ローレライはかく語りき

02



――カラン、と金属の音がして、シンクの素顔を隠していた仮面が甲板に落ちた。

地核の振動を静止させるために地核まで降りたルークたちは、タルタロスに潜入し外郭大地に戻るための譜陣を消し待ちかまえていたシンクと戦闘になり――

――そして勝負はついた。仮面を叩き落としたルークは、膝をついたシンクを見て剣を下ろす。
…その直後、シンクの素顔を目の当たりにし、瞠目して息を飲んだ。


「お、お前…!」


次いで僅かに顔を上げたシンクの顔を見たガイ、ティア、ナタリア、…そしてアニスが同じように息を呑んだ。
イオンのものとよく似た深緑の髪。イオンのものより色素劣化した草原のような色の瞳。整った顔立ち。目の形こそつり気味だが、その他はまるで鏡にうつしたような"イオン"がそこにいた。

それを目の当たりにした上で冷静なのは、ジェイドとイオンだけだ。


「嘘…イオン様が2人…!?」
「……くっ」


そう呟いたアニスが信じられないと――信じたくないという顔でイオンとシンクの顔を交互に見た。
苦しげに小さく唸ったシンクは膝をついたまま。
…ルークに切りかかられて致命傷を避けられたのは、懐にしまったままの漆黒の短刀のおかげのようだと、そっと胸のあたりを押さえた。


「やっぱり…貴方も導師のレプリカなのですね」


静かで穏やかな…普段とそう変わらない声色でイオンが呟いた。
その呟きに息を飲んだのはアニスだけではない。ジェイド以外の全員が更に目を丸くしていた。
イオンのあくまでも穏やかなまなざしを受けて、シンクは小さく歯軋りをした。似ているのに、似ていない。その事実がシンクを苛立たせる。
無遠慮に突き刺さる哀れむような、同情するような視線が煩わしくて、シンクはイオンを睨み上げた。


「おい! "貴方も"……ってどういうことだ!」
「……はい。僕は導師イオンの七番目――最後のレプリカですから」


『七番目のイオン』は詰め寄ったガイに静かに応えた。
驚愕の視線を受けても、惑うような視線を受けても、シンクの鋭い視線を受けても…。イオンはあくまでも穏やかに、導師然としたまま…。


「!!」
「レプリカ!? お前が!?」
「嘘……。だって、イオン様……」


ルークの驚く声を聞きながら、イオンはアニスを振り向きその揺れる瞳を見つめ、そして眉をハの字にした。


「すみません、アニス。僕は誕生して、まだ二年ほどしか経っていません」
「二年って…私がイオン様付きの導師守護役になった頃…。まさか、アリエッタを導師守護役から解任したのは…あなたに……過去の記憶がないから…?」


声を震わせるアニスに、イオンは目を伏せる。
生まれた時、導師に選ばれた時、被験者と話をした時、アリエッタの態度に戸惑った時、死に瀕した被験者に一度だけ会いに行った時、アニスが導師守護役になった時、そしてルークと出会った時…。
イオンの中で生まれてからの記憶が引き起こされる。

短いが、長い時。その中で思い起こされるのは、自分と同じ、けれど自分より遥かに青白い顔をした、痩せて目の下に隈ができた被験者の姿。


「…ええ。あの時被験者イオンは病で死に直面していた。でも後継ぎがいなかったので、モースとヴァンがフォミクリーを使用したんです」
「……お前は一番被験者に近い能力を持っていた。ボクたち屑と違ってね…」


イオンの言葉を嘲り笑ったシンクは、自分の言葉に悲しげに顔を歪めたイオンを見て更にその笑みを深くした。


「そんな……屑だなんて……」
「屑さ。能力が劣化していたから…ボクは生まれてすぐに"廃棄側"の部屋に入れられた…生きながらザレッホ火山の火口へ投げ捨てられたんだ……。…他のレプリカたちと、同じようにね…」


――あの日、『五番目のイオン』のデータを見て怒鳴り散らしたモースが吐き捨てた、『廃棄』という言葉。

その言葉の直後、他のレプリカたちが入れられていたのとは別室に連れて行かれたシンクは、『廃棄』という言葉の意味を理解し、自分は『要らない』のだと…そしてその結末を理解し、全てを諦めていた。

レプリカという観点からすれば、シンクの『自我』は異常だった。刷り込みがあったとはいえ、誕生してたった1日でそこまで考え、自分の意志を持つことができたレプリカは他に例がなかった。


そのデータを見たディストの気まぐれで連れてこられた『被験者』が、何故かシンクの手を取り、シンクを自分の元に引き取った。
それを知ったモースがシンクを『被験者』から引きはがし、その手下にザレッホ火山の火口に投げ入れられた時も、『被験者』はシンクを助けに来た。

『六番目』も『三番目』も、そして『五番目』…シンク自身も、その時こそ違えど生きたまま灼熱の火口に投げ入れられ、廃棄された。熱い溶岩。焼けた皮膚。…そして病を押してシンクを助けに来た『被験者』の、暖かさ。
シンクはその恩を、決して忘れない。

恩人たる被験者がいないなら、自分の存在に意味はないのだから。


「そんな…なんて酷い…」


呟かれたナタリアの言葉に追想から思考を戻したシンクは、残っている力を振り絞りふらりと立ちあがった。


「ゴミなんだよ……代用品にすらならないレプリカなんて……」
「……そんな! レプリカだろうと俺たちは確かに生きてるのに…!」
「必要とされてるレプリカの御託は聞きたくないね!」


シンクがギッと憎しみをこめた眼でルークを睨めば、ルークはたじろいで口を閉ざす。それでも一歩前に出たのは、やはり『優しく穏やかな導師様』だった。
イオンはシンクの前に一歩踏み出すと、シンクに手を差し伸べた。


「そんな風に言わないで。一緒にここから脱出しましょう! 僕らは同じじゃないですか」
「同じ…?」


その言葉にシンクはどうしようもなく苛立つ。

……同じ?

――ただボクよりも譜術力が秀でていただけの『七番目』が…ボクと?


「――違うね!」


シンクは差しのべられた手を薙ぎ払い、強い憎しみをこめた眼でイオンを睨んだ。ルークを睨みつけた時よりも、ずっと強く深く昏い瞳で。その瞳に竦んだイオンをもう一度睨み、シンクは後ろも見ずに後ずさった。


「アンタとボクを一緒にしないでよね……」





/ bkm /

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