ローレライはかく語りき

04



突然その場に蹲ったレプリカルークに全員の視線が向く。
僕もシンクも突然のことに少し驚きながらその光景を見つめていた。


(これは…第七音素?)


僅かにレプリカルークの周りを取り巻く金の光に、僕は耳を澄ませて音素の流れを追う。
――聞き心地の良い耳鳴りのような高音が強く聴こえる。音階で言えば『ヴァ』の音だ。…ということは、あれは…。

レプリカルークが頭を押さえたまま唸りだすのを、ちゃんと聞こえるように少し近づいてみた。シンクが少し不審げに僕を見てくるけど、それより彼の様子が気になる。


「アッシュ……? いや違う、この声は……」
「ルーク、大丈夫? 癒せないか、試してみるわ」


苦しげに唸った彼にヴァンの妹が近づいて、治癒術を試みている。


―― 私を解放してくれ。この永遠回帰の牢獄から…… ――


ふと声が聞こえた気がして、僕は瞠目する。
…これは、なんだ? どこかで聞いたことのあるような、男の声だ。
若いか老いているかと聞かれれば微妙だけれど、そう歳はいっていない。低いけれどしわがれてはいない、というような声だ。


―― ユリアの血縁か…! 力を借りる! ――


直接脳に響くような声の正体を考察していると、同じ声で少し喜んだようなはしゃいだような声色で"ソレ"が言う。
ユリアの血縁、とは想像に容易い。ヴァンの妹、ティア・グランツのことだろう。
…けど、ヴァンによって意図的に隠されいてるはずのそれを知っている…いや、感知できるのは…。


「…まさか」
「…痛みが……引いた……」


僕が呟くのとルークが不思議そうな表情をした顔を上げるのは同時だった。
ちょうどすぐそばにいた耳聡いバルフォア博士が目を細めて僕を見遣ったのは、さすがというかなんというか。
ま、僕もそれより声の正体と目の前で突然立ち上がったティア・グランツの方が気になるから今は気にしないことにするけど。
口を開いた彼女は、声色低く、まるで男のように話し始めた。


『ルーク。我が同位体の一人。ようやくお前と話をすることができる』
「…ティア? いや……、違う…」


同位体。その言葉で"彼"の正体を理解した。第六譜石の終わりの方、ND2000に詠まれた、"聖なる焔の光"の同位体は―――


『私は、お前たちによってローレライと呼ばれている』


第七音素意識集合体、ローレライだ。


「第七音素の意識集合体……! 理論的には存在が証明されていましたが……」


気配に少し殺気が混じったシンクの手を少し強く握り、視線をやって抑えさせる。少しムッとしながらも、シンクはこの異常な状況を解析するのを優先したみたいだ。シンクは冷たい目でローレライに憑依されたヴァンの妹を見遣った。

ここはローレライが閉じ込められている地核。少なくともこのタイミングで干渉してきたのは、彼自身と最も近い位置にいるからだと思う。
…ユリアの子孫だとすぐにわかったのは、何故だろうか。ルークに触れた治癒術の第七音素に感応したのか、それとも別の何かなのかは分からないけど。


『そうだ。私は第七音素そのもの…。そしてルーク、お前は音素振動数が第七音素と同じ。もう一人のお前と共に、私の完全同位体だ…。私はお前。だからお前に頼みたい』
「……頼み…?」
『……! そこにいるのは…ユリアか!?』
「ほえ!? ユリア!? 何処にいるの!?」


モースの飼い猫の声を気にも留めず、近づいてきたローレライが真っ直ぐ僕に歩み寄ってきて、僕は顔をしかめたくなった。でも、微笑んだまま。
シンクがローレライを制するように前に出る。傷つけるつもりはないようだけれど、警戒したらしいバルフォア博士の動きが不穏だ。…けどそう易々と手は出してこないだろうと踏んで、僕はローレライを見据えたまま薄く笑みを浮かべていた。


『ユリアと同じ存在よ。約束は果たした。私を解放してくれ!』
「……一体誰がユリアと同じ存在だっていうのかな」
『お前はユリアと同じ存在、ユリアの完全同位体。私を扱えるのはお前だけ。さあ、私を…』
「冗談じゃない」


必死に言い寄ってくるローレライに、前に立つシンクの顔が歪んだのが気配で分かった。
ユリアの預言なんてくだらないものを生み出した消すべきものが、消されたはずの存在である僕に助けを求めに来るなんて、ね。バカバカしい。

そう切り捨てて差し伸べられた手を叩き落とした。

ローレライが信じられないとでも言いたげな顔をして、うろたえたように数歩後退した。わかりやすいやつ。


「お前がユリアと契約したせいで預言が生まれたんだから、契約は最後まで果たせば?」
『約束の時は過ぎた!』
「――何度も言わせないでくれるかな。僕はユリアじゃない」
「っ、そんなこと言うなよ!」


声を荒げたローレライを低い声で突っぱねた。それにレプリカルークが噛み付いてくる。僕はそちらに視線を向けた。正義感の強そうな光を持った瞳だ。
…レプリカルークはもっとアッシュみたいな人間を想像していたけれど、そうでもないみたいだ。まあ短気なのはそっくりだけど。

僕はそれきりローレライに背を向けた。


『……ルーク。お前しか頼れない。今、私の力を何かとてつもないものが吸い上げている。それが地核を揺らしセフィロトを暴走させている。お前たちによって地核は制止し、セフィロトの暴走も止まったが、私が閉じ込められている限り…』


そう言って、ローレライは…ヴァンの妹は力が抜けたように膝から崩れ落ちた。
…彼女の身体が耐えられなかったのか? …それともローレライが何かの理由でとどまれなくなったのか…。
……ローレライの言う"何かとてつもないもの"は、たぶんフォミクリー装置だろうことはわかった。だとすると、後者だろう。
ヴァンの計画は一体どこまで進んでいるのやら…。


「ティア!」
「ティア!大丈夫か!」
「……大丈夫。ただ、めまいが……私どうしちゃったの…?」


何が何だか分からないという声色が背中から伝わってくる。
…まあ無理もないとは思うけれど、見上げた中空にある譜術障壁らしきものがバチリと音を立てたのが聞こえて、僕はシンクの手を引いて大きな音機関に向かって歩き出した。
それは僕の傍にいたバルフォア博士も同じく、一瞬中空に目を向けてから真剣な顔で一同に向き直る。


「ここは危険です。とにかく今は、アルビオールへ移動しましょう」


バルフォア博士に促されてアルビオールに向かってきた彼らを置いて一足先に乗り込む。中は意外と広い。サフィールが見たら大喜びするだろうな。


――それにしても面倒なことになった。
軍艦に乗り込んだところまではよかったけど、まさか地核に突入するなんてすっかり忘れてたし――シンクが死ぬ気だったということも、僕にとっては予想外の事態だった。
…これからどうしようか。そう思考を巡らせる半面、…こんな状況を少しだけ楽しんでいる僕がいるのも事実。

預言から外れつつある世界。
彼らがこれからどうしていくのか、少しだけ興味がわいた。





音素はそれぞれ音階に対応してる、という妄想。
ドレミファソラシの7つの音階が、それぞれシャドウ、ノーム、シルフ、ウンディーネ、イフリート、レム、ローレライに対応。それが更に、譜歌からもわかるような向こうの音階の名前に対応している。
そんな感じで、ド=レィ=シャドウ、レ=ズェ=ノーム、ミ=リョ=シルフ、ファ=クロア=ウンディーネ、ソ=トゥエ=イフリート、ラ=ネゥ=レム、シ=ヴァ=ローレライ。
だから被験者には第七音素はヴァの音階で聞こえた。みたいな…。



/ bkm /

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