「はぁ、…くしゅんっ」

情事後の余韻がなかなか冷めずに暫く抱き合っていると、服を着ていない名前が盛大にくしゃみをした。
二人は同時に声を出して笑い、それを合図にちらかした名前の服を集めながらベッドへ向かう。




「そろそろ帰らなきゃ」

「泊まらねえのか?」

二時間ほどテレビの音をBGMにベッドでいちゃついてから、名前は思い出したように言って、それをギアッチョが引き止めた。

「ごめん、そのつもりで来たわけじゃなかったから用意もしてないし」

本当は名前もそうしたかった。
けれどこのままギアッチョと夜を過ごせばはしたなく何度も求めてしまいそうで、それがギアッチョの明日の仕事に支障をきたすのは嫌だったので今日は我慢しようと思ったのだ。



しかし帰りにはまた寒い外を、いや、日が落ちて昼間よりもっと寒くなった外を歩かなければならないのか。
そう思うと名前は気が滅入った。

そうだ、そういえばホワイトアルバムの中は。


「ねえ、ギアッチョのスタンドの中に他人は入れられないの?」

「ハア?」

「そしたら二人であったかくなれていいなって思っただけ」


甘えて言う名前に「残念ながら無理だ」と言ったギアッチョは、彼女の要望に応えられないのを本当に残念に思っているようだった。
が、何かを閃いた顔をして「ちょっと待ってろ」とクローゼットあたりをごそごそと探し出したかと思うと、ほどなくして一本のマフラーを取り出した。

それは毛糸の手編みで、端にはギアッチョのイニシャルである「G」のマークまで入っている。
ギアッチョはそのマフラーをとりあえずといった具合に名前の首へ掛け、「送っていってやるよ」と玄関へ向かった。

意気揚々と出掛ける準備をするギアッチョとは対照的に、どこから見ても彼が昔の彼女から貰ったものを身に着けて名前は複雑な顔になる。
ささやかなあてつけのつもりで「私だって嫉妬くらいするよ」とつぶやいてみるも、コートを着ていたギアッチョが「何か言ったか」と聞こえていなかった様子だったので、名前はしょんぼりと「何でもない」とだけ返した。


きっちりと着込んだギアッチョが玄関先で名前の首からマフラーを抜き取り、自分に巻いてからもう一度名前にも巻きつける。
二人で一つのマフラー。
しっかりと隙間なく編まれた毛糸が、強い風から首元を守ってくれて暖かい。

「これならホワイトアルバムじゃなくても二人であったけえだろ」

ギアッチョはそう言って名前の手を取り自分の上着のポケットへ入れ、中で握った。


「…名前はこういうのはキライかよ」

ギアッチョが少しだけ浮かない顔をしている名前を心配して言う。
名前は首を横に振り、「ぬくぬくで素敵」と言ったが、本当はマフラーをこんなに上手に編める見たこともない女性に対して妬いていた。

その人も私みたいに、ギアッチョと上手くやっていけるのは自分しかいないと思っていただろうか。




本来一人用に作られたマフラーは二人で巻くにはやはり短く、二人の距離は自然と近くなり、少しばかり歩き辛い程だった。


「ガキん時のクリスマスに母親からプレゼントされたやつで、そんときゃ長すぎると思ったがそうでもなかったな」


超至近距離で歩くことに照れたギアッチョがそう言うのを聞いて、名前は口元が緩むのを自覚する。

このマフラーの送り主がそうではなくても、ギアッチョに昔彼女がいたかもしれないということは変わらないのに。
こんなことですぐにこにこしてしまうなんて、これが映画だったら私は「安っぽい演技の女優」と馬鹿にされるだろうか。

それでもいい、と名前は思った。
とにかく、今すぐギアッチョに抱きついてキスしたかった。

でもここは街中。こんな恥ずかしい格好でそんなことまでしたら、それこそ映画に出てくるバカップルみたいになってしまうから我慢。

部屋に戻ったら、送ってくれたお礼に甘酸っぱいレモネードを熱いキスと一緒にご馳走しよう。
名前はそう決めて、ポケットの中の手を強く握った。

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