「お兄ちゃん?どうしたの?今日機嫌悪いみたい…」
「そんな事はない…!!」




honey,honey,sister!




午後、8時28分。
一人で使うには広すぎるベッドの上で、俺、鬼道有人は、携帯電話の画面をこれでもかというほどに睨みつけていた。
ディスプレイに写る電話帳には「音無 春菜」の文字が。
俺はかれこれ15分ほど、この画面を睨みながら、通話ボタンを押すか押さないか、ためらっているのだ。
それというのも、さかのぼるのは今日の放課後・・・


「えーでは、先日の雷門との練習試合での反省会を行う」


帝国学園、ミーティングルーム。
いやにだだっぴろいそこに、我らが帝国学園サッカー部のイレブンは集結していた。
先日、両校選手きっての希望で、雷門中との練習試合が行われた。
その結果、惜しくも1点差で帝国学園は敗退。
今日は、その練習試合の反省会をしようということで、このミーティングルームで集合しているというわけだ。


「まずは、なぜ負けたか、各々気付いた点を述べてくれ。」


俺が、大きなホワイトボードを背に、座っている部員に問いかける。
後ろでは、源田がホワイトボードの一番上端から「なぜ負けたか」と議題をさらさらと書く。


「はい!」


誰よりも先に手を上げたのは成神だ。


「成神」


俺が名前を呼ぶと、はい!と返事をして立ち上がる鳴神。
がたりと椅子が鳴って、真剣な面持ちで立ち上がる。
その何ともいえない気迫に、一体何を気付いたというんだ…と身構える。
そして成神は至極真面目な顔でこう告げる。


「マネージャーが居なかったからだと思います。」


ん?
何?何の話だ?
マネージャー?


「・・・意味が…良く分からないんだが…成神…」


俺が眉間を押えながら、声も切れ切れ必死にそれだけ絞り出すと、成神は、ぐっと拳に力を入れて力説し始めた。


「俺たちのチームにはマネージャーが居ませんよね!?タオルやドリンクを準備してくれる人は居ますけど…申し訳ないですけどおっさんだし…!!
向こうには3人も女子のマネージャーが居るし!しかも全員可愛いじゃないですかっ!!」


興奮気味なのか、成神は一息でそこまで言うと、呼吸を一度整えると、すごい目力でこちらを見つめて言い放った。


「あんな可愛い女子にマネージャーしてもらったらそりゃ士気も上がりますって!!方やこっちはおっさん…そんなんじゃ上がる士気も上がりませんよ!!!」


握り締めた拳を、更に握り締めて震わせながら力説する成神。

…ああ…成神よ…お前ってそんな奴だったっけ?

俺が眉間に手を当てたまま、がっくりと肩を落とす。
何とも呆れた…帝国学園のサッカー部ともあろう者が、マネージャーの有無で勝敗が左右されたなどと…
なんてしょうもないことを言うんだ…


「あのなぁ・・・成神…」


俺が、呆れた気持ちを隠しもせずに成神に文句を言おうとした時


「いや、あるな成神!大いにありえるよ!!」


咲山がその通りだとでも言うように声を上げる。


「そうだよな…あんな可愛い子達に応援されたら…頑張りたくなるよな…」

ぼそりと呟いたのは寺門だ。

「おっさんに応援されてもげんなりするだけですしね。」

お前もか五条。

とたんざわざわと騒がしくなる教室。
なんだ…この状況…
完全にあっけに取られている俺。

「お前らいい加減にしないか!帝国学園サッカー部ともあろう者が!嘆かわしい!」

うるさい教室に大きな声が上がる。
辺見だ。

さすが辺見…!
色恋や異性への興味より、帝国サッカー部の誇りの方が大事だよな!
もうお前だけだ頼れるのは…!!

そう心の中で感激の涙を流す。

「そんな事言って、辺見さん、ハーフタイムの時いつも羨ましそうに向こうのベンチ見てたじゃないですか。」

「ぐぅ…!いや、それは違うぞ!洞面!俺はハーフタイムの時間も向こうの様子をだな…!!」

さらりと言い放つ洞面に、顔を赤くしたり青くしたり、相当焦っていると思われる辺見。
前言撤回だ辺見。

俺が居ない間にここまで落ちたか帝国学園よ…

はぁぁあと大きなため息をつき、教室を見渡すと、


「いい加減にしないか!お前たち!!」


俺は叫んだ。
シンと静まる教室。

俺はもう一度ため息を吐く。


「全く…帝国サッカー部ともあろう者が、女子のマネージャーが居るか居ないかで騒ぐなど…情けないと思わんのか!」


そうぴしゃりと言い放つ。


「でも鬼道さんも試合中、春菜…って切なそうに女の子の名前呼んでましたよね?」


静まり返った教室にぼそりと声が響く。
静かになっていた皆がばっとそちらに顔を向ける。

皆の視線の先には成神が、ぷぅと頬を膨らませている。

…今日は攻めるな成神…


「…それは違う…春菜は俺の妹で、雷門との試合中久しぶりに姿を見て、元気そうでよかったなと…」


もにょもにょと小声で呟く。
帝国学園に帰ってきてから、毎日会えていたはずの春菜に会えなくなった。
最近まで、何年も離れていたのだ。
兄弟の誤解も解けて仲直りした今、会おうと思えばいつでも会えるわけだし、
帝国学園に帰って毎日顔が見えなくてもなんでもないことだと思っていた。
だけど、いざ離れてみると思っていた以上に辛かった。
女々しい話だが、春菜に会えなくて少し寂しいと感じている自分がいた。
だから、この前の練習試合で春菜の顔を見たとき、少し感傷に浸ってしまったのだ。
そこを部員に見られてしまったらしい。
頭の中で、あの時の弱っていた自分を悔やむ。
俺が弱いところを見られてしまった恥ずかしさを悔やんでいたその時


「じゃあ!会いに来てもらえばいいじゃないですか!」


成神が嬉しそうにそう言った。


会いに来てもらう?誰に??


俺が全くもってわからないという顔をしていると、成神はガタリと立ち上がり、嬉しそうに机に手をつき


「マネージャーとして会いに来てもらいましょうよ!音無さんに!
そしたら俺達も士気が上がりますし、鬼道さんも嬉しいし、一石二鳥じゃないですか!!」

片方の手に握りこぶしを作り、嬉しそうに笑う成神。


春菜が…マネージャーのお手伝い…??


「却下だ!!断じて却下!!!」


俺は嫌な汗が背中を伝うのを感じながら、一際大きな声で叫ぶ。

雷門中はいい。
色恋とか、異性のこととか、全くもって興味のないサッカーバカな連中しかいないから…
だが、こんな下心丸出しの連中の中に春菜をたとえ1日だけでも向かえ入れるなど、想像しただけでもぞっとする!!



「なんでですかー!鬼道さーーん!!」


「ケチー!」


さまざまな不満の声が上がるが聞こえないふりだ。
全くの無視を決め込んでいる俺に、この場の喧騒など聞こえていないかとでもいうような穏やかな声がかけられる。


「まぁそう頑なになるなよ鬼道。一日くらいいいじゃないか。みんな母の温もりみたいなものを求めているだけだよ。」


声のかけられた方を振り返れば、にこにこと穏やかに笑う源田の顔。

な?

と小首を傾げられる。
そんな源田に俺はうっと言葉に詰まる。
源田は、帝国イレブンの中でも、皆にとくに信頼されている。
それは俺も例外ではなく、源田にこうだといわれると、俺も反抗できないのだ。

うんうん唸っている俺を固唾をのんで見守る部員たち。

そんな部員の期待に満ちた目を裏切るのは、キャプテンとしても心苦しくて…


「わかった…今週末の練習にマネージャーとして来てもらおう」


はぁーっと大きなため息を吐きつつそういえば、わぁあああ!と盛り上がる教室。
がっくりと力が抜けたように項垂れる俺の後ろで、満足気に頷く源田。
力が抜けたまま俺は、今晩春菜にどう言って説明しよう…そういえば、電話するのも久しぶりかもしれない…
そんなことを悶々と考えていた。



そして、今、鬼道家、俺の部屋。

今日の部員とのやり取りを思い出し、もう一度大きなため息をついた俺は、意を決して通話ボタンを押した。
















「音無春菜です!今日はよろしくお願いします!」



「「「「「「よろしくお願いしまーす!」」」」」」


ずらりと整列する帝国サッカー部を前に、にこりと花が咲いた様に微笑む春菜。
げんきんに頬を緩ませて挨拶をする帝国イレブン。
その腑抜けた笑顔の部員達を春菜の隣で睨む俺。
春菜に何かしたら…どうなるかわかっているな?
擦れていた頃の様な眼で睨みつけるが、蕩けた帝国イレブンの前では全くの無意味な様だ。
皆、俺の視線なんか目に入っていないようで、嬉しそうに春菜を見つめている。


「今日一日、帝国のマネージャーをしてくれる音無春菜だ。くれぐれも失礼のないように・・・」


俺がいつもより1オクターブ低い声で言えば、はーい!といつもよりも元気な声が帰ってくる。
全く・・・本当にげんきんな奴らだ。


「さて、じゃあ練習を始める。まずはアップからだな。グランド5週!」


「はい!」


俺がそう号令をかければ、先ほどの蕩けた笑顔をひっこめて、イレブンはアップを始める。
流石に、練習とそうでない時とのけじめはきちんとついているらしい。

うんうん。と俺が満足気にうなずいていると、マントの裾をくいくいと引っ張られる。
引っ張られるままにそちらを向けば、春菜が透き通った眼でこちらを見上げる。


「私は何をすればいいかしら?」


ふわりと眼をほそめて笑う可愛い妹。
そんな春菜の頭をぽんぽんと撫でて、


「そうだな・・・とりあえず、タオルとドリンクを用意してやってくれないか?」


そうお願いすると、春菜は目をぱちくりとさせて、


「それだけでいいの?」


と小首をかしげる。
そんな妹の様子に、いじわるそうに笑って


「他には、雷門中でやってくれている仕事をそのままやってくれればいい。あ、選手のデータを取る仕事だけはしないでくれよ?」


そういってやれば、頭はんこ下の妹は、頬をぷぅと膨らませて


「もう!そんな事しないわよ!」


とすねた様に俺の腕を小突いた。
そんな春菜を微笑ましく思って見つめる。
そんな俺を、春菜も幸せそうに見つめ返してくれた。
俺は、そんな春菜の頭をもう一度ぽんぽんと撫でて、グランドに向かって駆け出した。





「皆さん!そろそろ休憩にしましょうー!」


グランドの端のベンチから、元気いっぱいに叫ぶ春菜。
その春菜の手にはストップウォッチが握られていて、もう休憩の時間がきたことを示している。

俺達イレブンが、ベンチのほうに駆けよれば、


「お疲れ様です!」


にこにこと太陽の様に笑いながらタオルと飲み物を手渡す春菜。
その笑顔に、ある者はつられて笑いながら、ある者は恥ずかしそうに顔を赤くして、それぞれタオルと飲み物を受け取る。


「はい。どうぞ!」


俺は、最後に春菜からタオルとドリンクを受け取る。
明るい笑顔が眩しい。
その笑顔につい頬が緩む。


「ありがとう。すまないな。」


思わず上がりそうな頬の筋肉を必死に押えてお礼をいう。
春菜はそんな俺を見上げて、「どういたしまして!」と嬉しそうに笑った。
そんな春菜から視線を戻し、時計を見れば、もうお昼時だ。


「もういい時間だし、昼休憩にしよう。」


「はい!」


俺がドリンク片手にそう言えば、各々ドリンクを飲んだり、ストレッチをしていた部員達が、嬉しそうに笑う。
そして、どやどやと荷物置き場に移動する。
その部員たちの後姿を見送りながら、隣でニコニコと笑う春菜を見る。


春菜もお昼ご飯にしてくれよ?


そう言おうとした時、


「鬼道!監督が呼んでいるぞー!」


お昼を取りに校舎へ行っていた源田の声が聞こえた。
声のする方を見れば、校舎の入口で監督と二人、並んで手を振っている。


「すぐに行く!」


そう叫んで、隣の春菜にさっと目配せをして、「春菜も休憩しろよ?」それだけ呟いて、校舎にかけだす。
春菜は、そんな俺の後ろ背に


「ありがとう。大丈夫よ!」


そう元気な声で言った。


監督の話は来週に控えた練習試合の事だった。
もうお昼だろうと気を使ってくれた監督の話しは思った以上に早く終わった。
監督に一礼して、グランドに向かって駆け出す。
グラウンドに戻る途中、不意に部員の輪の中に腰掛けている春菜が見える。
何やら部員たちと話をしているようだ。
あいつら…何か余計なことを春菜に吹き込んでいるんじゃないだろうな?
たとえば、前の練習試合で俺が春菜の名前を呼んでいたこととか…
皆に限ってそんな事はないと思うが、春菜の事になると妙に気持ちが焦ってしまう俺は、足早にグランドに脚を進める。
ふと、今まで楽しそうに笑っていた春菜の表情が変わる。
今までどおり楽しそうなのだが、はにかんだ様な、幸せそうな、優しい笑みを浮かべる。
その微笑に俺は歩みを止めてしまった。

いつの間に…
いつの間にそんなにきれいに笑うようになった?
見た事もないような春菜の笑顔に、俺はその場で無意識に拳を握りしめた。
固まってしまった足は、その場に縛りついてしまったみたいに動けない。

拳を固く握ったまま、その場で固まっていると、


「鬼道?どうした?皆の所に行かないのか?」


ぽんと肩を叩かれる。
はっとして、肩を叩かれたほうを見ると、源田が不思議そうにこちらを覗きこんでいる。
なぜ源田が…
そういえば、さっき昇降口で別れた後、教室に教科書を取りに行ってくると、校舎の中に入って行ったのだったな…
今…戻ってきたのか…


「鬼道?」


源田を見つめたまま何も言わない俺を目をまん丸にした源田が見つめる。
俺は、もう一度はっと意識を呼び戻して、


「すまない…なんでもない…皆の所へ戻ろう」


そう言って力なく笑った。




「お帰りなさいお兄ちゃん、源田さん。」


皆の所に帰ってきた俺達を笑顔で迎えてくれる春菜。


「タオル預かりますね!お茶、あっちに用意してありますから。」


俺と源田からタオルを受け取ると、部員たちの輪に手を向ける春菜。
その手のさす先には、冷えて美味しそうな汗をかいている麦茶が二人分置いてあった。


「疲れたでしょ?ゆっくり休んでくださいね」


そう言って、にこりと笑うと、部員達から預かったタオルの入っているかごを持って、
洗濯機のある方に駆けだす。


「音無さん!お昼は?」


そんな春菜の後ろ姿に源田が慌てたように声をかける。


「大丈夫です!先にお洗濯、終わらせちゃいますね!」


そう言って元気いっぱいに笑って駆け出す春菜。


「いい子だな…鬼道。」


ほぅと感心したように溜息をついた源田が俺の方を見る。
そんな源田に視線を合わせず、俺は走りさる春菜の背中をただただ見つめていた。




「そういえば、春菜さん遅いなぁ…」



昼食の最中、ぼそりと部員の誰かが呟く。
今までわいわいと春菜がかわいいだとか、いい子だとか大いに盛り上がっていた部員たちが一瞬静かになる。


「洗濯しに行くって行ってたけど、それにしては遅いよな…」


佐久間が春菜が用意してくれたお茶に口を付けながらぼんやりと呟く。
おかわりおかわりと、佐久間が手を伸ばした先には、お茶がぬるくならないように、氷水につけられた大きなヤカンが置いてある。
その隣には色々な種類の飴が小さなバスケットに詰められている。
練習で疲れた部員たちへの心遣いだろう。
出来た妹の気配りに、また俺の心は何とも言えない気持ちになる。

俺が俯いて弁当をつついていると、


「そういえば音無さん、洗濯の後午後練で使うカートを取りに行ってくるとか言ってましたよ…」


もぐもぐと弁当を頬張りながら、洞面が呟く。
ばっとそちらを向くイレブン。


「なんで知ってるんだ洞面!?」


「お前、恥ずかしがってまともに春菜さんの顔も見れなかったくせに…!!」


「俺がタオルを渡しに行ったら教えてくれたんですよー!遅くなってみんなに心配かけたらいけないからって…!!」


皆に言い寄られて慌てる洞面。

そうか…春菜は体育倉庫に行ったのか…
そうぼんやりと考えた後、箸を置く。


「どうした?鬼道?」


すっと立ち上がった俺に源田が声をかける。


「春菜を手伝ってくる…」


それだけ呟いて俺は踵を返した。

俺が行かなくても春菜は大丈夫だろう。
頭では分かっているのに、俺の脚は歩みを止めない。
モヤモヤと頭の中でよくわからない感情が渦巻く。
そのモヤモヤを抱えたまま、俺は体育倉庫に向かった。




「ええと…カート…これかしら?」

薄暗い体育倉庫の中できょろきょろと辺りを見まわしている春菜。
その姿を見つけた俺は、倉庫の扉に手をつく。
がたりと音が鳴れば、その音に反応して、こちらに振り向く春菜。


「お兄ちゃん、来てくれたの?私一人で大丈夫だったのに…」


ありがとう


そう言って笑う春菜。


「ボールの入ってるカートってこれかしら?」


そう呟いて、倉庫の奥のボールのカートを指差す。


「ね、お兄ちゃ…」


カートを指差したまま嬉しそうに笑う春菜。
そんな春菜の言葉を途中で遮って、俺は春菜をこの腕に抱きしめた。


「お兄ちゃん・・・?」


俺の腕の中で、不思議そうに俺を呼ぶ春菜。
俺は春菜の肩に顔を埋めて、


「お兄ちゃんは心配だ…」


搾り出すようにそう言った。
耳元では、「え?」と春菜の戸惑った声が。


「春菜は、誰にでも優しくて、気立てがいいから…」


ぎゅうっと春菜を閉じ込める腕に力をこめる。

ふわりと花が綻ぶ様に、あんなにきれいに笑うようになっていたなんて知らなかった。
あんな風に自然に人のことが気遣えるようになっていたことも…
雷門中にいたころはまだ子供だと思っていた。
離れていた数年間で成長した妹に、驚かなかったわけではないけれど…
それでもまだ、俺の前で微笑む妹は、まだ幼さを残していたのだ。
それが、俺が帝国に戻って数か月…
たった数か月の間に、妹はこんなにも大人になっていた。
そうやって春菜は俺の知らない所で、どんどん大人の女の人になっていくのだろうか?

胸がモヤモヤする。
世界でたった一人の俺の妹。
誰よりも何よりも大切で、いつだって側でその笑顔を守っているのは俺でありたかった。
だけど、この何より愛しい妹は、いつか俺の元を離れてしまうのだろう。
俺の知らない誰かの隣で幸せそうに笑うのだろう。
分かっているのに認めたくない。
娘が嫁に行く時の父の心境とはこんな感じなのだろうか…

何も言えなくなってしまった俺は、ただただ腕の中の春菜を抱きしめ続けた。
不意に、今までされるがままだった春菜の腕が、俺の背に回されて、きゅっとマントにすがりつく。


「大丈夫よお兄ちゃん」


ことりと俺の胸に頭を預けた春菜は、しっとりと呟いた。


「私はお兄ちゃんの側を離れたりしないわ。お兄ちゃんが心配するような相手の所にも行かない。」


春菜のその言葉を聴いた瞬間、俺はがばりと春菜を引き剥がす。

驚いた眼で春菜を見つめれば、春菜はふわりとやわらかく微笑んだ。


「どうして…?」


俺の気持ちが分かったんだ?

俺があまりの事にそれ以上何も口に出来ないでいると


「分かるわよ。お兄ちゃん昔から心配性なんだもの」


ふふふと笑って、春菜は嬉しそうにふわりと俺に抱きついてきた。
俺は慌てて春菜を抱きとめる。
どぎまぎしている俺を見つめて、春菜は幸せそうに目を細めると


「私、誰かの側で笑うなら、お兄ちゃんか、お兄ちゃんの100倍素敵な人って決めてるの。だから心配しないで。」


すりすりと俺の胸に擦り寄る。
そんな春菜が愛おしくて、俺は春菜の頭をゆるゆると撫でる。


「それにね…」


そうぽつりと呟いて、春菜が俺の胸から離れる。
俺の顔を見上げて、じっと俺を見つめた後、ふわりと目を細めて


「お兄ちゃんより素敵な人なんて、なかなか見つかりそうにないわ。」


そういって笑う春菜は、世界の誰よりも可憐に見えた。


「春菜…!」


そんな春菜がどうしようもなく可愛らしくて、俺は春菜をきつく抱きしめた。


「お兄ちゃん…苦しいよ」


可笑しそうに困ったように笑う春菜。


「すまない…」


照れたように俺は呟いて、春菜を閉じ込めていた腕の力を緩める。
俺の腕から離れた春菜は、俺の赤い顔をのぞきこんで

「お兄ちゃん大好きよ」

と、幸せそうに笑った。












「ねぇお兄ちゃん。帝国の人達ってみんないい人ね。」








あの後、顔を真っ赤にしたまま固まってしまった俺を、春菜は可笑しそうに笑って、


「お兄ちゃんそろそろ行かないとみんな待ってるわ。」


そう言った。


「ああ…そうだな…」


その言葉に、まだ顔の赤い俺は、どぎまぎしながらサッカーボールが大量に入ったカートを引きずり出す。

そして今、カートを二人で押しながらグラウンドで待っているみんなの元に向かっている。
その途中、不意に春菜はそんな言葉を発した。


「そうだな。俺の自慢のチームメイト達だよ」


春菜の言葉に、大切な仲間を思い浮かべて微笑む。
俺の笑顔を見た春菜は、満足そうにふわりと微笑むと、視線をゆるりと前に戻す。


「帝国のみなさんがね、私をマネージャーにってお願いしたのは、訳があったんだって」


そんな事を春菜が言うもんだから、俺はばっとすごい勢いで春菜のほうに視線を向ける。
視線の先の春菜はどこか幸せそうに微笑んでいた。


「な…!?どういうことだ…!!?」


木野さんでも、雷門夏未でもなく、春菜を指名した理由…だと…?
みんなが誰かマネージャーを呼んで欲しいと言われた時…
単に俺が一番誘いやすいだろうから春菜を、誘ってくれと言われたのだと思っていた…
もしかしたら違うのか…!!?

急に俺の背中に嫌な汗が流れる。
慌てた様子の俺を春菜はくすりと一つ笑って


「お兄ちゃんが最近元気ないみたいだから、みんなで相談して私を帝国に来させる計画を立ててたんだって。」


にこっと可愛らしく笑う春菜。


…俺のため…?


「でも鬼道さんも試合中、春菜…って切なそうに女の子の名前呼んでましたよね?」


先日の成神の言葉が蘇る。
あいつら…俺が春菜と離れて寂しがっていると思って…?
顔が熱くなっていくのが分かる。
ああ…なんてバカで愛おしいチームメイトたち…


「仲間思いの素敵な人達ね。」


口元を手で押えて悶絶してしまった俺を、愛おしそうに見つめて、ふわりと花が咲いたように微笑む春菜。
そんな春菜を真っ赤な顔のまま見つめて、


「ああ…自慢のチームメイトだよ…」


はにかんで俺も笑った。


ガラガラとカートを引きずる。
もうすぐみんなの居るグランドだ。
あいつらの、心遣いを知ってしまった今、なんだか顔が合わせずらい。
そんな俺の心中を察してか、春菜が俺のほうを見てにこりと微笑んだ。


「お待たせしました皆さん!」


春菜が元気よくカートの準備ができたことを告げる。
すると、うだうだと雑談をしていたであろう、イレブンの皆がこぞってこちらにやってきた。


「とんでもないです!春菜さん!」


「面倒なことさせてしまってスミマセン。」


「ささ、お昼まだですよね?あっちにお茶準備しましたから!あ!これ俺の大好きな飴、良かったら食べてください!」


「あ…ありがとうございます…!ええと…でも…」


「いいんです!いいんです!!遠慮なんかしないで!!」


途端、春菜を囲んで騒ぎ出す。
騒ぎの中心の春菜は、ちらりとこちらに視線をやって、恥ずかしそうに笑って、


「じゃあ…お言葉に甘えて…」


視線をみんなの元に戻すと、おずおずとみんなに促されるまま、ベンチの方に歩いていった。


そんな春菜と皆の後姿を、引きつり笑いで見つめる俺。

俺の為って言うのは口実で、結局はこいつらが春菜と一緒に居たかっただけなんじゃないか?

わいわいと春菜に群がるチームメイト達。
その光景を見て、俺はただただそう思わざるを得ない。


「まぁまぁ鬼道。あいつらも母の温もりみたいなものを求めているだけだよ。」


そう穏やかに、けれどどこか困ったように笑って、俺の肩を叩く源田。


「分かっている…」


その源田に、不機嫌な態度を隠しもせずに、返した俺は、


「さぁ!休憩終わりだ!午後も張り切って練習!練習!!」


騒がしいその集団を引きつった笑いで見つめたまま、俺はいつもより早めの休憩終了の号令をかけた。






-------------


1万hit&いつも拍手ありがとう&小説完結のお祝いありがとうございます!企画(長)
で頂きました鬼春←帝国のイケメンな筈なのにイマイチモテない軍団で
鬼道さんに頼まれてマネージャーの居ない帝国を手伝いにいく春奈ちゃんです!
とんでもなく可愛いシチュで、漲りながら書き連ねてみたのですが…
え…これ…鬼春←帝国のイケメンな筈なのにイマイチモテない軍団ですか…ね…(汗)
すすすすすみません…!管理人の力ではこれが限界でした…
そして異様に長くなってしまい…
せっかく素敵なリクを頂いたのに、生かしきれずにすみません…!!!
春菜ちゃんが心配で心配で仕方ない過保護な鬼道さんと、表にはあまり出さないつもりでも、
知らないうちにお兄ちゃん大好きっ子なオーラを出してる春菜ちゃんが愛おしいです!!

リクエスト下さった理緒様、本当に本当にありがとうございました!!
お礼にもならないかもしれませんが、小説よかったら受け取ってやって下さいませ!!!!







人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -