うちのサッカー部のエースストライカーである豪炎寺修也という男は、同姓の俺から見ても、そりゃあもうかっこよくって、クールだけど心根はすごく熱くて。
他人にあまり興味が無いように見せかけて、実はこっそりと優しかったり…
そんなだから、もちろん女の子にも大人気で。
そんな豪炎寺に、オレもうっかり恋なんかしているわけで…




優しくしないで




「はぁ…」


軽くため息を吐きながらベッドに転がる。
ごろりと寝返りを打てば、すっかり見慣れた日本宿舎の天井が眼に入る。
その天井を見上げたまま瞳を閉じれば、真っ先に浮かぶ姿。

10番のエースナンバーを背負った、俺よりも少しだけ広い背中。

ゆっくりと瞳を開ける。
そこには先ほどと何も変わらない宿舎の天井が広がっている。

この気持ちを自覚したのはつい最近のことだ。
日本代表に選ばれて、新しい仲間が増えた。
宇都宮虎丸に土方雷電。
彼らが豪炎寺のことを慕っていることも、仲がいい事も分かっている。
だけど、頭では分かっていても、心がモヤモヤと晴れない。
そこでオレは豪炎寺に特別な感情を抱いていることに気づいてしまった。
心で渦巻くこの感情。
それが恋なのだと気付いてしまってから絶望した。
だって、豪炎寺は男で、オレだって男なのだ。

はぁともう一度ため息を吐いて、枕に顔をうずめる。
ああ…なんだってオレはこんなにも難しい恋をしてしまったのだろう。
この気持ちが報われることは決して無いのに、それでも豪炎寺に対するこの気持ちを無かったことになんて出来るわけがないのに…

ぎゅうっとシーツを握り締める。
丸めた足がシーツにこすれてシュルシュルと滑らかな音を立てた。

コンコン

悶々と何ともいえない感情を抱えながらうずくまっていると、不意に扉をノックする音が聞こえる。
嫌に遠慮がちに叩かれた扉を不思議に思いながら体を起こす。

こんな夜更けに誰だろうか?

不思議に思いながらゆっくりと扉を開けた。


「よう」


「豪
炎寺…?」

扉の前には、ジャージのポケットに手を入れた豪炎寺が立っている。


「悪いな。こんな夜更けに」


申し訳なさげにそう言う豪炎寺。
その声は、消灯をとっくに過ぎ、眠っているだろう他のチームメイトのことを気にしていつもよりも小さめだ。


「ううん。オレも起きてたし…大丈夫だよ」


そう言ってゆるく微笑む。
すると、豪炎寺も安心したのかほっとしたようにやわらかく微笑んだ。


「少し…いいか?」


そして、遠慮がちに穏やかにそう問いかける。
ハッとして、豪炎寺を見れば、豪炎寺の瞳は至極真剣にオレをまっすぐに見つめている。


「いいぜ。どうぞ…」


ゆるく視線をはずして、室内に入るように促す。
そっとドアノブを引いて、人が通れるくらいに扉を開けようとしたけれど、何かが引っかかったように扉は動かなかった。

「いや…」

豪炎寺が静かにつぶやく。
見れば、オレが開けようとしていた扉は、豪炎寺の手によって押さえられて、そのまま固まっていた。
不思議そうに見つめる俺を見つめ返して、ゆっくりと口を開く豪炎寺。


「外、行かないか?」


そう低く囁かれて、オレは反射的に頭を縦に振った。







宿舎の庭に止めてある自転車。
日本街の、徒歩で行くには少し遠い店に買出しに行くときにマネージャーの皆が使っている。
その赤い自転車の鍵を解く豪炎寺。
カラカラと自転車を引いていく。


「後ろ、乗れよ」


その一連の動作をぼんやりと眺めていた俺に声がかかる。
目の前の豪炎寺は、サドルにまたがり、後の荷台をポンポンと叩いていた。


「え…でも…」


「いいから。乗れよ」


オレが少しためらったようにそう言えば、ピシャリとさえぎる豪炎寺の声。
有無を言わさない雰囲気を持った声に観念しておずおずと荷台にまたがる。


「行くぞ」


そう呟いて豪炎寺が力強くペダルを漕ぎ出す。
すると自転車は、キィと重たそうな声を上げて走り出した。


赤い自転車が風を切る。
昼のにぎやかな雰囲気など、全く残していない夜の日本街は静かで、豪炎寺が自転車を漕ぐ音と、風を切って自転車が走る音しか聞こえない。
空を仰ぎ見れば満点の星空が輝いていて、古きよき時代の日本を模した日本街の外灯の少なさが、より星空を明るく見せている。


「気持ち良いな…」


無意識に口を吐いて出た言葉に、豪炎寺が笑う気配がした。


「ああ…」


豪炎寺がペダルを漕ぐ足に力をこめる。
グンと急に自転車が走る速度が上がって、危うくオレは荷台から落ちそうになってしまう。


「わわわ…豪炎寺…!」


思わず上げた声に、豪炎寺は可笑しそうに笑っている。


「ちゃんとつかまってないと落ちるぞ」


そう言って、蛇行運転をし始める豪炎寺。


「わはは…!もう豪炎寺!」


そんないつもに比べて子供っぽい豪炎寺に、思わず笑がこみ上げてくる。
オレが可笑しくて笑っている間も、豪炎寺の自転車を操る手は右へ左へ動いて、蛇行運転を繰り返している。
今まで、荷台の根元を握っていたオレは、あんまりにひどい豪炎寺の運転に、その手をそっと豪炎寺の腰に回した。

細くて、でもサッカーボールを上手に操るための筋肉はちゃんとついていて、触れた豪炎寺の体の熱さに、勝手に胸が高鳴った。


「ほらっ…!ちゃんとつかまったから…蛇行運転はもういいだろ?」


うるさく鳴り出した心臓の音をごまかすように声を上げる。
すると、今まで右へ左へふらふらと走っていた自転車がまっすぐ風を切り始める。
ほっと一息吐いていると、くつくつと笑う豪炎寺。
何事かと不思議そうにその背中を見つめていると、突然がくんと自転車が揺れた。


「うわわ…!」


突然の出来事に、オレは豪炎寺の腰に回していた腕に力をこめて、思い切り豪炎寺にしがみついてしまった。
俺より少し広い背中。
顔をぶつけた拍子にほのかに鼻をつく石鹸の匂いにくらくらした。


「何が起こるかわからないからな」


急にブレーキをかけて自転車を揺らした張本人は、こちらを振り向いて意地悪そうに笑っている。
そのちょっとした仕草さえもオレの胸を締め付ける。


「…バカ…」


赤くなっていく顔を隠すようにうつむけば、「悪い悪い」そう言って悪びれた様子もなく笑う豪炎寺。


「ちゃんとつかまってろよ?」


そう言って、そっと俺の手に重ねられる豪炎寺の手。
ふわりと優しく触れて、一瞬で離れた。

豪炎寺が足に力を入れてペダルを漕ぎ出す。
ゆっくりと進みだす自転車。

優しく触れた豪炎寺の手は、一瞬で離れたというのに、その温かな感触が手から離れない。
じんわりと体中に熱が広がって、オレの胸を焦がす。


人の気も知らないで…


手の感覚をかき消すようにぎゅうと豪炎寺のジャージを握る。
豪炎寺の背中に額を埋めて、自転車が切る風の音を聞きながら頭の中で悪態を吐いた。







ザブンと波が寄せて引いていく音が響く。
自転車を漕いで行き着いた先は、ライオコット島エントランス付近の砂浜だった。
満天の星空が見下ろすそこは、真っ暗で、はるか水平線の先に見える灯台の光がぼんやりと見える程度だ。
その砂浜に腰掛けたオレと豪炎寺の間に会話はなく、先ほどからずっと波の音を聞いているばかりだ。


「円堂」


沈黙を破ったのは豪炎寺だ。
声の掛けられたほうに視線を向ければ、豪炎寺はまっすぐに海のほうを見つめている。


「なに?」


静かにそう答えれば、ゆったりとこちらに視線を向ける豪炎寺。
わずかな光の中に浮かぶ豪炎寺の顔は、信じられないくらい大人っぽかった。


「最近…元気が無かっただろ?」


真っ黒の瞳がまっすぐ俺を捕まえる。


「何かあったのか?」


そう言って、心配そうにオレを見つめる。
優しいその視線に、オレの瞳はゆあんと揺らいだ。


「何も…無いよ?」


何とかそれだけ搾り出す。
オレの元気が無い理由…
そんなもの、言える訳が無い…目の前のこの男にだけは。

「嘘だな」

オレが必死の思いで搾り出した言葉をあっさりと切り捨てる目の前の男。
ふわりと微笑んでオレの顔を覗き込む。


「お前は、自分で思っているより隠し事が下手なんだぞ」


そう言って、甘く微笑んだ。

ドキリと胸が高鳴って、訳も分からず鼻の奥がツンと熱くなる。
ああもうダメだ…そんな風に優しくされたら…

豪炎寺から視線をそらすように俯く。

「俺には…話せないか?」

俯いたまま何も話さない俺に、どこか淋しそうに掛けられた声。
その問いかけに一生懸命首を縦に振って答えた。


「どうして?」


「どうしても…」


問われた声に答えた俺の声は、少し震えていた。

だってそんなの、言えるわけが無い。
豪炎寺には…豪炎寺だけには…


「なんで…泣くんだよ?」


ざぶんと波が押し寄せる音が響く。
心配そうに呟かれた声に反射的に顔を上げる。
顔を上げた拍子に頬に熱い雫が伝った。
オレは気付かないうちに泣いていたらしい。


「円堂?」


戸惑いがちに頬に触れる豪炎寺の手。
ぽろぽろと流れる涙を優しく拭ってくれる。
その手が温かくて気持ちよくて、その温かさに甘えてしまいそうになるけれど…


「優しくしないで…」


そうぽつりと呟いて、豪炎寺の手を外す。


「なんで優しくしちゃいけないんだ?」


掴んだ手を逆にきゅっと握り返される。
オレを見つめる豪炎寺の瞳は、心配そうに揺れている。
その瞳に、胸が切なく軋んだ。


「期待…しちゃうから…」


しまったと思った。
思わず口をついて出た気持ちは、口に出してはいけないものだった。
目の前の、クールに見えて実は優しいこの男は、こんな些細な言葉さえ掬い上げて、理解しようとするから…
あわてて豪炎寺から視線を外す。


「何を期待するんだ?」


案の定オレの呟きのその先を問いかける豪炎寺。
まっすぐオレを見つめるその瞳に俯いたままふるふると首を横に振った。

お願いだから優しくしないで。
これ以上、優しくされたら…

溢れてしまう
期待してしまう

豪炎寺に対するこの気持ちが、決して報われないこの気持ちが、溢れて止まらなくなってしまう。
あまつさえ期待してしまう。
もしかしたら、気持ちを告げても受け入れてもらえるかもしれないだなんて…


「円堂」


優しく声を掛けられて、それでも俯いたまま視線を合わせようとしないオレ。
そんなオレをじっと見つめていた豪炎寺だが


「わ…っ!」


握ったままにしていたオレの手を力強く引いて、その腕に閉じ込めた。
抱きすくめられた腕の熱さに、胸が締め付けられる。


「や…豪炎寺離して…!」


体中がどんどん熱くなって、豪炎寺に抱きしめられているというこの状況が飲み込めない頭はパニックを起こして、豪炎寺の腕の中で暴れる。
けれど、オレを捕まえている腕は、ますます力を強くして離してくれそうも無い。


「離さない」


そう言って、ぎゅうっと暴れるオレの頭を自分の胸に押し付けて、囁く豪炎寺。
不意に耳元に吹きかけられた息に、びくりと震えたオレの体は、一瞬抵抗することを忘れてしまった。
大人しくなったオレをもう一度きつく抱きしめて、豪炎寺はぽつりと呟いた。


「お前に泣かれると、どうしていいか解らなくなる」


苦しそうに搾り出された声に、顔を上げようとしたけれど、頭を撫でる豪炎寺の手に阻止されて叶わなかった。


「お前が元気ないと俺も元気が出ないんだ」


力なさげに呟いて、オレの頭に擦り寄る。


「優しくするななんて、そんな事言うなよ…」


紡がれた言葉の最後は、尻すぼみになって少し聞こえづらかった。


「俺は…お前の力になりたいんだ…どんなことでも…」


ことりとオレの肩口に顔を埋めてオレをきつく抱きしめる豪炎寺。
その腕は力強くて熱い。

ざぶんと寄せては引く波の音。
瞬く満点の星空。

熱さでとろけてしまった頭でぼんやり考える。
オレは、今まで誰かにこんな風に抱きしめられたことがあるだろうか?


「…豪炎寺…」


ぽつりと聞こえるか聞こえないかの声で名前を呼ぶ。
すると豪炎寺は、オレを抱きしめていた腕をそっとといてオレの顔を覗きこむ。
不安げに下げられた眉が、オレの事を心から心配してくれていることを教えてくれている。


「ありがとう豪炎寺」


オレの両肩に手を置いて心配そうにオレを見つめる豪炎寺に微笑む。
すると豪炎寺は眉間の皺を深くした。


「俺は何もしていない…お前が元気がない理由だって…」


まだ聞いていない

そう言葉を続けようとした豪炎寺の言葉を遮るように口を塞ぐ。
オレの右手で口を覆われた豪炎寺は目をぱりくりとさせて驚いている。


「何もしてないなんてそんなことない」


にこりと微笑んでそう口にする。
ゆっくりと豪炎寺の口を塞いでいた手をどける。


「豪炎寺はオレに優しくしてくれたじゃないか」


オレの心配をしてくれて、力になりたいって言ってくれて、涙を拭いてくれて。
こうやって、海まで連れ出してくれたのだって、きっとオレを元気づけようとしてくれたからで


「だけど…」


笑うオレを、眉間に深く皺を刻んだまま心配そうに見つめる豪炎寺。
その不安げな瞳に苦笑する。
フィールドではあんなに強気なのに…


「いいんだ!豪炎寺のおかげですっかり元気になったから。心配かけてごめんな?」


そう言って小首をかしげる。
すると豪炎寺はしぶしぶといったようにオレの肩から手をどけた。


そうしてその後、二人他愛無い話をして、海風が少し冷たくなってきた頃にもう帰ろうとかと腰を上げた。


「円堂…」


「ん?」


砂浜を歩いて自転車の元へ向かう途中、声をかけられる。


「お前が元気がなかった理由…無理には聞かない。けど、また何か元気が出ない時は教えてくれ…さっきも言ったが…力になりたいんだ…」


豪炎寺は、まっすぐに前を見詰めている。
1歩後ろを歩くオレからは、その表情は解からなかったけど…
きっと照れいるんだ豪炎寺は。
感情を言葉にするタイプの人間じゃないから…

そんな豪炎寺に笑みがこぼれる。

ありがとう豪炎寺。
恋という感情が、初めて感じる事ばかりで少し不安だったんだ。
豪炎寺が誰かと楽しそうに話をするのはいいことだって頭ではわかってても付いていかない心が怖かったんだ。
何にもわからなくて、心細くて、一人でぐるぐる悩んで、落ち込んで…
だけど、こんなどうしようもないオレを連れ出して優しくしてくれて…
今はそれだけでもう十分。


「あのな、豪炎寺」


歩く豪炎寺の背中に声をかける。
すると、ん?と小さく声を上げてこちらを振り返る豪炎寺。
不思議そうな顔の豪炎寺をまっすぐに見つめて


「元気がなかった理由…話せるときが来たら、聞いてくれよな!」


そして、とびきりの笑顔で笑った。
オレの笑顔を受けて、一瞬固まった豪炎寺は、目をぱちくりと瞬かせて


「今じゃだめなのか?」


少し怪訝そうに小首を傾げた。


「今は無理!」


その隣をいししと笑いながら走り抜けるオレ。
いっきに真っ赤な自転車にたどりつき、荷台にまたがり豪炎寺を見と、困ったように頭をかいている。
そして、やけにゆったりとこちらに歩いてきて、自転車のハンドルに手をかけ、にこにこと笑うオレを見つめて


「じゃあ…円堂が話してくれるまでずっと待ってるよ…」


そう言って柔らかく微笑んだ。


オレのこのどうしようもない気持ち。
今はまだ勇気がなくて口には出せないけれど。
いつかきっと伝えてみせるから!


豪炎寺大好き!





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お世話になっております「free☆star」のいちまつ様に押し付けるなんちゃって切ない系小説です!
「夜に自転車を二人乗りして遠出する豪円、甘くてちょっぴり切ないお話」という神がかったリクエストを頂いたんですが…!
見事にそれを再現できずに非常に申し訳ないです…!!
もう!夜の自転車とかたまらんもう!
と、漲りながら書き始めた割になんだかこう…なんだか本当にすみません…
もう、毎回の事ですが、頂いた萌リクエストを勝手に違う方向に持っていくパトスが私の中で出来上がりつつあるようです…
切ない=片思いという、私のどうしようもない頭の悪い思考を殴り倒したいです…!!!
一生懸命書いたくせに、こんなにも拙い小説ですが、いちまつさんよかったらもらってやって下さい…!!
いちまつさんSUKI!(帰れ)



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