「豪炎寺!サッカーの試合見に行こうぜ!」
「…は?」




ハピネス




穏やかな空気漂う春休み。
絶好のサッカー日和だが、残念ながら部活はない。
グラウンドは、陸上部が断固として譲ってくれず、河川敷は、稲妻KFCが練習試合で使うとのことで、どうにもこうにも場所がなかったのだ。

午前8時48分
俺、豪炎寺修也は、寝起きでぼんやりする頭を掻きながら、むくりと布団から起き上がった。
カーテンを開ければ、春の暖かな日差しが差し込んでくる。
寝起きの目にその光は眩しく、俺は目を細めて窓に背を向けた。

トントンと音を立てて階段を降りる。
誰も居ないダイニングのテーブルを見れば、整った字でメモが置いてある。


「修也へ おはよう。今日も遅くなるかもしれないわ。ごめんね。お夕飯は適当に何か作って食べて下さい。朝は、サンドイッチ作っておいたから食べてね。 母より」


手に取ったメモからテーブルに視線を移せば、ボリューム満点のサンドイッチがラップをきせて置いてある。
その中から、卵サンドを手にとって口に運びながら、もう一度メモに目をやる。


(なるかも…か…こりゃ一晩中帰ってこないな…)


もごもごと口を動かす。
なるかも、と言われて早く帰ってきたことなど一度もないのだ。
もうすっかり慣れてしまったが、最初は淋しい思いもしたものだ。

メモを置いて、卵サンドを飲み下す。
昼飯何食おう…とぼんやり考えながら洗面所に向った。

顔を洗ってダイニングに戻ってくると、テーブルに置きっぱなしにしていた携帯がチカチカと光っている。

誰かからメールか?

そう思って二つ折りの携帯を広げる。
そのディスプレイに新着メールのお知らせはなく、代わりに着信ありのお知らせがあった。
デスクトップの電話のアイコンを押す。


「円堂…?」


着信の相手は円堂守だった。
そのまま、発信のボタンを押す。


「もしもし」


何度目かのコールの後、明るい声が響く。


「もしもし?」


「あ!豪炎寺おはよう!寝てた?」


「いや…顔を洗っていて出られなかった。すまない」


「そうなんだ!良かった!」


元気な円堂の声。
受話器越しでもにこにこと笑っているのが分かる。


「今日はどうした?」


「ああ!そうだそうだ。豪炎寺今日暇?」


「ああ…暇だな…」


円堂が、そんな事を聞いてくるので、特に何も予定のなかった俺は、なんのけなしにそう答える。


「じゃあさ、一緒に稲妻KFCの練習試合、見に行こうぜ!」


「…は?」


嬉しそうにそう言う円堂に、最初理解できなかった俺は、思わず声を漏らした。





突然の電話の後、練習試合の開始が10時からだと聞いて、慌てて準備した。
俺の家から河川敷まで、30分はかかる。
円堂との電話が終わったのが9時10分だったから…
とりあえず、そこいらにあったジーンズと、赤基調のチェック柄のシャツを着る。
財布と、携帯だけは忘れるものかと、ジーンズのポケットにねじ込んで慌てて家を飛び出した。




「豪炎寺ー!」


河川敷の土手に腰掛けて、こちらに手を振る円堂。
白いティーシャツに、ショートパンツ。春色のレギンス。
ビビットカラーのスニーカーは笑う円堂にとてもよく似合っていた。

俺は全力疾走して上がった息を整えつつ、円堂の隣に腰掛ける。


「急にごめんな…豪炎寺…」


ぜぇぜぇと息を切らしている俺を申し訳なさそうに見つめる円堂。


「もう少し早く連絡をくれるとありがたかったかな…?」


声も切れ切れそう言うと、


「ほんとごめん!まこから試合の応援に来て欲しいって連絡が来たのが9時前だったんだよ…」


眉をハの字に曲げて苦笑する。
円堂の家からここまでは、わりかし近いから、ねぼすけな円堂の事を考えて、まこはそんな時間に連絡を入れたのだろう。
しかし、9時前といえば、俺に連絡が来たのが9時過ぎだったから…
円堂からしてみれば、超特急で連絡をくれたということになる。


「そうだったか…それなら仕方ないな…」


呼吸を何とか整えて微笑むと、円堂は安心したように微笑み返してくれた。


「今日は、この地域では有名な強豪チームとの試合なんだって!まこが豪炎寺にもぜひ来て欲しいって言ってさ、」


そう言って、嬉しそうに笑ってから、もじもじと下を向く円堂。


「オレも、豪炎寺と一緒に行きたかったから…まこがそう言って電話くれた時、ちょっと嬉しかったんだ」


少し恥ずかしそうに、はにかむ。

突然応援に来て欲しいと言われて、一緒に行きたいと思った人間が、ほかの誰でもない俺であるということに、少なからず喜びを覚える。

ああ…全くこの円堂守という人間は、本当に無自覚に人を喜ばせるのが得意らしい。


「誘ってくれて嬉しいよ…ありがとう」


囁くようにそう言えば、円堂はくすぐったそうに「こちらこそ」と笑った。


「円堂ちゃーん!豪炎寺さーん!」


グランドから大きな声が聞こえる。
見れば、まこを始め、こちらに気付いた稲妻KFCの面々が、両手をいっぱいに広げてこちらに手を振っている。
それを見た円堂は、立ち上がって


「おーう!みんな頑張れよー!」


稲妻KFCの面々に負けないくらい大きく手を振った。

程なくして、試合開始のホイッスルが鳴り響き、試合が始まった。
稲妻KFCといえば、俺たち雷門イレブンも、ことの成り行きで一度試合をしたことがあるが、なかなかの腕前だ。
その稲妻KFCがすんなり点を取らせてもらえない。
相手が強豪というのは本当のようだ。

後半に向かうにつれて、白熱していく試合。
そして、試合の盛り上がりに比例して白熱していく円堂。
きつく拳を握り締めて大声で応援する。
そして誰かのシュートが決まれば、本人よりも大喜びで笑った。
そんな円堂を横目で見つめる俺。
コロコロと変わる円堂の表情。
そんな円堂が愛おしくて堪らない。
俺は、すぐにでも緩みそうになる頬を食い止めるのに必死だった。

試合は、稲妻KFCまこ選手が決めたシュートで大逆転勝利を飾った。





「なぁに?円堂ちゃん眠っちゃったの?」


芝生に横になって、気持ち良さそうに寝息を立てる円堂の顔を覗き込むまこ。
わらわらと俺たちに群がる稲妻KFCと、試合の相手チーム。
試合が終わって、お昼休憩の内に円堂に会いに来たまこたちだったが、生憎円堂はこんな感じだ。


「疲れたみたいだな。弁当食ったら寝ちまったんだよ。」


風で顔にかかった髪を払ってやりながら言う。


「そりゃあ疲れるよ。誰よりも元気だったもん。このお姉ちゃん」


呆れたように呟く相手チームの少年。


「でも嬉しかったね。ぼくたちがシュート決めても喜んでくれて…」


一人の少年がぽつりと呟くと、うんうんと一斉に頷く相手チームの面々。


こういう奴だよな円堂・・・
敵味方関係なくサッカーそのものが好きで、そんな円堂をみんな好きになる。
全くもって心配な話だ…


「円堂ちゃん、寝ちゃってるんだったらいいわ。起こしたらかわいそうだし」


まこが、すやすやと眠る円堂を呆れたように覗きこんで、溜息を吐く。


「豪炎寺さん、円堂ちゃんが起きたら、世界大会のお話聞かせてくれるよう言っておいてね!」


そう言って、小指を立てる。


「ああ…伝えるよ」


俺は、ほほ笑んで立てられた小指に自分の指を絡ませる。


ゆびきりゲンマン!


そう言って嬉しそうに笑ったまこは、元気いっぱいに土手をかけて、グランドに向かって走って行った。


賑やかな河川敷に風が吹く。
穏やかで温かな時間。
今日、円堂が電話をくれなかったら…
俺はきっと家で、自主連したり、DVDを見てゴロゴロして、憂鬱な時間を過ごしていたに違いない。

ごろりと寝がえりを打つ円堂。
そんな円堂を見てくすりと笑う。

お前が居れば、ただそれだけでいつもの日常に色がつくんだ。


(ああ…俺って幸せもん…)


眠る円堂の顔を見ながら、しみじみとそんな事を思った。






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1万hit&いつも拍手ありがとう&小説完結のお祝いありがとうございます!企画(長)
で頂きました、ノンケシリーズ豪円で幸せな二人です。
幸せってなんだろうな…と悶々と考えた結果、好きな人とのんびりできたら幸せかしら…
と、安易な考えに至りまして…
円堂さんが笑っている幸せを噛みしめている豪炎寺さんという、何ともアバウトなものに…汗
豪円の二人には、小さな幸せを噛みしめて生きる豊かな心が備わっていると思います!!

リクエスト下さった夜叉様、本当に本当にありがとうございました!!
お礼にもならないかもしれませんが、小説よかったら受け取ってやって下さいませ!!!!




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