「豪炎寺、明日暇?」
「明日か?まぁ暇だな」
「一緒に買い物行こうぜ!!」




ハッピーショッピングデイ(前編)




春休みもあと指折り数えるほどしか残っていない日曜日。
円堂からそんな誘いがあったのは昨日の練習終わりだ。



「買い物?」
「そうなんだ。女の子になってからスパイクとグローブがぶかぶかでさ…」



そういった円堂のスパイクを見ると、確かに足を上げるたび、かぱかぱと歩きにくそうだ。
グローブも先が少し余っている。
身長こそ縮んだりしていないものの、やはり男の体と女の体では色々なことが違うらしい。



「いいぞ」
「ほんとに!?やったー!」



断る理由もなかったのですぐOKすると、円堂は飛び跳ねて喜んだ。
なんだか微笑ましい。



「どんなやつにするか決まっているのか?」
「オレ、豪炎寺と同じモデルのが欲しい!」



にこにこと円堂が言う。
そういえば、オレが今のスパイクを買ったとき、いいな〜かっこいいな〜とずっと眺めていたことがあったな…



「いいんじゃないか?今だったらこれのひとつ新しい型も出てるだろうし…」
「マジで!?うわ〜すっごぇ楽しみになって来た…!」
「でも、このモデルのスパイクは隣町まで行かないと買えないぞ?」



うきうきと楽しそうにしていた円堂がぴたりと止まった。



「そうなのか?どうしよう…隣町けっこう遠いもんな…オレやっぱり1人で…」
「いい。付き合う。」



隣町と聞いて、俺に悪いと思ったのか円堂が断りかけていたようだが、言い終わる前に瀬切ってやった。
すると円堂は最初びっくりしたようにオレを見ていたが、ふにゃりと笑って「じゃあやっぱりお願いするな」と言った。


そんなやり取りの後、集合場所と時間を決めて、円堂を途中まで送って分かれた。




そして今日、朝9時10分、駅前

集合時間から10分ほど経過して、何かあったのか心配になってくる頃。
円堂に電話でもかけようかと携帯を取り出したら、今まさに電話をかけようとした相手から電話がかかってきた。



「もしもし」
「もしもし?豪炎寺?」



電話を取ると、なぜか円堂が涙声だった。
そして異様に周りが騒がしい。



「ごめん豪炎寺…やっぱり…オレ今日1人で行く…」
「?急にどうし…」
「ちょっと守!何言ってるの!?いいから早く行きなさい!!」
「ふぇえイヤだーオレ1人で行くぅうううう!!」
「バカ!あんた!!ちょっと電話変わりなさい!!」



訳を聞こうとするのだが、おばさんの声に遮られて円堂と話が出来ない。



「あ!豪炎寺くん!?ごめんなさいね。待たせちゃって。守の言うことは気にしないで!すぐに駅に行かせるから」



無理やり電話を引ったくられたらしい。
おばさんの声の後で円堂が「かえせよーかあちゃんのばかー!」と喚いているのが聞こえる。



「あ、いや、守くんが1人で行きたいならオレは別に…」
「いいえ!あなたと行くのはすごく楽しみにしてるのよ!とにかく、申し訳ないんだけどもう少しだけ待っていてくれる!?」



円堂が1人で行きたいのなら、と辞退しようとしたのだが、こう物凄い勢いで止められては引くに引けない。



「じゃあオレ守くんを迎えに行きます」



あの電話越しの状態ではまだまだ時間がかかるだろう。
それなら直接円堂を迎えに行った方がよさそうだ。
そう思って提案すると、電話越しのおばさんも嬉しそうに「あ!じゃあそうしてもらえる?ごめんねー」と言っていた。
後では円堂が「ぎゃあああダメだー!」と叫んでいたが…







ピンポーン







先ほどの嵐の様なやりとりから10分。
円堂の家の前に俺はいる。
今は落ち着いているのか家の周りはとても静かだ。
インターフォンを鳴らせば玄関の扉からおばさんが顔を出した。



「豪炎寺くん本当にわざわざごめんなさいね!ほら!守!いい加減腹をくくってこっちにいらっしゃいな。」



おばさんが申し訳なさそうにオレに謝ってから、後に隠れているんだろう、円堂にそう呼びかけた。
しかし、腹をくくってってそれはどうなんでしょうかおばさん…


そんな事を考えていたが、次の瞬間俺の頭の中は真っ白になった。



「円…堂…?」



恥ずかしそうにもじもじしながら顔を出した円堂の姿は、なんというか、どこからどうみても女の子だった。
今は女の子なんだからどこからどうみても女の子って言うのもおかしいが


円堂が女の子になってから今まで、サッカーのユニフォームか雷門ジャージ、もしくはスウェット姿しか見たことがなかった。


今日の円堂はというと、いつものトレードマークのバンダナを外し、
だぼっとした柄物の白に近い淡いピンクのTシャツ
赤い細めのベルトを締めて
デニムのショートパンツの下からは日頃サッカーで鍛えたすらりとした足が
春らしく若草色のタイツに包まれている。


こんな女の子らしい円堂を見るのは今日が初めてだった。
これを見られたくなくて1人で行くなんて言ってたのか。


今までいまいち円堂が女の子になってしまった実感がなかったが、今分かった。
円堂は本当に女の子になってしまったんだ。



「に…似合わないだろ…こんなかっこう…」



顔を真っ赤にして俯いている円堂はとても可愛かった。
男に可愛いというのも変な話だが…いや、今円堂は女の子なんだから普通なのか…
なんだかややこしい…



「そんなことはない。似合ってる。」
「ありがとう…でも…微妙な気持ち…」



俺が思ったままそういうと、円堂は少し困ったようにはにかんだ。
そうだよな。いくら体が女の子になっても心は男のままなんだから、女の子の服を似合うと言われてもあんまり嬉しくないよな。



「もう守。あんたは今女の子なんだから。素直に喜べばいいのよ。」
「でもかぁちゃん…俺…こんな服…別にいつもの服でもいいじゃないか…」
「守。守が急に女の子になっちゃったからには、心もだんだん女の子に近づいていくんだって母さん思うの。」


急におばさんがそんなことを言い出すもんだから、俺も円堂も黙ってしまう。


「世の中には、体と心の性別が違う難しい病気があるけれど、守、あんたの場合は最初は体も心も男の子だった。」
「…うん…」
「それが急に体だけが女の子になってしまった。そしたらきっと男の子の心は置いていかれないように女の子の心になろうとするはずよ。」
「…うん・・・?」



それは俺も考えた。
体が女の子になってしまったんだ。
医学的に考えても、体が女になった関係で円堂は心まで女の子になってしまうんじゃないだろうかって。



「でも…おれ…」
「大丈夫!男の子にはきっと戻れるわ。でも、今は難しいこと考えないで、女の子の自分を楽しんでいなさい。」



そういっておばさんは、優しい笑顔で円堂の頭をぽんと撫でた。


俺たちの前ではいつも元気な円堂だけど、家ではすごく落ち込んでいたんだろう。
きっとおばさんはそんな円堂を心配して、色々考えて女の子の服着せたりしたんだろうな。
俺にはとてもできないけど、親にしかわからない息子の気持ちとかもきっとあるんだろうな。


円堂はおばさんの真意が分かったみたいで「わかったよかあちゃん」と小さく頷いた。


気持ちが伝わって嬉しかったのだろう、おばさんはもう一度円堂の頭をなでると満足そうに笑った。



「それにね、守。初めてのデートにおめかもしないで行く女の子なんてありえないのよ?」



「「デート!!!?」」



おばさんの爆弾発言に俺と円堂は一斉におばさんを見た。



「あら。だってそうでしょう?若い男女が2人で買い物なんて、デート以外の何者でもないじゃない?」


「あらやだわこの子達ったら」なんていいながらおばさんは笑っている。


俺と円堂は混乱してしまってぱくぱくと何も言えずにいた。



「かあちゃん!俺も豪炎寺も男なんだぞ!デートな訳ないだろ!!」



先に正気になった円堂が顔を真っ赤にしておばさんに食って掛かる。



「あら。でも今あなた女の子なんだから。デートでしょ。」
「でもまだ心は男だ!」
「世間様からはそんな事分からないわよ。」
「うう…」



あっさりと円堂は言いくるめられてしまった。


そうか…
円堂は今、どこからどうみても女の子。
それはつまり、世間の皆様には恋人同士に見えるわけで…



「でも、守のお相手が豪炎寺くんなんてお母さん大感激!しっかりしてるし男前だし、ほんと守にはもったいないわ」



おほほと笑うおばさんの顔はすがすがしかった…


俺と円堂はお互いにすっかり恥ずかしくなってしまってしばらくそこを動けなかった。





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お買い物編に続きます。

最初馬鹿明るいコメディーにしたかったのにうっかり真面目な話に…
体と心の性別が違う難しい病気…
こんな私なんかが小説に出していい様な病気ではないと思います。
本当に早く世間の皆さんに理解してもらえるようになったらいいと思います。
人を好きになるのは素晴らしいことなのに、そこに意識の違いで障害があるなんて悲しすぎる。





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