(タツバキ)
なんとか狂犬パッカの魔の手から椿を取り戻した達海は、右手をしっかり掴んだまま何も言わずに歩き出した。だんまりで、ただひたすら足を動かす達海に、椿はビクビクしながらも同じように足を動かす。
パッカがいきなり近寄ってきて小心者の椿はかなり動揺していたから、正直達海がしっしっとか何とか言って助け出してくれたことにとても感謝していた。そして同時にときめいていたりしていたのだけれど、すぐさま言葉に表せれていなかったりする。
まあ、何か言う前に達海が攫うように椿を部屋から連れ出したのだが。
(あ、監督の…)
部屋だ、と椿が思う間もなく室内にほうり込まれた。背中を押されて、よろけながらも転ばずに済む。床のごちゃごちゃと物が散乱していて足の踏み場がないが、なんとか堪える。
何なんだと思ってくるりと振り返れば、ずっと背中ばかり見せていた達海がこちらを見ていた。まるで逃がさないとでも言うように唯一の扉にもたれ掛かっている。その表情はどこか不機嫌そうに見えて、椿は途端に逃げ出したくなったが、生憎先手を打たれているから身動きができない。
「ねぇ、」
「…ウ、ウス」
ビクっと肩が動く。
怯えている、と達海は気付き大きく息を吐いた。
「あー怖がらなくていいから」
「え…だって怒ってるんじゃ」
「怒ってない、怒ってない」
手を横に振って、大袈裟に示せば椿はやっと納得したらしい。相変わらずチキンだな、と呆れると同時に愛しさが込み上げる。
「でもさ、お前フラグ立てすぎだよ」
「…フラグ?」
椿の頭上にクエスチョンマークが浮かんでいるのが瞬間見えた。意味が伝わっていないと見えて、達海は脱力する。
「だーかーら、フェロモン出し過ぎなの!」
「ふぇ、フェロモン?」
若干声を上擦らせながら同じ言葉を繰り返す。頬も耳もほんのりと赤らめて、真っ赤な林檎みたいだ。
「そ、フェロモン」
「そ、そんなの出してませんよ!」
「出してんの。だって、」
―――現に俺を虜にしてんだろ。
そう囁けば椿の頬がこれ以上ないほどに赤く染まる。
その反応に可愛いなあと思い、たまらずよしよしと椿の頭を達海は撫でた。
「……監督、からかわないで下さい」
「からかってねーよ」
「うう…」
子犬のようにしゅんとうなだれる。
本当に表情豊かなこの青年は魅力的だと達海は思う。だからこそ引く手数多なのに、彼は一向に自分のことを高く評価することはない。それが良いところでもあり、欠点でもあった。
自覚していないから隙だらけ。こちらがヤキモキするほどに。
だからパッカにも付け込まれてしまうのだ。
「さーて自覚がない椿くんにはみっちり教えないとね」
「…監督」
「ちっちっち」
こういうときは違うって教えたよな。
そう言えば、達海さん、と小さく呼ばれて達海は口元を緩く上げた。
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『酔い醒まし』のろうさんよりいただきました^^
拙宅が発行したコピ本のその後を書いていただけるだなんて…あわわ、とってもありがたいことです…っ><
まさしく本編です、たいへん悶えさせていただきました!
ろうさん、掲載許可をくださりありがとうございました*^^*