Please do not part





「キャプテーン!染岡くーん!豪炎寺くーん!」



成田空港。
人々の喧騒でざわめくそこに、ぼんやりとした、けれども良く通る声が響く。
オレ、染岡竜吾と円堂守、豪炎寺修也はうだうだとしていた雑談を止め、声の聞こえた方に顔をやる。
途端、緩む円堂の顔。


「吹雪!!」


そう嬉しそうに叫んで駆け出す円堂。
その視線の先には、小柄で雪のように澄んだ髪の色をした少年が同じように円堂に向って駆け出していた。


「吹雪!久しぶりだなぁー!」


「ほんとだね。1年ぶりくらいかなぁ〜?」


歓喜余ってお互いに飛びついて喜び合う円堂と吹雪。
そんな二人を遠巻きに見ながら、やれやれという様に肩を竦ませれば、隣で同じように苦笑いをする豪炎寺。
目を合わせて、お互いに困ったようにため息を吐いた後、今だ嬉しそうに再会を喜び合っている二人の元に歩みよった。


「おら!お前ら通行人の邪魔になってるだろうが」


「染岡くん!」


ぺしっと軽く頭をはたく。
頭をはたかれてようやく俺が側に来たことが分かったのか、俺の顔を見上げて嬉しそうに笑う吹雪。


「会いたかったよ」


そう言って、きゅうっと俺の服の裾を引っ張る。
その仕草が、何だか尻尾を振って主人の帰りを喜ぶ子犬みたいで、そんな事を、
仮にも熊殺しの異名を持つこの男に対して思ってしまう自分が無性に恥ずかしくなる。
その恥ずかしさをごまかす様に、ぐしゃぐしゃと乱暴に吹雪の頭を撫でた。


「久しぶりだな。元気にしてたか?」


そう言ってぐりぐりと吹雪の髪をかき回す。
吹雪は俺の乱暴な振る舞いに、嫌がるそぶりも見せずに、ただ気持ち良さそうに笑っている。


「元気だったよ。染岡くんに会えなくて少し寂しかったけど…」


俺が頭を撫でる手を離すと、そんな事を言って俺を見上げる。
カァと熱くなる俺の顔。
全くもってこの吹雪士郎という男は、こういう言葉を恥ずかし気もなく言ってのける。
感情を口に出すことが苦手な俺にしてみたら、こいつのこういうストレートな所は、ただ恥ずかしいことこの上ない。


「恥ずかしい奴…」


赤い顔を吹雪に見られないよう、ぶっきらぼうに吐き捨てて、そっぽを向く。
吹雪は、そんな俺を見上げたまま、くすりと穏やかに微笑んで


「ごめんね」


と呟いた。


「おーい!」


よく通る声が、耳に入る。
この声は良く知っている。円堂だ。
聞きなれたその声の聞こえた方に目をやると、円堂が大きく手を振っている。
さっきまですぐ側にいたのに、いつの間にあんな所まで行ったのか、円堂は随分離れた所、空港の入口付近に居た。


「置いていくぞ!」


慌てて掛けてきた俺たちに向って、開口一番そう言う円堂。
その顔は、楽しげに笑っていて、早く遠足に行きたくてうずうずしている小学生の様だ。


「ごめんごめんキャプテン。豪炎寺くんも待たせちゃってごめんね。」


吹雪が困ったように笑う。


「いや…いい…」


笑いかける吹雪に、それだけ言って微笑む豪炎寺。
どこか穏やかなその笑顔に、吹雪も安心したのかにこりと笑う。


「じゃあさ!早速行こうぜ!」


吹雪と豪炎寺の一連の会話が終わって、待ってました!と言わんばかりに円堂が声を上げる。
嬉しそうに吹雪の手を取って駆け出す円堂。


「慌てて転ぶんじゃないぞ」


円堂の背中を、呆れたように追いかけながら微笑む豪炎寺。


「だぁーいじょうぶだよ!な!吹雪!」


「うん」


豪炎寺の忠告を受けて、なんでもないと笑う円堂と吹雪。


「いいから!お前らちゃんと前見て走れ!通行人にぶつかったら迷惑だろが!」


俺が笑う二人にどなる。
途端、わざとらしく肩を竦めて見せる円堂と吹雪。


「ひゃー染岡こっえーの!」


「染岡くんそれでさえ顔恐いんだからそんな怒鳴ったら余計恐がられちゃうよ?」


そう言って、茶化す様に笑うもんだから


「うっせー吹雪!お前は一言余計なんだよ!」


思わず声を荒げてしまう。
隣ではクスクスと声を殺して笑う豪炎寺。
駅に向って駆けながら、今日これから4人で遊びに行くことを考えて、若干の不安が募る俺だった。








「すっげぇ人だな…!」


「想像以上だね〜」


「日曜だし、これくらい普通だと思うぞ」


「…帰りたい…」


空港から駅に行き、2駅電車に乗った所で電車を降りた。
そこからシャトルバスに乗って揺られること5分。
俺たちは今、とある有名な遊園地に来ていた。

入口の所から既に入場券を買うお客さんでごった返している。
その人だかりを眺めながら俺はげっそりとため息を吐いた。
もともと、人が多い所は苦手だ。
だが、横の3人…特に円堂と吹雪は、目の前の人だかりなど、目に入っていなようなはしゃっぎぷりだ。


「最初にさ、あれ乗ろうぜ!」


「そうだね。あ、僕あれも乗りたいなー」


などと、きゃっきゃしながらぴょんぴょんと跳びはねている。
そんな二人を横目に見つつ、隣に居る豪炎寺にこっそり話しかける。


「お前は大丈夫なのかよ?」


こそこそと俺が囁けば、目をぱちくりとさせる豪炎寺。
その表情は「何のことだ?」とでも言いたげだ。


「だから、ここで遊ぶの、大丈夫なのかって聞いてんだよ。お前も人ごみ好きじゃないだろうが」


俺が言葉も荒々しくそういえば、


「ああなんだそうな事か」


と心外だったとでもいう様な豪炎寺。
そして、ゆっくりと視線を円堂の方にやる。


「いいよ俺は。どこでも。円堂が楽しそうなら」


幸せそうに笑いながらキッパリとそういった。
俺は、体中から力がすっかり抜けてしまった。

そうだった…豪炎寺はこういう奴なんだ…

この豪炎寺という男は、中学サッカー界では伝説のストライカーと呼ばれていて、その気迫たるや、試合では敵無し。
並みの相手ならその目を見ただけで竦み上がってしまうほどだ。
その気迫はもちろん、私生活でも大いに放たれているので、そこいらのガラの悪い奴らも豪炎寺には近寄らない。
だけれどもこの男、妹と、女子供と、円堂にはとことん甘いのだ。
忘れていた自分を呪う。

がっくりと項垂れたまま、豪炎寺を見上げる。
その眼には楽しそうに笑っている円堂が写っている。


(幸せそうな顔しちゃってまぁ…)


見ているこっちが恥ずかしくなりそうな豪炎寺の横顔。
その表情からは、本当に円堂のことが大切なのだと、そういう気持ちが溢れている。

百戦錬磨のエースストライカーが並々ならぬ思いを寄せるキャプテンの方を盗み見る。
豪炎寺がこんなに穏やかな顔で微笑んでいることなど、微塵も気付いていないんだろう。
円堂がきゃっきゃと嬉しそうに笑っている。
その隣には、同じく楽しそうに笑う吹雪の姿が。
あんな風に、心から楽しそうに笑っている吹雪の姿…久しぶりに見た気がする。
項垂れた頭を起こして吹雪を見つめる。
笑う吹雪の瞳には、笑いすぎてうっすら涙すら浮かんでいる。


(まぁいいか…吹雪が楽しそうなら…)


吹雪の笑顔は、俺に苦手な人ごみで1日遊んで過ごすことを、別にいいかと思わせるほどの威力が確かにあった。


豪炎寺のこと言えないな。


笑う吹雪を見つめながら苦笑する。

俺も、女子供と吹雪士郎にはなんだかんだ甘いのだから。








「染岡はいいよな…顔が恐いから」


「…は?」


入場券と、1日フリーパスを買って、さぁ遊ぼう!と、人ごみを掻き分けつつ、お目当てのアトラクションに向う俺たち。
先を歩く円堂と吹雪の背中を見ながら進む俺に、隣を歩く豪炎寺がやぶからぼうにそんな事を言い出した。


「豪炎寺…ケンカ売ってんのか?」


いきなり顔が恐いと言われて、訳が分からない。
俺が顔をしかめて豪炎寺を見ると、豪炎寺は真っ直ぐに円堂の背中を見つめながら口を開く。


「お前は、宇宙人と戦った後もガラの悪い連中に絡まれたりしなかっただろう?」


そう言って呟く豪炎寺の顔は無表情で、何を思っているのか読み取れない。


「あ?ああ…そうだな…そんなことは無かったな…」


宇宙人と戦った後からこっち、ガラの悪い奴らに絡まれたなんて記憶は無い。


「俺も無い。けどな、あいつは…円堂は何度もある。」


ぼんやり今までの生活を振り返っていると、豪炎寺がそんな事を言う。
びっくりして豪炎寺の横顔を見る。


「宇宙人との戦いで、エイリア計画の事を良く知らない連中は、逆恨みをする奴もいる」


あいつらの狙いは雷門だったんだ。お前らさえ居なければ、こんな風に町が破壊されることも無かった…とかな…

そう淡々と告げる豪炎寺。


「あいつは…誰に対してもああだから…そうやって絡んでくる奴らすら全部真っ向から受け止めるんだ…」


真っ直ぐ前を見つめる豪炎寺の眼には楽しそうに笑っている円堂が写っている。


「俺が側にいる時はいい…助けてやれる…だけど…」


そう言って、ここにきて初めて豪炎寺の眉間が悔しそうに歪められた。


「少しだけ…少しだけ心配なんだ…あいつはさ…」


いつだって無茶ばっかりだから…

最後の方は、本当に小さな声で聞き取りづらかった。

その気持ちは俺にも分かる。
円堂は、誰に対しても気さくで親切だ。
豪炎寺の言うとおり、よく事情を知らない人たちが八つ当たりでひどいことを言ったとしても、円堂は何も言わずに謝るのだろう。
そして何も無かったように笑うんだろう。
それが円堂守と人間だ。
だけど、それは側にいる仲間としては、頼りになるのと同時に、ひどく寂しいもので…


「本当は、今日ここにも来たくなかったんだろう?」


俺がそう言えば、豪炎寺は何も言わずに前をただただ見つめている。


「ここは…人が多いからな…」


少しの間の後、それだけぽつりと呟く。

人が多いということ…それは、雷門中にいい思いを抱いていない連中が居る可能性が高いということ。


(少し過保護すぎやしないか?)


誰かからいちゃもん付けられやしないかと、ここに来るのが嫌だった豪炎寺。
きっと、円堂の楽しそうな顔を見たら、行きたくないなんて言えなかったのだろう。
そんな豪炎寺対してそんな思いが浮かぶ。
視線を豪炎寺から前を歩いている二人へ移せば、わきあいあいと楽しそうにしている円堂と、吹雪。


(でも…過保護にもなるか…)


楽しそうに笑う吹雪。
俺だって、吹雪がもしそんな目に遭っていたら、気が気でならないのだろう。
ああみえて吹雪は芯が強い上に、そういった理不尽ないちゃもんを上手く交わす方法も知っているから、心配ないんだろうけども…


(やっぱり傷付いてる所はみたくねぇもんな…)


過剰に心配になったりするのは、その人のことが本当に大切だからだ。
ガラにも無く、そんな思いが頭をよぎる。
そんな事を考えてしまう自分が少し恥ずかしくなって、考えを逸らすように隣の豪炎寺の背中をバシリと力強く叩く。

突然の背中への衝撃に、少しむせた後、こちらを睨む豪炎寺。
その不機嫌そうな眼差しを受けつつ俺は笑う。


「ならさ、今日はあいつらがずっと笑っていられるように、俺らがちゃんと面倒見てやろうぜ!」


俺が「な!」と言って、もう一度豪炎寺の背を叩く。


「ああ…」


目の前の豪炎寺は、一言それだけ答えると、当たり前だというように余裕たっぷりに微笑んだ。
お互いににやりと笑って、気持ちも新たに、目の前の円堂と吹雪に視線をやる

が…


「あれ!?」


「しまった…」


今まで確かにそこに居た、俺たちの大事な大事なキャプテンと熊殺しの少年はこつ然と姿を消していた。






「あれ?豪炎寺と染岡は?」


お目当てのアトラクションに到着し、さぁ順番待ちの列に並ぼうかという所で、キャプテンが声を上げた。
その声に、僕も慌てて自分の後ろを振り返る。
見れば、今まで僕たちの後ろに居た筈の二人の姿が見当たらなかった。


「はぐれたのかな…?」


僕が心配そうにそう言えば、ううーんと腕を組んで唸るキャプテン。


「これだけの人だもんな…途中でオレ達のこと見失しなっちゃたのかも…」


きょろきょろとあたりを見渡すキャプテン。
色々な意味で目立つ二人だから、これだけ見渡しても見つからないのなら、きっと近くには居ないのだろう。
キャプテンの言う通り、道中この人だかりに阻まれて、途中で僕たちを見失ってしまったに違いない。


「どうしよう?二人が来るまで待ってようか?」


僕が隣で背伸びをして二人を探しているキャプテンにそう言えば、キャプテンは、もう一度ううーんと唸って


「待ってるのも性に会わないし、途中まで迎えに行こうぜ!」


そう言ってにこりと笑った。
こういう時は、あまり動き回らない方がいいのだけれど、迎えに行こうという発想が、いかにもキャプテンらしくて可笑しい。
そんなキャプテンの提案に、僕もなんだか楽しい気持ちになって


「そうだね。もと来た道を戻ってみようか」


なんて言って笑う。
僕が賛成したのが嬉しかったのだろう。
キャプテンは楽しそうに笑って


「よっしゃ!じゃあ行こうぜ」


僕の手を取って駆け出した。


「わっ!」


「ってーな…」


勢いよく駆け出したキャプテンが、どんっ!と、何かにぶつかった様な音をさせて立ち止まる。
人にでもぶつかったのだろうかと、様子を伺えば、案の定キャプテンの目の前には、男の人が3人、こちらを睨んで立っていた。


「すみません!」


すぐさま謝るキャプテン。
僕も一緒に頭を下げる。


「いや…別にいいよ…」


キャプテンがぶつかった相手が、そう言ってくれる。
許してくれて良かったと、ほっと胸を撫で下ろして頭を上げるキャプテンと僕。
すると、ぶつかった相手の後ろに居た男の人の一人が、キャプテンの顔をじろじろと見ている。
なんだろうこの人…人の顔をじろじろ見るなんて、ちょっと失礼なんじゃないだろうか…
そんな事を思って、少し怪訝な顔をしていると


「こいつ、雷門中のキャプテンじゃねぇ?」


じろじろとキャプテンの顔を見ていた男の人が、ぽつりとそんな事を言う。
これは…まずい…!
慌ててキャプテンの方を見る。
キャプテンはきょとんとして男の人を見つめている。
ダメだこの人達は。直感がそう告げる。
僕には分かるんだ。
何かと女の子に気に入られる僕は、理不尽にいちゃもんを付けられることが良くある。
だから、自分にとって危険な人か、そうでない人か、何となく分かる。
この人達は…危ない!


違います。誰ですか?その人。


僕は、そう言ってこの場をやり過ごそうとした。
だけど…


「はい。そうですけど」


ああ…やってしまった…

誰にも分からないように心の中で肩を落とす。
この素直なことが取り得のキャプテンは、僕がごまかす前に本当の事を言ってしまった。
恐る恐る目の前の男の人達を見上げる。
案の定、男の人達は、僕たちに対する嫌悪感を隠しもしないで睨んできた。


「よくこんな所にのこのこ出てこられたな!」


「お前らのせいで俺らがどんな思いをしたと思ってるんだ」


「お前らさえいなければ、俺たちの町は壊されずにすんだのに!」


すごい剣幕で怒鳴られる。
僕も雷門中の一員だったのに、やはりメディアではキャプテンの露出が高かったのだろう。
その矛先は、ほぼ全てキャプテンに向いている。
詳しい事情を知らないこの人達は好き勝手な事を言ってくる。
僕だって、自分の町が壊されたら悔しい。この人達の気持ちが分からないわけじゃない。
だけど…

ずいっとキャプテンと男の人の間に立ちはだかる。


「吹雪…」


僕の背中からは、弱弱しいキャプテンの声が聞こえる。


「なんだよ!お前!」


「お前に話してるんじゃないんだよ!」


「部外者はひっこんでな!」


急に割って入ってきた僕に、腹を立てたのか、怒鳴り散らす男の人たち。
普通の人なら恐くて竦んでしまうかもしれないけれど…僕は平気だ。
僕が本当に苦しい時に側に居てくれた、励ましてくれた雷門の皆。
そんな皆を悪く言う人達に、キャプテンも皆も傷つけさせやしないから…!


「止めてもらえますか?本当に悪いのは僕たちじゃないのに、
自分たちより年下の子供に八つ当たりなんて…かっこわるいですよ?」


目の前の男の人をきっと睨む。
男の人達は、僕の言った事がよほど気に障ったのか、顔を真っ赤にしてぶるぶる震えている。


「この野郎言わせておけば…!!」


「吹雪…!!」


がっと襟元を掴まれる。
そんなに重くない僕の体は軽々持ち上げられて、怒りで真っ赤に充血した男の人の目が、目の前に見える。


「偉そうに…!なんでお前みたいな奴にそんな事言われなきゃいけないんだよ!!」


僕を片手で軽々支えて、もう片方の手は固く拳を握り締めて勢いよく振り上げられた。
後ろでキャプテンの「やめろ!」と言う叫び声と、周りに居たお客さんの「きゃー!」という叫び声が聞こえて、
殴られるということが分かったけれど、僕はなぜだか全く恐くなくって、ただただ今から来るであろう衝撃に備えて目を瞑った。

どれくらの時間がたったのだろう?
そんなに時間はたっていないはずだ。けれど、緊張して目を瞑っていたから、ずいぶん長い時間がたった気がする。
一向にやってこない衝撃に恐る恐る目を開ける。

目の前の男の人は、逆上していた時の表情とはうって変わって、びっくりしたような、悔しがっているような、そんな顔をしていた。
その目は、もう僕を映していなくて、別の場所を睨んでいる。
男の人が睨んでいる方に視線を移すと


「染…岡くん…?」


「止めてもらえますか?オレのチームメイトに手、出すの」


そこには、ここにいる筈のない人の姿があった。
はぁはぁと肩を上下に揺らせて、今まさに僕の事を殴ろうとしていたはずの、男の人の右手の手首を掴んでいる。


「くそっ…!」


染岡くんに手を握られて、分が悪いと思ったのか、僕を掴んでいた手を緩める男の人。
男の人が僕を離したのを確認すると、染岡くんも男の人を掴んでいた手を離した。


「吹雪…!」


そう言って心配そうに駆けてくるキャプテン。
その隣には、すごい形相で男の人を睨んでいる豪炎寺くんが居る。


「大丈夫か!?」


真っ蒼な顔で僕の顔を覗き込むキャプテン。


「うん。大丈夫だよ。心配かけてごめんね」


キャプテンを心配させないようにふわりと笑う。
僕が笑って少し安心したのか、ほっと胸をなでおろすキャプテン。


「何なんだよお前ら!こいつらのせいで俺たち危ない目に遭ったのに…!なんでそんな奴かばうんだ!」


そう怒鳴る声が背中越しに聞こえる。
振り向けば、さっき僕を捕まえていた人がキャプテンを指差してぶるぶる震えている。


「大事な俺らのキャプテンだからな…かばうさ…」


ぼそりと呟いたのは豪炎寺くんだ。
それはもう鋭い眼光で男の人を睨んでいる。

その眼光に怯みながらも何とか反撃しようとしている男の人たち。


「俺たちのせいってあんたらはいうけどな、俺たちはそれこそ命をかけて戦ってたんだ」


僕の横に寄り添って、今まで黙っていた染岡くんが口を開いた。


「褒められこそすれ、怒鳴られる覚えはないな」


男の人たちが何か言う前にぴしゃりと言い放つ。
もっともな染岡くんの発言に、ぐぅっと何も言えない男の人たち。
それでも引っ込みがつかないのか、まだ反撃しようとする男の人たち。
そんなあきらめの悪い人たちに、呆れたように溜息を吐く染岡くん。


「これ以上…こいつに何かしようってんなら…黙ってないぜ…」


地を這うようなドスの利いた声が響く。
びくりと肩を震わせて声のしたほうを見る一同。
そこには、背中に魔人をしょった豪炎寺くんが、後ろ手にキャプテンを庇いながら、男の人たちを睨みつけていた。
その眼光に射抜かれた男の人達は、蛇に睨まれた蛙のように固まってしまっている。


「くそっ…行こうぜ…お前ら!」


豪炎寺くんに睨まれて、しばらく動けなかった彼らだが、何とか意識を取り戻して、悔しそうに逃げていく。
その背中を、睨みつける染岡くんと豪炎寺くん。
男の人達が遠く見えなくなったのを確認して肩の力を抜いた。
周りで固唾を飲んで見守っていたお客さんたちも、ほっと胸を撫で下ろして、アトラクションの列に帰っていく。
先程の、異様な静けさが解かれ、ざわざわと騒がしいいつもの遊園地に戻っていった。






「全く!お前が襟元掴まれてるのが見えた時はひやひやしたぜ!」


休憩所の木陰のベンチに座り、アイスクリームを頬張る僕たち。
ソフトクリームを食べる僕の隣で、カップアイスを食べていた染岡くんが声を荒げる。


「大体、お前ああいう手合いの連中の扱いなんか慣れてるじゃねぇか。なんで今日に限ってケンカ売ったりしたんだよ」


じとっと僕の顔を睨む染岡くん。
その視線に僕は困ったように眉を下げてほほ笑む。


「吹雪は悪くない!吹雪はオレを助けようとして…!」


僕の隣で、同じくソフトクリームを頬張っていたキャプテンが割って入る。
その口は、急いで頬張っていたソフトクリームでべたべただ。


「そうだけどよ円堂…」


そう言って、困ったようにキャプテンに視線をやる染岡くん。


「まぁいいじゃないか。二人とも無事だったんだ…良しとしようぜ…」


キャプテンの口の周りのクリームを取ってあげながら豪炎寺くんが呟く。
そんな豪炎寺くんの好意に、キャプテンの顔はみるみる赤くなっている。
「ありがとう…」と真っ赤な顔で呟くキャプテンを愛おしそうに見つめる豪炎寺くん。


(いいなぁ…)


二人から視線を染岡くんに移せば、染岡くんは二人を全く見ておらず、
カップアイスのプラスチックのスプーンを口にくわえて、まだぶつぶつ言っている。
染岡くんに、あんな風に甘い対応を求めても無理なことは分かっていたけど…
ちょっと…ほんのちょっとだけど寂しい
僕はソフトクリームをちょびちょびと舐める。


「染岡…あんまり細かいことぶつぶつ言ってると将来禿げるぜ…」


ぼそりと呟く豪炎寺くん。
そのあんまりな発言にさっきまでぶつぶつ言っていた染岡くんは、がばっと上体を起こして、豪炎寺くんを睨む。


「誰がはげだ!!誰が!」


「ま…まぁまぁ染岡くん」


アイスを今にも放り投げて、豪炎寺くんに食ってかかりそうな染岡くんをなんとか宥める。
不機嫌そうなオーラを出しながらも、ベンチに座りなおす染岡くん。
あははと3人で笑って、僕もアイスに口を付ける。

ふと、僕の頭に温かな感触が下りてきた。
見上げれば、染岡くんがいつもの不機嫌そうな顔で僕を見下ろしている。


「まぁ…お前が何ともないなら…それでいいよ…」


ぶっきらぼうにそれだけ言ってそっぽを向いてしまう染岡くん。


(あ…)


いつもと同じ。
照れて、真っ赤な顔でそっぽを向く染岡くん。
だけど、今は一つだけ違うことがあった。


(手…優しい…)


僕の頭に置かれている染岡くんの手。
いつもはぐしゃぐしゃと乱暴に髪をかき回すその手は今、穏やかに僕の頭を撫でてくれている。

甘やかして欲しいなんてとんでもない。
僕は、染岡くんのこういう所が好きなのに。
ぶっきらぼうで乱暴で、でも本当には優しくて…

耳まで真っ赤になっている染岡くんを見上げて、僕はこっそりほほ笑んだ。


「っさぁーて!行くか!!」


僕が穏やかにほほ笑んでいると、隣のキャプテンがそう言ってがばりと立ち上がる。
何事か?とキャプテンの方を見れば、にんまりと笑うキャプテン。


「アトラクション!さっきはあんなことがあったから乗れなかったけど…今の時間なら空いてる筈だし、乗りに行こうぜ!」


そう言って駆け出すキャプテン。
僕は残りのソフトクリームを急いで口に放り込んで後を追う。


「キャプテン!待ってよ!」


「吹雪!早く早く!」


なんとかキャプテンに追いつく。
楽しそうに笑うキャプテンは、僕の手を取って走る速度を上げる。


「円堂!」


「おい!待てよ吹雪!」


後ろで慌てたように駆けだす豪炎寺くんと染岡くん。



僕たちの休日はまだまだ始まったばかりだ。






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1万hit&いつも拍手ありがとう&小説完結のお祝いありがとうございます!企画(長)
で頂きました、豪円、染吹前提でチンピラに襲われるあれです。

リクエスト頂いた時は、あまりに私のツボをつきまくったリクエストで終始漲っていまいました。
本文も趣味全開で楽しく書かせて頂きました!
ありがとうございました!

リクエスト下さった方、本当に本当にありがとうございました!!




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