ローレライはかく語りき

01



――ND2018 シャドウリデーカン・イフリート・6の日。

その夕刻の事だった。


シェリダン近郊に神託の盾騎士団の陸艦がゆっくりと停止する。明日の作戦のために、今日はこの場所で待機することになっているのだ。

一般兵にあてがわれたものよりそこそこ豪華な造りの船室に、ひとつの影があった。
黒と緑を基調にした服を纏い、緑の髪を逆立て、嘴を思わせる仮面をつけている、まだ年若いだろう少年。
彼は夕焼けで真紅に染まる景色を見下ろしていた。…仮面の下の表情はわからない。

――彼…シンクが神託の盾騎士団第五師団に入団し、六神将・烈風のシンクと呼ばれるようになって久しい。…とはいえ、2年ほどなのだが。
たった2年と人は言うだろう。しかし彼にとっての"2年"はとても長いものなのだ。


(………)


シンクはふと振り返り、簡易ベッドのサイドテーブルに近付く。そしてその上に置かれたナイフを手に取った。

鞘にも柄にも、緑の紋に金の縁取りの簡素だが品のある装飾が施された、漆黒の短刀だ。
光沢を無くすよう加工され、光を吸い込むような色をしたそれが高価な品だと言うことは一目でわかる。

シンクが鞘を掌に乗せるように持ちそれを眺める。
柄に嵌め込まれた宝石が夕日に照らされて真紅に煌めいた。

シンクは仮面の下で目を細める。


(アイツが死んで、2年と5日…か)


そう思うと、無意識のうちに短刀を握る手に力が籠った。
蒸し暑い日の深夜、苦しげな微笑みを浮かべながら短刀を手渡した、その表情が脳裏に焼き付いて離れない。
シンクは仮面の下で固く目を瞑った。

―――明日、シンクは任務に就く。
それは自ら地核に身を投げるような、"捨て駒"の任務だ。
けれど、シンクはそれでよかった。2年前に誓った"復讐"を自分の手で遂げられないのは確かに残念ではあるが…。


『先に地獄で待ってるよ…』


そう言って嘲笑い、シンクを部屋の外に追い出したその冷たい手を思い出す度に…認めたくない気持ちがくすぶる。
まさかアリエッタじゃないんだし、と彼は否定するが、本当はそれがどういうものか気がついていた。

だからこそ、シンクは死にゆこうとしている。

シンクは目を開いた。
夕日が沈み行く。それに伴って、短刀に嵌め込まれた宝石も輝きを無くしてゆく。

――ふと三度扉が叩かれる音がした。

扉のほうを向き、入りなよ、と短く返す。その間に短刀は懐にしまいこんだ。


「失礼いたします! リグレット師団長が、明日の作戦の件でお呼びです!」
「…わかった」


そう返して足早に部屋を後にするシンク。
彼女の死後――ヴァンに利用価値を認められ、再び拾われた。
シンクはただ息をし、利用され、肉塊として生きるだけの愚かな生を――そして檻の中にある世界を呪い、それらすべてに復讐をする道を選んだ。


(…レプリカは地獄になんて行けないよ。音素に還るだけさ)


もういない相手に内心でそう毒づきながら、シンクはリグレットの待つ部屋の扉を三度叩いた。



* * *



強奪、密航、脅迫。
優しげな顔に似合わぬ悪行を繰り返し、早5日が経つ。
強盗団から奪った大きな黒いローブですっぽりと体を包み、シェリダンまで密航した小さな影。
倒した魔物が落とした食材を駆使し、手早く調理をして、その僅かな量の料理を平らげた。


(ND2018 シャドウリデーカン・イフリート・6の日…か)


しばらく人が使った痕跡のない物見やぐら。黒いローブは闇夜に紛れるのにちょうどいい。
人気がないことを確認して、影はつい先程まで座っていた階段を昇り、物見やぐらの頂上へ。

ロケット塔を除いて街で一番高いだけあって、その見晴らしは中々のものだ。シェリダンは海に面した街だ。もう少し早い時間についていれば夕日が沈むのも眺めることができただろう。

ふと辺りを見渡した影は、遠くから何かが近づいてくるのを見つけた。驚くことに、それは空を飛んでいるようだ。


(ディストか? …いや、違う…)


近づいてきた赤い機体が街の上空を覆うように飛び、影は咄嗟に小さく屈んだ。
少しだけ頭を出して、ある建物に垂直に着陸するのを見送った。
影が思考を巡らせながらしばらく見守っていると、見覚えのある顔が別の…というより、正規の出入口から現れた。


("聖なる焔の光"…ナタリア姫…"ケテルブルクの金の貴公子"…、………)


最後に現れた見慣れすぎた姿に、影は一瞬呼吸が止まった。


(導師イオンとそのご一行…か。アレの性格を考える限り………)


思案しながら行く先を視線で追う影は、白い塊が宿屋に入ったのを見送った時点で階段を降りはじめた。


(…たしか港には軍用艦が停まっていた。…死霊遣いが厄介だけど、倒せないレベルじゃない。それに…アレに聞かなきゃいけないこともあるしね)


目的地はシェリダン港。
来た道をまた引き返すのは正直面倒だが、今彼らと接触するのは尚更面倒だ。

星空の下、闇に溶け込むような黒いローブの裾が翻り、一瞬だけ中の白い裾と細い足が覗く。
靴音が僅かに石畳に響き、暗闇に消えていく。
ふと星空を見上げた。
何かをしばらくそうして見上げた後、フードを被り直し、ローブの裾を合わせると、彼女は再び港へと歩きだした。



* * *



「夜空がとても綺麗ね…」
「本当ですわ。澄んだ夜空に星が瞬いて…」


ティアとナタリアが宿屋の窓から見える星空に溜め息を漏らす。
宝石を散らした黒い帳には雲ひとつなく、ひたすら色とりどりの星が煌めいている。
だがふと夜空にあるはずの煌めきがないことに気付いたアニスが、きょろきょろと夜空を見渡して首をかしげる。


「でも、月が出てないね」
「たぶん、今日は新月なんだろう。新月の日は音譜帯に光が反射しないから、余計に星が綺麗なんだろうなぁ」
「創成歴時代には、今夜のような美しい夜のことを緑夜、と呼んだそうですよ」
「へーえ、相変わらずイオンは物知りだなぁ」


ガイの解説に補足するように口を開いたイオンに、ルークが感心の声を上げた。そうして星空を見上げて談笑する面々とは少し離れたところで、ジェイドが眼鏡のブリッジを押し上げる。


「………緑夜、ねえ」
「………」


何か含みのあるジェイドの呟きに気付いていながらも、イオンは星空を見上げた。

――本当に、月も音譜帯の反射もなく、星だけが煌めく綺麗な夜だ。
オールドラントでは惑星を取り巻く音譜帯に浮く譜石の影響で、月明かりのある夜には譜石に光が反射し、星明かりは殆ど見えない。
それに天候の影響もあって、かつて緑夜と呼ばれた雲ひとつない美しい星空は珍しいのだ。


「…皆さん、作戦の決行は明日。イエモンさんたちの準備ができ次第すぐにでも開始します。早めに明日に備えてください」
「そうですわね。ついに明日は…」
「地核停止作戦の決行日! だもんねぇ。なんか緊張してきちゃったかも〜」
「緊張したって仕方ないさ。絶対成功させよう!」

(……?)


ふとイオンは胸元の首飾りを掌で押さえた。
心の奥で、なにかが訴えている気がする。
…その正体が何かはわからないのだが、何かが…心をざわつかせる何かが、イオンを不安にさせた。


(何故でしょう…胸騒ぎが……)

「イオン様? どうかされたんですかぁ?」
「あ、い、いえ…。なんでもありません」
「そうですか? ならいいですけど…」


アニスに声をかけられ我に返ったイオンが、少し焦ったようにどもりながらも微笑みかける。アニスも不思議そうな顔をしたが、いつもみたいにぽやーってしてたんでしょ、と納得してそれ以上追及することはなかった。

――それを見ていた赤い瞳。眼鏡のブリッジを押し上げたジェイドは、僅かに目を細める。

浮かび上がる疑惑は、核心への推測には及ばず。
否、推測は限りなく確信に近いが、それを口にするには根拠が足りない。

だが、明日の作戦には関係ないことだ。少なくとも――今は。

ジェイドはふっと目を伏せ、自分も部屋に戻るために歩き出した。





/ bkm /

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