預言の力

01



音機関が所々に設置され、ブラウンで統一された町並みを行く。
歩いた道がカンカンと鉄っぽい音を立てるのが新鮮だ。

ここがあの音機関都市、ベルケンド…。
金属を使っているからか全体的に冷たい印象を持つけれど、まあ音機関ならしょうがないか。
歴史的な観点から見れば、ここはキムラスカの独立を支え、その後の音機関革命の発端の地となった街だ。そういえばサフィールがマルクトから亡命したのもここだったんだっけ。

立ち止まって街を見上げながら考えていると、少し前を歩いていたシンクがふと足を止めて振り返ってきたので、ローブの裾を引き寄せて歩き出した。


――不意に僕を襲ったのは急激に胸が冷えるような感覚。次いで激しい動悸に視界が揺らいだ。

どくどくと不規則な鼓動が聞こえるのは不整脈のせいだ。
いつまでたっても慣れない、心臓を握りしめられたような痛みに、崩れ落ちて片手を地面についた。…ああ、息まで苦しくなってきた。


「っ、被験者!」


気付いたシンクが駆け寄って、完全に倒れこんでしまった僕の身体を抱き起こす。胸が痛い。ついでにいうと服を握りしめすぎた右手も痛い。
そんな中でも、頭の中のどこかにある冷静な部分が、死ぬほどではないなと判断した。だけど発作は発作。苦しいのには変わりない。

それに、こうなる度に惑うような哀れむような視線が向けられるのも、嫌いだ。


「お、おい! 大丈夫かよ?!」


シンクに背中を支えられ、地面に座り込んで空を仰ぐような体勢になった。それで呼吸がいくらかは楽になったけど、やっぱり気休めにしかならない。
そんな中、一番に我に返って駆け寄ってきたのはルーク。次いでジェイドだ。心配げな緑の瞳と、胡散臭いとでも言いたげな赤い瞳が僕を見下ろしている。


「どうしたんです」
「…発作だよ。コイツ、死ぬ前の病気まだ持ってたんだ…」


シンクが治ったと思ってた、と僕にしか聞こえないような声量で呟いた。
奇遇だね。二年たったし、僕もそう思ってたよ。
だけど現実はそう甘くはなかったみたいだ。


「チッ…」


舌打ちしたシンクが僕の膝裏に手を差し入れて抱き上げ、彼らに背を向けた。


「お、おい! どこ行くんだよ!」
「病院に決まってるでしょ」


苛立ち気味に吐き捨てたシンクが歩き出そうとすると、その前にバルフォア博士が立ちはだかった。


「待ちなさい。我々はこれから第一音機関研究所の医師を訪ねるつもりです」
「だからなんだって言うのさ。地核からは脱したんだ、これ以上アンタたちと動く理由はないね」


そう言ってバルフォア博士を避けて、シンクは駆け出した。
灰色の景色が動いていく。
まだ胸が苦しいけど、痛みはだいぶ収まってきた。


「…もう少し頑張ってよね。すぐつくから…!」


小さく頷くと、シンクは僕を抱く手に力を込めて、さっきよりもっと早く駆けだした。



* * *



「入 院 で す ! !」


…怒られた。
まぁ当然か。死ぬ前よりいくらかマシになっているとはいえ、結構な病状だったらしいし。聞くのが煩わしくて途中から病状を聞かなくなったから、それが仇になったかな。

眉間にしわを寄せた中年にさしかかる年頃の医者が、申し訳なさそうな顔をした僕の目の前で怒っていた。


「何故こんなに衰弱するまで医師に診せなかったのですか!!」


…ふむ。そう言われてしまうと困る。
まさか二年前に死んだはずだったが何の因果か黄泉還ってきたなんて言えるはずもないし。
どうしようか、と病院に入る前に仮面を外したシンクを見上げると、言い淀んでいるみたいだった。
……しょうがないなぁ。僕が言い訳してあげよう。

僕はそっと俯き、両手を胸元に添えた。


「…実は、僕たちはマルクト人なんです」
「な…!!」


そう聞くや否や、医者は嫌悪の色を隠さず眉根を寄せた。
何をする気だと言いたげなシンクの視線が突き刺さるけど、まあ気にしない。

医者が二の句を告ぐ前に、そっと俯いていた顔を上げ、潤ませた瞳で医者を見上げた。


「キムラスカとマルクトとの間で平和条約が結ばれて、それで二国間を結ぶ定期船が出ることになったって聞いて……二人で、キムラスカに駆け落ちしてきたんです」
「!!」「!?」


大嘘だ。

大地が崩落していて定期船なんて出せない状態なのに、駆け落ちなんてしてこれるわけがない。
ある意味ダアトから駆け落ちしているようなものだし、一概に間違ったことは言っていないと思うんだけど。

医者と同じようにシンクが目を剥いて、僕を凝視する。あと一息、ってところかな。


「…お願いです、お医者様…何も聞かないで頂けませんか?」
「…それは…医者としての仕事に…」
「難しいのは承知の上です…ですがどうか、お父様に見つかる前に…」


涙で瞳を潤ませるか弱い少女。それに目に見えて動揺する医者。ついでに唖然としてる恋人ことシンク。お父様って誰だろう。

……うん、我ながら完璧だね。
導師を演じきった僕が、この程度演じられないはずがないんだけど。
ここまでしたんだからあとは反応を待つだけだ。

医者はしばらく顎に手を当てて悩んだ後、小さく息をついた。


「…わかりました」
「本当ですか?」


シンクが尋ねる。「嘘だろ、信じたの、コイツ」…そんな顔をしているけど、医者は神妙な顔で「ええ」と頷いた。


「…駆け落ちともなれば、ご両親も頼れないでしょうし…。仕方ありません、特別です」
「ありがとうございます…!」
「…それとボクら、足がつくから名前を残したくないんだけど」
「これを許したんです。今更偽名でも変わりません」


ありがとうございます、と感極まったように言えば、医者は「では、手続きに入ります」と僕らに書類を提示した。



――それが数時間前の話だ。



(…なんであんな上手くいったんだ。ありえないでしょ、普通)


緊急入院することになってしまった被験者の使いで、シンクはベルケンドの第一音機関研究所に向かっていた。仮面はつけたままだ。

…シンクとしては、あの後は散々だった。
看護婦たちにロマンティックだの若いわねだのと黄色い声ではしゃがれるわ、そのせいで患者たちから注目を浴びるわ、担当の医師から必ずお守りしますからと誠心誠意言われるわ、…シンクはこの数時間でややくたびれていた。

それもこれも被験者がとんでもない言い訳をし始めたことがきっかけだが、何故だかシンクは言うほど嫌ではなかった。


第一音機関研究所の扉をくぐり、以前ヴァンに連れられて来た時にたどった道を思い返しながら進むと、医務室はすぐに見つかった。
中から話し声がするが、聞かれてまずいことならこんなところで話さないだろう。そう判断してその扉に触れた。


「シンク!」


中に入ると、アニスが一番に叫んだ。その隣でイオンが過敏に反応してシンクの後ろに目を遣る。
その姿がなかったことに安堵した様子のイオンを仮面の下で睨み付けて、シンクは口を開いた。


「…被験者からの伝言だ。残りのセフィロトはメジオラ高原、ダアト、ロニール雪山にある」
「それをわざわざ?」
「ああ。少し協力してやるってさ」


…正確に言えば、「ま、恩を売ってやるのもいいかもね」と言っていたのだが。それを包み隠さず言うほど愚かではない。まして相手はジェイドだ。少し口を滑らせればすぐに形勢が不利になるのは間違いない。


「何故です。あの方が我々に協力する理由はないはずですが」


ジェイドが眼鏡を押し上げ、鋭い視線でシンクを射抜く。
疑いの色が明確に浮かんでいるが、先刻無関係だとあしらった手前、そうなるのはわかってはいた。だが彼が思うような思惑はシンクにはない。
ふっと息を吐いて、仮面の下から赤毛の青年を見遣った。


「…ルークと話がしたいらしい」
「お…俺?」


ぽかんと間抜けな顔をしたルークに、シンクは短くああ、と返す。
警戒と疑心の入り雑じった探るような視線には無視を決め込んで、シンクはルークを軽く睨んだ。


「気に入られたんでしょ、アイツに」
「被験者のイオンに…?」
「…アイツは気に入った奴を甘やかすから」
「だからわざわざ情報を与えたってことか…」


ガイが納得したように言うが、それでも探るような鋭い視線でシンクを射抜くジェイド。損な奴だとシンクは思う。
ジェイドはシンクやイオンとしか接していないせいで、被験者の性格を知らない。更に言えばシンクとの会話の中から、シンクよりの人物を想像しているのだろうが…。


(被験者はもっとマイペースだよ。アンタが思ってるよりずっとね…)


言いたいことがあれば言うし、言いたくなければ言わない。
ああ見えてのんびり屋なところもあるし、こうしてシンクを使いにだしたのも、シンクが被験者のペースに飲まれたからだ。
疑心を持ちすぎれば視界が曇る。ジェイドは警戒と深読みのしすぎで、真実が見えていない。だからこそ余計に疑い、真実を曇らせているのだ。

それをわざわざ言ってやる気はないが。


「じゃあ、今から会いに行った方がいいのか?」
「…生憎、面会謝絶・絶対安静ってボクも追い出されててね。少なくともアンタらが戻ってくるまではここに滞在するさ」
「まぁ…重症なのですか?」
「そこそこ、ね」
「病名は?」
「栄養失調、貧血、極度の発熱、疲労、…それと残りは持病だね」
「おいおい…そこそこってもんじゃないだろう、それ!」
「当人がそう言い張ってるんだ、文句を言いたければ被験者に言ってよね」


絶句してしまうほど酷い病状なのに、穏やかに笑っている被験者にはいっそ呆れたものだ。
しかもこうしてシンクが追い出されるほどの病状なのに、地核やアルビオールではジェイドと舌戦を繰り広げていたのかと思うと、シンクはなんだか頭痛がした。

…それは、もう病気に慣れ切ってしまっているからなのか。生まれてから病気に罹ったことがないシンクには、よくわからないが――少なくともそれが"普通ではない"ということはよく知っていた。

……それよりそろそろここを出たい。被験者の日用品の買い物もあるし、甘いものが食べたいから買って来いとも言われているし、何よりシンクは彼らと慣れ合う気はない。
シンクは一度溜息をついて、「とにかく」と話を切り替えた。


「アンタらは先にセフィロトに行け。ボクらは病院にいる。…用があるなら、その時に聞いてやるから」


そう言ってシンクは、警戒したような顔の面々に背を向け、医務室の扉をくぐった。





/ bkm /

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