「豪炎寺!俺と駆け落ちして!」


「…は?」




君を攫って行くよ




ガタンゴトンと電車が揺れる。
隣に座っている円堂は、ひざの上で両手をきゅっと握り締めて俯いたまま何も話さない。
平日の午後1時。
人気のないこの電車は今海へと向っている。
流れる景色をぼんやりと眺め、隣の円堂に視線を移す。

思えば、今日の練習が始まった時から、こいつはどこかおかしかったのだ。
眉間に皺を寄せて、難しそうな顔でずっと何かを考えているよう。
練習中もずっと上の空で、よく風丸に怒鳴られていた。
そして極めつけは…


「豪炎寺!俺と駆け落ちして!」


「…は?」


練習後、片づけを終え昼食を摂りに食堂へ向おうと、昇降口で靴を履き替えていた所、急にそんな事を言い出した。
どういうことだと聞き返す暇もなく手を引かれ、なんとか手荷物だけは持って合宿所から飛び出した。
そして今、こうして電車に乗って海に向っている所だ。


(一体何を考えている…?)


隣で今だ俯いたままの円堂を見つめる。
その横顔は、バンダナの下から覗く髪の毛に邪魔されて窺い知れない。
俺は軽く溜息を吐いて視線を窓に戻す。


(昨日のドイツ留学の話…)


流れてゆく景色。
ゴトンゴトンと揺れる電車。


(何か関係しているんだろうな…)


様子のおかしい円堂。
それはきっと昨日の夜、密やかに円堂にだけ伝えたあの話のせいだろう。

ドイツ留学の話。
俺がサッカーを止めてドイツへ行くといったあの時、目の前の円堂の瞳は、悲しそうに震えていたから。

ガタン


「次は別ヶ岬〜別ヶ岬〜」


大きく電車が揺れて、電車の独特の声が次の行き先を告げる。
隣の円堂は何も言わずに立ち上がるので、俺もそれに続いて静かに立ち上がった。


電車が去り、目の前に広がるのは、白い砂。真っ青な海。


「行こうぜ」


そう小さく呟いて、やんわりとおれの手を取る円堂。
手を引かれて、円堂にされるがままについて行く。
何も言わずに、きゅっと力をこめて握り返せば、ぴくりと震える円堂の肩。
さくさくと、白い砂を汚れたスニーカーで踏みしめながら浜辺を歩く。

「きれいだな…」

ザンッと寄せては引いていく波の音。
キラキラと輝く水平線を眺めて呟く円堂。
さくさくと砂を踏みしめていた足を止め振り返る。


「行くなよ…豪炎寺…」


そう言って俺を見つめる瞳は、苦しそうに揺れていた。


「お前の父ちゃんに反対されたって、お前がドイツへ行くって言ったって、行かせないからな!
俺が今日、お前を攫ったんだからな!駆け落ちしたんだからな…!だから…」


円堂の必死の叫びは尻すぼみになって消えていく。


「お前の居ないチームで世界へ行ったって、意味ないじゃないか…」


ゆあんと瞳が揺らいで、その瞳を俺に見せないように俯く。


「行かないで…豪炎寺…」


そう弱弱しく呟いた言葉は、ついに流れ出してしまった涙と、静かにさざめく波の音で消えてしまった。
俯いた円堂の頬から涙が零れて、砂浜に落ちてシミを作る。
肩を震わせて、声を押し殺して涙を流す円堂の頬をそっと包む。
くいっと持ち上げた顔は真っ赤で、眼には溢れそうなほどに涙を溜めている。
あまりに愛しいその姿に思わず顔が緩む。


「なんて顔してるんだよ」


そう呟いて、ぐいっと円堂の涙を拭う。


「だって…」


小さく不満の声を漏らす円堂。
俺の為に泣いてくれる目の前の円堂が愛しくて堪らない。
できることなら、ずっとお前の隣でサッカーをしていたい。
お前のことを、この手で世界へ連れて行ってやりたい。

だけど…


「円堂…」


低く囁いた声に、びくりと円堂が震える。
不安そうな眼に心が痛むけれど、俺は伝えなくては…


「攫ってくれてありがとう。だけど…俺はお前と一緒には行けない」


みるみる零れそうになる涙を拭ってやりながら、真っ直ぐに円堂を見つめる。
潤んだ瞳から眼を逸らさないように。
この眼をずっと忘れないように。


「俺が立派な医者になったら、今度は俺が真っ先にお前を攫いに行くから」


だから


「お前はずっとサッカーしてろよな」


優しく囁くように言えば、目の前の円堂の涙は、止まる所か勢いを増して流れ始めてしまった。
綺麗な雫がいくつも俺の手の上をすべる。
両手を頬から離して背中へ回す。
ぽすっと円堂が俺の胸に身体を預け、二本の腕は、俺のジャージを縋る様に握る。

絶対に立派な医者になって帰ってくる。
こいつの隣で、同じ場所でサッカーが出来ないのは、言葉にならないくらい悔しいけれど。
覚悟は決めた。
俺はもう迷わない。

腕の中で震えるこいつをしっかりと守れるように、大人になって帰ってくる。
だから円堂、お前は俺が何処に居てもお前を見つけられるようにずっとサッカーを続けてくれ。
お前がサッカーをしてくれていれば必ずまた会うことが出来る。
最初に出会ったあの時のように。

波の音だけが響く砂浜。
震える背中を撫でながら俺は、腕の中の温もりを閉じ込めるように腕に力をこめた。






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80話でぶわわ…!となって衝動書き。
本編では、炎寺ドイツ留学発覚後、悩む間もなく練習→試合という感じだったので、私の脳内補完全開な話です。
円堂さんは絶対こんな事言わないよね…
しかし、豪炎寺さんの心を揺るがすのはいつだって円堂さんであって欲しいのです。
ちなみに、別ヶ岬というのは管理人が思いつきでつけた名前ですので、実際の地名やらなんやらとは全く関係ありません。





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