ローレライはかく語りき

07



被験者は出された料理(アニスが作ったビーフカレーだった)を自分のペースで(のんびりと)食べた後、「シンク、肩か膝貸して」とか言って、三秒くらいで寝た。…しかも肩を貸したのに膝で寝てるし。

…相変わらずマイペースだ。

膝の上で堂々と(というのは変だけど)眠る被験者。
こんなこと、昔もあった。そう思いながら、僕は僕の太腿に頭を乗せて眠る被験者を見下ろしていた。…一応訓練してるし筋肉はあるはずだけど、固くないのか。
…よく見慣れた、久しぶりに見る寝顔は穏やかで、同じ顔なのにまったく違って見える。それは被験者が女で、僕が男だからなのか。


おかげで死霊使いがポケットに手を入れたまま笑顔で睨んでくるんだけど、被験者は起きる様子もなく死人のように眠ってる。……こういう図太いところも相変わらずだね。
…寝てるとき寝返り一つ打たずに寝るのは、身にしみついた癖のようなものなのか。呼吸も薄いし。けど今度こそ死んだかと不安になるから、ちょっとやめて欲しくもある。

被験者を叩き起こすつもりなのか、近づいてきた死霊使いを見上げて口を開いた。


「無駄だよ。被験者は眠りが浅くなって自然に起きるまでは絶対起きないから」
「………仕方ありませんねえ。ではあなたの方から先にお聞きしましょうか」


…こいつ、無理にでも叩き起こそうとしていたのか。
今の状態で被験者を起こしたりしたら、譜術でアルビオール大破とか面倒なことになるからやめて欲しいんだけど。…いくら被験者を知らないとはいえ舐めすぎだ。
笑顔を外して眼鏡を押し上げた死霊使いを、仮面の下から睨み上げた。


「あなたがヴァンに与していた理由は?」
「被験者を殺した預言と第七音素への復讐のため。…ヴァン個人に恩があるわけじゃないし、被験者が生きている以上僕がヴァンに協力する理由もない」
「そんな理由を信じられるとでも?」
「アンタが信じるかどうかなんて関係ないでしょ。これが理由ってだけなんだから」


本当のことを言ってやれば、死霊使いが余計疑い深そうに、冷たい目で見下ろしてくる。
……前線に転向したとはいえ、やっぱり研究者だね。

こいつの目、第二師団の連中に似てて嫌いだ。


「それを信じるとして、今の言い方だとヴァンを裏切ると言っているように聞こえましたが」
「それが何?」
「いえいえ〜、我々共々地核に身を投げる覚悟だった方が、被験者一人現れただけで掌を返すとは到底思えませんので。――何を考えているのです」


…確かにボクの動機は、コイツじゃなくても疑わしいものだろうし、覚悟に反して掌を返す速さが早すぎる。ボクだってそんな人間がいたら尋問室に叩きこむ。

それはいい。
けど、こいつに言っても理解されない……というより、信じないだろう。本当に被験者を見殺しにした世界に復讐するために協力していた、なんて。
疑り深い死霊使いのことだ、それを言ったって余計に疑いを深めるだけだろうし、現に信じられていないのは目を見れば…いや、見なくてもわかる。

そんな相手に何を言ったって無駄だ。


「……無駄だね。ボクがそれを言ったとして、アンタはそれを信じないだろ」
「いやですねぇ、無駄かどうかはこちらが決めることですよ」
「どちらにせよボクはもうヴァンの元に戻る気はない。アンタらだって被験者との会話、聞いてたでしょ。……それに」
「それに?」
「何を言っても信じないなら、これ以上の問答に意味はない」


それきり口を閉ざすと、死霊使いはやれやれとでも言いたげに大袈裟に肩をすくめた。

…肩をすくめたいのはこっちの方だ。

確かにボクらの方が不利な立場には違いないけど、この場所と力量を考えれば、コイツらのほうが不利だっていうのに。
むかつくほど安らかな寝顔の被験者を見下ろしていると、今まで口を開かなかったイオンがおずおずと前に進み出た。


「……シンク。僕からも一つ伺ってもいいですか?」
「………何?」


ボクに拒否権がないのをわかって言っているのか、そうでないのかは知らないけど。
……恵まれた環境で生きてきたコイツの顔を見ていると吐き気がする。
ボクよりも被験者よりも、よほど平穏で幸福に生きてきたんだろう――そうじゃなかったら、こんな顔でいられないはずだ。

今までアイツを…"イオン"の存在を脅かすものなんて何もなかったんだろう。だから被験者が黄泉還ってようやく、こんな怯えた顔をしてるんだ。


「何故あなたは…あんなに被験者を慕っているんですか?」
「ハッ、なんでアンタに教えてやらなきゃいけないのさ。そのくらい、"自分"のことなんだから"自分"でわかるでしょ、"イオン様"」


"さっきボクらを"同じ"だと言ったんだから、ボクの気持ちだってわかってるはずだよね。"

嘲りをこめた笑いと皮肉を返してやれば、イオンは悲しげな顔をした。…ボクと同じ顔でそういう表情作らないでほしい。反吐が出る。
それに教えてやる義理はない。何より、知ってどうするんだか…。
そう思っていた時、ルークが前に歩み出た。


「…俺にも教えてくれないか、シンク」
「ルーク…?」
「どうしてあんなに被験者を慕うんだ? お前も、俺たちと同じレプリカなんだろ?」


ルークの顔を見て、イオンが何を聞きたかったかを理解した。
――レプリカとしては、どうして被験者に存在を認められているかが気になる、ってところか。ボクにとってそこに入るのは被験者じゃなくて『世界』だけど。

…どうせ参考にならないだろうし、話してやってもいいか。


「……ボクはアイツの許で育てられた」
「…!」
「アイツは、廃棄が決まっていた僕を保護したんだよ」



思いだすのは―――熱い……熱い、溶岩……。

焼けた皮膚、痛みで体力が奪われるような火口の傍、噎せ返るほどの熱気と、立ち上る蜃気楼。ボクが覚えている二番目の記憶。
斜面の上から自分を見下す太った男。その蔑んだような冷たい目に、棄てられたのだと――生まれたばかりのボクでもすぐにわかった。


(イオンは大切にしてくれたのに)


せめてもう少し涼しいところに動こうと思って、ボクは二度ほど熱い地面を蹴った。その先には崖があって、当時の何の訓練も受けていないボクには到底登れそうもないものだった。
そこに座りこんで、小さく蹲る。

――それからどれくらい経った頃かは覚えてないけど、ふと小さな息遣いが聞こえて、ボクは上を見上げた。


「シンク!!」


崖の上から僕を見下ろす、緑夜の瞳。
不安げに、心配げに揺れるその瞳が、僕を見て安堵の色に変わった。今思うと、あの時動いた口は「よかった」と言っていたんだと思う。
肩で息をする被験者は、その額から頬へ、そして地面へと汗の雫を滴らせた。


「っ、昇っておいで」


近場の岩に縄梯子の端をくくりつけて、その反対の端を僕のいる崖下へ投げ落とした被験者。少し古くなった脆そうな縄梯子だったけど、ボクなら問題なく登れる程度。
それを昇りきると、被験者はボクを抱きしめた。

――思えば十ヶ月近く一緒にすごして、大声を出した被験者はあの時にしか見たことがない。病気のことを思えば当然なのかもしれないけど、あの時被験者は走って来たようだったし、ダアトに戻ってすぐに倒れるくらいには弱っていた。
あの後ディストに無茶を叱られたり、モースに怒鳴られたり。それでも被験者はボクを庇った。




「――それを知ったモースに、生きたままザレッホ火山に連れていかれて棄てられたけど、被験者は病気の身体を押して一人でボクを助けに来た。誰の力も借りずにね…」


――病気の身体で、わざわざザレッホ火山までゴミを拾いに来るなんて馬鹿なことをするのは、被験者くらいだ。そう考えてボクは自嘲するような笑みを浮かべた。


「………」
「…アンタにとっては違うだろうけど、ボクにとって、アイツは恩人なんだよ」


そう言って視線を膝に落とす。
…さっきまで見ていたのと同じ顔が目に入った。

イオンレプリカたちの中で、一番外面が被験者にそっくりだったのが『七番目』――今のイオンだった。
一度被験者に頼んで全ての数値データを見せてもらったことがあるから、他のレプリカの数値も覚えてる。

他にも音素振動数は被験者に近い数値だったし、同位数値だって一番高かった。
外見もボクみたいに瞳だけ特別色素劣化しているわけじゃないし、緑夜というには及ばないけど、その深緑の髪と瞳は半年近く市民の前に姿を現さなかったならそう易々と気付かれはしないだろう。…強いて言うなら髪の跳ね具合が被験者よりも大人しいか。

同じような結果が出た『六番目』よりも扱いやすく、精神値と感情値が安定していたからと選ばれたらしいけど、それにしては扱いが違いすぎる。

ボクとも、被験者とも。

生まれて以来高価な品々に囲まれていた、温室で育つ気分はどんなものなのか。一度聞いてみたいね。


「――皆さん。そろそろベルケンドに到着します」


操縦士の女がそう言った。
窓の外を見れば、確かに眼下に街が近づいている。…そろそろ起こさないと、被験者は絶対起きない。


「……被験者。起きなよ」
「………」
「被験者」
「………」
「………」


視線がボク…というより被験者に向いている中、しばらく無言でゆすり続けたけど反応はない。
…コイツ死んでるんじゃないかと思って脈を測ってみたけど、不規則だけどちゃんと脈打っていた。

……仕方ない。


「……。……イオン、起きなよ」
「………ん」


やっぱり、まだ"イオン"気分だったのか。
……さっきの話を思い返す限り、アイツにとってはまだあの日から二週間ぐらいしか経っていないみたいだし、まさかとは思ったけど…。

そう思っていたら急に頬に痛みが走った。


「………ねえ、アンタ何してんの? 痛いんだけど」
「…へえ。じゃあ夢じゃないんだ…」


そう言ってボクの頬をつねる被験者。


(…寝ぼけてるのか?)


寝起きは最悪だったはずだし。そう思って手を離させようとすると力を込めて抵抗された。


(…違う。寝ぼけてるんじゃない。コイツ、わざとだ…!!)


一言言ってやろうとボクが口を開きかけたとき、死霊使いが口を開いた。


「いやぁ〜仲がよろしいようで結構なことです。では、降りてください」


………ホントに、こいつは。





/ bkm /

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