリアの子孫でもなけりゃ、第七譜石を守ってるなんてありえないだろ? 第七譜石はホドと一緒に地核に消えたんだ。タルタロスで地核へ進んだ時に見えた光がそうさ。あれが第七譜石だ…間違いない」
「第七譜石がホドにあったのなら、消滅と同時に落下して、液状化大地に飲み込まれていてもおかしくはないけど……」


"それなら、どうしてヴァンは第七譜石の預言を知っているのか?"…その問いに答えられる者はおらず、皆一度口を閉ざした。


「……被験者、なら…」
「………え?」
「あ、いえ。…なんでもありません」


そう言って柔らかな笑みを浮かべてし小さく首を横に振ったイオンを、ジェイドが赤い瞳で見つめていた。


「……あ、あそこに見えるのって……」


その時ふとルークがゆるい坂道の先を見据えた。
彼の声に一同がそちらに視線を向けると、強い風で砂埃が巻き上がる中に、幾何学的な文様の浮かび上がった扉のようなものが見えた。


「あ〜! ダアト式封咒!!」
「まあ、ではここがメジオラ高原のセフィロトなのですね」
「そのようですね」
「…ヴァン師匠が来た形跡はないみたいだな…」
「とにかく、行ってみよう」

「………」


そう一同が話している時――ティアが何かを拾い上げ考え込むようにしていたのには気付かないまま、一同は目的の場所へと足を進めた。

どことなく冷ややかな雰囲気を纏ってそこにある、幾何学的な…ダアトの教会にあるステンドグラスを思わせる模様の浮かぶダアト式封咒の扉。やはりヴァンが来た形跡はなく、扉は閉ざされたまま。
それを確認して、ルークはイオンを振り返った。


「イオン、頼むよ」
「…はい」


やはりどこか浮かない顔のイオンが、そっと扉に手を翳し慎重にダアト式封咒を解咒した。ひとつ、ふたつと確実に鍵を解いてゆき、そうして扉が消えると、イオンはその場に膝を着いた。


「っイオン様、しっかりしてください!」
「……すみません。能力は被験者と変わらないのですが、体力が劣化していて、どうしてもこうなってしまうんです」
「ただ病気というわけではありませんでしたのね…」
「ええ……」


――その時、ギャオオォという耳障りな鳴き声が響いた。突然空から降ってきた奇妙な鳴き声の合唱に全員が空を見上げる。
…そこには鳥型の魔物の大群がいた。





/ bkm /

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