「あ!」

「どうした?」

「豪炎寺これ!これ見てくれよ!」

「?」




いくか来るその日の約束





6月。
いよいよ全国的に梅雨に突入しそうな3週目の水曜日。
ここ最近、ずっとぐずついていた空が、ようやく太陽を覗かせて久しぶりの野外での練習。
くたくたになるまで練習して、外もすっかり暗くなり、そろそろ上がろうかと部室に帰ってきたのが1時間ほど前。
一人また一人と部室を出て行くなか、今ここに居るのは、蛍光灯の下日誌を書いていた円堂と、俺、豪炎寺修也のみ。
「あー」とか「うー」とか唸りながらシャーペンを走らせる円堂の向いに座り、サッカー雑誌をめくる俺。
ショリショリとシャーペンが紙の上を走る音と、パラリパラリと雑誌をめくる音が響く。


「今日の練習メニューってシュート練習の後って連携の確認だったよな?」


「ああそうだ」


ぽつりぽつりとそんな会話をしながら、ゆっくりと過ぎていく時間。


「おおーし!できた!」


そんな時間は円堂の元気な声で終わりを告げる。
ショリショリと走らせていたシャーペンを、トンと紙の上で跳ねさせ、嬉しそうに日誌をぱたりと閉じる。


「ごめん豪炎寺お待たせー」


シャーペンをペンケースにしまいながら、ふにゃりと俺に笑いかける円堂。
俺も微笑みで返して


「お疲れ」


そう言って、ぱらぱらとめくっていた雑誌を閉じた。







「ああ〜腹減ったなぁ〜」


心のそこからくたびれたような声を出しながら帰り支度をする円堂。
円堂の向い側の自分のロッカーの扉をバタリと閉め、苦笑しながら円堂の方に視線をやる。


「久しぶりの野外の部活で、みんな張り切っていたもんな」


そう言えば、こちらに背中を向けて、鞄の中をごそごそと整理していた円堂は


「だよなぁ〜やっぱり野外のサッカーは楽しいもん!」


バンダナの下から覗く髪の、その向こうに見えた幸せそうな微笑みにつられて、俺も口の端が上がる。
そうやってぼんやりと身辺整理をしていた円堂を眺めていると

「あ!」

突然円堂が驚いたような声を上げて手を止める。


「豪炎寺!これ見てくれよ!」


そして嬉しそうに茶色の封筒を取り出した。


「なんだ?これ」


パタパタと嬉しそうに封筒を持ってこちらにかけてくる円堂。
その円堂から茶封筒を受け取って、中身を探る。
封筒の中に入れた手が、何かつるつるとした固い紙の様な物に触れる。


「先週、従姉妹の姉ちゃんの結婚式があったんだ!その時の写真!」


円堂が楽しそうにそう教えてくれる。


「へぇー…」


そう呟きながら、封筒の中身を取り出せば、数枚の色鮮やかな写真。


「昨日現像したから、豪炎寺に見せようと思って持ってきたんだ」


花が綻んだように笑う円堂に、ふわりと笑って「ありがとう」と返す。
すると円堂は満足そうに頷いた。

手元の写真をめくると、そこには白いドレスに身を包んだ女の人。
この人が円堂の従姉妹のお姉さんなのだろう。
白いタキシードを着た男の人の隣でそれはそれは幸せそうに笑っている。
次々写真を送っていくと、チャペルの写真、フラワーシャワーの写真、披露宴の写真、どの写真も皆幸せそうに笑っている。
その中で、ひときわ楽しそうに笑う少女の姿に、思わず頬が緩む。


「いい写真だな…」


俺がそういうと、隣で俺と同じように写真を覗きこんでいた円堂が一際嬉しそうに笑う。


「だろ〜!すっごくいい結婚式だったんだぜ」


姉ちゃんすごくきれいだったし、料理も美味しくてさ、余興も、旦那さんの友達がビデオレターを作ってたんだけど、
旦那さんへの気持ちが溢れてて…あ!オレビンゴで2等当てたんだぜー!

そう言って、ニコニコと笑いながら指折り楽しかったことを報告してくれる。
本当に心から楽しかったのだろうな…


「そういえば…」


写真をめくっていた手を止める。
ぽつりと呟いた俺に、円堂は「ん?」と首をかしげる。


「円堂は制服なんだな」


数枚の写真。
みんな綺麗なドレスやスーツに身を包んで笑っている。
その中で、ひときわ楽しそうに笑っている円堂は、この高校の制服だった。


「そうそう。高校生は制服でいいのよって母ちゃんが言ってて、この制服でいったんだ」


ぽんと自分の制服のワイシャツを叩く円堂。


「前日になって慌ててクリーニング出したから、結婚式の朝超バタバタしたんだぜ」


そう言って可笑しそうに笑う。

そうか、高校生以下の子供は制服でもいいんだっけな…
昔、親戚の結婚式に連れて行かれたとき、母にそんなことを言われたなとぼんやり記憶をたどる。
そういうことならば、現役女子高生である円堂が制服なのも分かる。
だけれども…


「円堂のドレス姿…見てみたかったけどな」


「え…」


ぽつりと静かに言葉を零せば、戸惑ったような円堂の声。
ちらりと横目に円堂を見れば、突然の俺の言葉に頭がついていかないのか、大きな茶色い目をぱたぱたと瞬かせている。
その円堂の目を真っ直ぐに見つめる俺。


「い…いいよオレは!ドレスってガラじゃないし…どうせ似合わないよ…」


俺の視線を受けて、一瞬目を見開いた後、慌てたように両手を振る。


「そうか?そんな事ないと思うが…」


そんな円堂の様子に、小首を傾げつつ


「きっと可愛い」


そう言ってゆるく微笑む。
すると、目の前で慌てていた円堂が固まって、みるみる顔が赤くなっていく。


「なぁ円堂」


そんな円堂が可笑しくて可愛くて、ニヤニヤと円堂を覗き込む。
顔を真っ赤にして、固まっていた円堂は、俺と視線がかち合うと、慌てて眼を逸らして、2、3歩後ろに下がる。


「オ…オレなんかより、姉ちゃんだよ!!」


あ、話逸らした。


顔を真っ赤にしながら大きな声で叫ぶ円堂。
そんな円堂の様子を至極満足そうに見つめる俺。
俺の視線を受けて、真っ赤な顔でじとっと俺を睨む目の前の円堂。
おもむろに俺の手の写真に手を伸ばす。
そして、写真を俺から奪って、ぺらぺらと写真を送り始めた。
円堂が何をしようとしているか検討のつかない俺は、じっと円堂の手元を見つめる。


「ほらこれ見て!」


そして、ある1枚の写真の所で手を止め、その写真を嬉しそうに俺に見せてくる。
その顔は、さっきあれだけ顔を真っ赤にして照れていたのをもう忘れてしまったのか、とても嬉しそうだ。
そんな円堂から写真を受け取って、視線を落とす。


「フラワーシャワーだよな?これ」


「そう!」


それは、先ほどざっと目を通したフラワーシャワーの写真だった。
真っ白なチャペルから続く庭を、たくさんの花びらを受けながら幸せそうに歩く新郎新婦が写っている。
いい写真だが、なぜ今円堂が俺にこれを手渡したのか見当がつかない。


「それ、オレの一番お気に入りの写真なんだ!」


じっと写真を見つめる俺に、楽しそうにそう声を掛ける円堂。
視線を写真から円堂に移せば、ニコニコと満面の笑みで笑っている。


「その時の姉ちゃん、オレが今まで見てきた中で一番綺麗だった。真っ白のドレスにピンクとか黄色の花びらが散ってさ、
太陽の光にキラキラ輝いて、すっごい綺麗で、それからすっごく幸せそうだった」


うっとりとした瞳で続ける。


「本当にすごく綺麗な顔で笑うから、その時の姉ちゃん、きっと世界で誰よりも幸せなんだろうなって思ったんだ」


えへへ


そう言って、自分のことのように幸せそうに笑う。
その笑顔にドキリと胸が高鳴る。
ああ…お前はなんだっていつもそうなんだ…


「円堂も着たいか?」


「え?」


真っ直ぐに円堂を見つめる。
俺の突然の問いに、笑顔のまま首をかしげる円堂。


「ウエディングドレス。着てみたいか?円堂もきっと世界一幸せに笑えるぞ」


「でも…オレじゃあ…」


俺の言葉に、さきほどまで嬉しそうに緩んでいた眉が下げられる。
困ったような瞳は、きっと自分では無理だと、そう言っているようで、なんだかこっちまで悲しい。
なんでそんなこと言うんだ。
お前は解かっていないんだ。
自分がどんなに人を惹きつけてやまないのかも。
自分がどんなに魅力的な人間なのかも。
俺がどんなに…お前の事を想っているかも…
俺がどんなに…お前を幸せにしてやりたいと思っているかも…


「いつか…俺が着せてやるよ」


ぽつり呟いてまっすぐに円堂を見つめる。
目の前の円堂は、俺の視線をまっすぐに受けてその大きな瞳をぱちぱちと瞬かせている。

俺が今言ったこと、それはこれからずっと先の未来の約束。

だけれども、恋愛事にはまるで無頓着なこの少女の事。
俺が今言った言葉の意味なんかきっと解からないんだろう。
目の前には今だぼんやりと目を瞬かせている円堂の姿。


(困らせたな…)


自分の未熟さに苦笑する。
お互いに思いあっている仲とはいえ、急にこんなことを言っては戸惑わせてしまったに違いない。
そう思って、「悪かった、気にしないでくれ」と口を開こうとした瞬間。


「それって…」


かぁぁあと円堂の顔が赤くなっていく。
さっきまでまっすぐに俺の事を見つめていた瞳は、心なしか潤んでいる。


「円堂…」


伝わったのか?
まさか伝わるだなんて思っていなかったから…
若干驚き気味に名前を呼ぶ。

すると、円堂はもう辛抱たまらなくなってしまったのか、俯いてしまった。


「え…円堂…」


じっと下を向いている円堂。
反応のない円堂に、内心おろおろしつつ様子を伺う。


「豪炎寺…」


呼ばれた俺の名前に、耳を傾ける。


「円堂…?」


瞬間、ふわりと俺の手を包む熱い感触。
はらはらと床に落ちていく数枚の写真。
何事かと、俺の手元を見れば、円堂が俺の手を両手で包んでいる。
その手は燃えそうなほどに熱い。


「豪炎寺…あのな…」


俯いたまま、ぼにょぼにょと呟く円堂。
訳が分からず、ただただ円堂の言葉に耳を傾ける。
一生懸命言葉を紡ぐ円堂の耳はゆでダコのように真っ赤だ。


「あの…な…豪炎寺…」


もう一度俺の名前を呟いて、きゅうっと俺の手を包んでいる手に力を込める。
そして、意を決した様に顔を上げる。
まっすぐに俺を見つめる円堂の顔は真っ赤で、必死そうに揺れる瞳はとてもきれいだった。


「オレも…」


ゆっくりと口を開く。


「オレも…いつか豪炎寺に真っ白のタキシード、着せてやるからな…!」


そう言って、赤い顔でふわりと笑う円堂。
本当に幸せそうに形作られる微笑みに、俺の心臓はドキリと高鳴った。
みるみる顔に熱が集まって行く。
まさか、この恋愛事にはまるで無頓着なこの少女に、そんな風に返されるなんて思っていなかったから…


「お前ってやつは…」


「わわ…!」


赤い顔を見られたくなくて、握られていた手を引いて、俺の腕に閉じ込めた。


「へへ…ありがとうな…豪炎寺」


「こっちこそ…ありがとう」


俺の腕の中、幸せそうに笑う円堂。
その髪に頬を寄せながら俺も笑う。

俺たちは子供で、これからこの気持ちがどうなるかの保証なんてないのだけれども。
今、この瞬間、俺はこの腕の中で笑っているこの子に、俺の隣で白いドレスを着て、誰よりも幸せに笑って欲しいとそう思うので…
この先、いつか来るその日までこの約束がずっとずっと続けばいい。
そんな事を思いつつ、円堂を抱きしめる腕に力を込めた。



人の幸せを心から喜べるお前だから。
そんな心の優しいお前を、その何倍も幸せにしてやりたい。
他の誰でもない俺の隣で、世界の誰にも負けないくらい幸せいっぱいにしてやる。

約束だ。






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「Sincerity」の海風さくら様に押し付ける豪円♀でプロポーズ!
あまりにもときめきすぎるリクエストで動機息切れがひどいですハァハァ
それなのに長らくお待たせしてしまうこの体たらく…!!あああ本当にすみません!

なんというか、にょたはこういう話が恥ずかしげもなく書けるのがいいですね!
ゲロ甘が大好きです!湯原です!(帰れ)

この度は、相互リンク本当にありがとうございました!
拙い小説ではありますが受け取ってやって下さいませm(__)m
これからもどうぞよろしくお願いいたします!





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