ローレライはかく語りき

06



「………被験者」


バルフォア博士に先導されて階段を上る。シンクが差し伸べて来た手をつかんで上りきると、丁度顔を上げた視線の先に『七番目』がいた。
目が合うと身体も表情も瞳も声も、すべて怯えたようにしながら小さく呟いた『七番目』を何も感情をこめず一瞥して、すぐに視線をそらした。


「椅子ではなくて申し訳ありませんが、こちらにお座りください」
「ありがとうございます」


バルフォア博士が笑顔で、操縦席近くのヴァンの妹が座っているのとは反対側の段差に座るよう僕に促した。

僕はたぶんいつも『七番目』がしているように受け答えをしたと思う。
シンクが不審そうに一瞬だけ視線をよこしたけれど、考えを把握してくれたみたいで仮面をつけて壁に寄り掛かった。
シンクが階段を上ってからずっとシンクを気にしていたレプリカルークが、仮面をつけたシンクを見て思わずといったように口を開いた。


「…なあ、また仮面つけるのか?」
「同じ顔が三つあって気分いいなら外すけど?」
「う…」


挑発的に口元を歪ませたシンクに、僕は少し違和感を覚えた。もちろん表面には出さないけれど。
…少し見ない間に、というのはやっぱり僕だけの感覚なのだろうけれど、この二年で随分とすれてしまったみたいだ。…やっぱり僕が死んだことも、シンクを傷つけてしまったんだね。

けどそれを今言うほど僕も愚かじゃない。
笑顔で僕を警戒するバルフォア博士を見て、それから緊張したような固い面持ちの面々を見渡して、申し訳なさそうな顔をしながら口を開いた。


「すみません、まずは自己紹介からしていただけませんか? 皆さんは僕をご存じかも知れませんが、僕は皆さんを存じ上げませんので…お願いできませんか?」


そう困ったように僅かに首を傾げれば、バルフォア博士はいいでしょう、と笑顔で口を開いた。


「私はマルクト帝国軍第三師団師団長、ジェイド・カーティス大佐です」
「私は神託の盾騎士団モース大詠師旗下情報部第三小隊所属、ティア・グランツ響長であります」
「…神託の盾騎士団導師守護役所属、アニス・タトリン奏長です」


軍属の人間たちは本当に肩書きが長い。聞いてると飽きてくる。
ケテルブルクの金の貴公子と、ヴァンの妹と、モースの飼い猫。
金の貴公子とヴァンの妹は初めて見る。モースの飼い猫は、まだ彼女が士官学校に所属しているときに遠目から見たことがあるから知っていたけど。

…こう見るとティアはヴァンとよく似ている。教会のステンドグラスに描かれたユリアとも、似ていなくもない。
ユリアは光のごとき黄金の髪に慈しみ深き蒼の瞳と言われていた。
フェンデ家の血は紛うことなく、2000年の時を経ても受け継がれているのだと思い知る。

それにしても胸がでかい。


「俺はガイ。ガイ・セシル」
「…セシル? …ああ、なるほど」
「………やっぱりお見通しなんだな」


金髪碧眼、その柔らかな眼差しが印象的な、ガイ・セシルことガルディオス伯爵。
その苦笑には応えることなく小さく微笑んで、その隣にいる気高い女性に視線を移した。


「わたくしとは…以前、お会いしていますわよね…?」
「ええ。お久しぶりです、ナタリア姫」
「ナタリア、被験者のイオンと知り合いだったのか!?」


レプリカルークが弾かれたようにナタリア姫を振り返った。驚いたような視線がナタリア姫に集まる。ただ一人、シンクだけは仮面の奥で僕を見ているけれど。
その視線に応えるように、気高く美しい碧の目で見渡して口を開いた。


「ええ。導師エベノスが崩御されて以来、わたくしの生誕祭にお招きしいていましたの」
「とはいえ、病状悪化を理由に、ナタリア姫の16歳の生誕祭には参加できなかったのですが…」
「…被験者はその頃から病気が悪化していた。その年に被験者が参加してたら入れ替わりにも不備が起こるし、当然だね」


僕の言葉にシンクが補足した。全くその通り。

だけどナタリア姫には、その時とてもよくしていただいていた。
その心優しい人柄と気高き誇り。そのどちらをも併せ持つ君主は数少ない。
いずれ訪れるナタリア姫の治世は、預言に詠まれていなくても繁栄をもたらすだろう。僕は彼女をそういう方だと信じ、尊敬している。

さて…その隣にいる、見知った顔の赤の他人。いや、"朱"の他人だろうか。どっちでもいいか。

視線を向けると、大袈裟なくらい肩を震わせて、怯えたような緊張しているような…そうだな、例えるなら叱られそうになった時のアリエッタみたいな顔で僕を見た。


「それで…お前がレプリカルークか。…ふぅん、想像していたのと違うね」
「………」


黙りこみながらも、何か言いたげな瞳が少し揺れながら僕を見つめた。
ふむ。アッシュならここで「うるせぇ!」とか「黙れ、屑が!」とか怒鳴っているはずなんだけど。『被験者』とは違うその態度に興味がわいて、僕は少しだけ笑みを深めた。


「言いたいことがあるなら言いなよ。今なら聞いてあげないこともないから」
「…俺は、…俺は、ルークだ」
「……へえ? なるほどね……」


その名前を口にするのに、レプリカであるならきっと幾分か勇気が必要だっただろう。それは個々によって程度は違うだろうけど…緊張したような固い声で、だけどしっかりと紡がれた名前に、彼の意志を感じた。

なるほど、"ルーク"はアッシュより多少はお利口さんなわけか。

まあ、これでもしあいつみたいに短気で口が悪くて態度も悪くて、あいつにかろうじてある優しさが少しもないような奴だったら二度と口を利かないと思う。
少なくとも、自我の発達には成功している方らしい。まだこれだけしか話していないから、ちゃんとはわからないけど。
そこで喋りもせず俯いている『七番目』よりは断然いいかな。


「それで、カーティス大佐、僕に何のご用でしょうか」
「どうぞファーストネームでお呼びください。ファミリーネームにはなじみがありませんので」
「わかりました。バルフォア博士」


そういうとジェイドがピシリと固まった。笑顔を崩さないのは流石と言うか、歳の功と言うか。…幼い頃はかなり冷徹だったと詠まれていたから、今こんな風だというのは少し信じがたいけど。


「…こえー…」「度胸あるなぁ…」
「……どうぞ、ジェイド、とお呼びください」


後ろの方で顔を突き合わせてこそこそと話しているルークとガイ。
アッシュから聞いていた限り、"ガイは時々怖い顔をしていた"、という話だったけれど…この二人はなんというか、親友という感じだ。
アッシュから聞いていた、ファブレ家の一介の使用人という印象とヴァンから聞いていた復讐者という印象は、今のところ持てない。

ジェイド、を強調して語尾にハートがつきそうな声色で、胡散臭いぐらいにこやかに言うジェイドだけど、僕は呼んでやる気は更々ない。
それには答えず、話の続きを促した。


「それで、お話というのは?」
「…被験者イオン様は二年前に亡くなったとお聞きしていたのですが、何故こちらに?」
「僕も知らないんです。何故僕は生きているのですか?」
「私に聞かれましても…」


さっきシンクにしたように同じ質問を返してやると、困ったような呆れたような表情で眼鏡のブリッジを押し上げた。
そうして視線で「それで?」とでも言いたげに続きを促されたので、自分の復習も兼ねて死の直前の状況を思い返した。


「…少なくとも僕は二年前、最後の発作が起こった後でシンクを部屋から帰して、それからしばらくして死んだはずです。僕を棺に納めパダミヤ平原に埋めたのはモースでしょう。ね?」


そう言ってシンクに視線をやると、シンクも頷いて口を開いた。


「埋められた場所は知らなかったけど、預言通り早朝に死んだはずだった。ボクが一番最期まで傍にいたからね」
「なるほど。なぜこうしてこの場にいらっしゃるかは被験者イオン様にもわからない、と」
「はい」


納得したのか追及を諦めたのかは分からないけれど、ジェイドはわかりました、と一度目を伏せた。
一応真実そのままを伝えたんだけどね。それを信じないなら信じないでいい、もし僕らに手を出してくるようなら返り討ちにしてしまえばいいんだから。


「他にもお聞きしたいことがあります」
「…申し訳ないのですが、その前に食事をさせてください。何の準備もなくここにきてしまったので、何も食べていなくて…」
「………」


…僕だってまさか地核に突入するなんて思ってもいなかったんだよ。散策していたら警報は鳴るしシンクがいて唖然としたしゆっくり休めるところもないし寒いし。
それにさすがに三食しゃけおにぎりじゃ足りなかった。

小さく鳴ったお腹にそっと手を置くと、ジェイドが笑顔のまま絶句した。


(…相変わらずマイペースだよね、アンタって)


シンクが小さくため息をついたのが、僕の耳にも聞こえた。





/ bkm /

clap

back

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -