夜、月明かりの下




「やっべぇ!数学の宿題忘れた!」


オレが大きな声で叫んだのは、雷雷軒をでて、5分ほどたった時だった。
真っ暗、道を街灯が薄く明かりを照らす下で、こちらを振り向く豪炎寺。
ごそごそと鞄の中を漁って、やはり宿題のプリントが無いことを確認する。


「どうしよう…部室に置いてきたみたいだ…」


放課後、半田達と一緒に少しばかりの勉強会をしたから…
結局、1問も解けやしなかったのだけど…
オレのクラスの数学担当の教師は、いけずで意地悪な事で有名だ。
もし、宿題を忘れでもしたら、いい笑顔で放課後補修を命じられるに決まっている。
そんなことしたら…部活が出来ないじゃないか!!
そこまで考えて、真っ青な顔で豪炎寺を見つめる。
豪炎寺は今にも倒れそうなオレの顔を見て、腕を組んでうーんと唸った後、何かを閃いた様に顔を上げる。


「戻ってみるか?今日は職員会議があるらしいから、まだ門も開いているかもしれない」


「ほんとか!?」


豪炎寺の発言に、さっきまで血の気が引いていたのが嘘のようにらんらんと笑うオレ。
オレが嬉しそうに笑うのを見て、豪炎寺もつられて微笑む。


「そうと決まれば早く行こう」


「うん!」


急ぎ足で来た道を引き返す豪炎寺。
その背中に追いつくようにオレも駆け出した。









「あーあったあった!良かったぁ〜」


窓から差し込む月の薄明かりの中、オレは机の上にあったプリントを見つけ出す。


「サンキュー豪炎寺!」


入口の壁に背中を預けている豪炎寺に笑いかける。


(わぁ…)


視線の先には、柔らかく笑う豪炎寺。
満月の明るい光に照らされて、白く輝く銀色の髪、オレを見つめる優しい目。
オレは、自分の心臓がドキリと高鳴るのを感じて、慌てて眼を逸らした。


(今この場所で、あの顔は反則だ…)


ギクシャクと、油の切れたロボットのようなぎこちない動きで鞄の中にプリントをしまう。
高鳴る心臓を落ち着かせるために、いやにゆっくりとした動作でプリントをしまうオレを、
豪炎寺は何も言わずに見つめている。


(頼むから向こう向いてて欲しい…)


視線を感じてますます緊張してしまう。
何とかプリントをファイルにしまい、ゆっくりと鞄のジッパーを閉める。


「お待たせ!帰ろうぜ!!」


なるべく意識しないように元気良く笑う。
視線の先の豪炎寺は、「ああ」と短く呟いて、壁にもたれていた体を起こす。
落ち着いてきた心臓にほっとしつつ、豪炎寺の側による。


「いやー今日の職員会議は長引きましたな!」


「どうですか?久々に、この後1杯!」


「いいですね!」


さぁいざ扉を開けようと、豪炎寺が扉に手をかけた瞬間、数名の大人の声が聞こえた。
突然のことに思わずオレ達は固まる。


「おや、無用心ですな。サッカー部の部室、鍵が開いていますよ」


ガシャン


「「あ…」」


固まる俺たちの扉一枚向こう側、日ごろ良く聞く先生の声の後、金属同士がかみ合う様な音が聞こえる。
扉の近く、しかも金属がかみ合うような音がするものなんて、一つしか思いつかない。
部室を施錠するためのダイアル式の錠。
すぐに見つかるだろうからと、鍵を解いたまま扉にぶら下げておいた。
その鍵を、なんと通りすがりの先生達に掛けられてしまったのだ。
良かれと思ってしてくれたその行為も、オレ達にとっては迷惑極まりない。
固まったまま声を発することも忘れて立ち尽くしている俺たちが中にいる事など、
知りもしない先生たちは、楽しそうに話をしながら去ってゆく。


「ちょっと待って先生!」


ようやく我に帰って、オレが声を発した頃には、先生たちにオレの声は届かなかった。


「…やられたな…」


長い長い沈黙の後、呆然と立ち尽くすオレの隣で、やけに冷静に豪炎寺が呟く。


「どうしよう…豪炎寺…オレ達…閉じ込められちゃった…」


真っ青な顔で豪炎寺を見つめる。
今にも泣き出しそうなオレの視線を受けた豪炎寺は、困ったように眉間に皺を寄せる。


「とりあえず、誰かに電話して鍵を開けてもらおうぜ。正門はもう閉まってるだろうから、
裏手からこっそり忍び込んでもらうことになるけどな。」


そう言って、ごそごそとポケットから携帯電話を取り出すと、流れるように電話を掛け始めた。
オレはもう、すっかり意気消沈してしまって、何も出来ないままただ豪炎寺を見つめていた。


「ああ…悪いが頼む…」


豪炎寺がそう言って電話を切る。
オレはもう情けなくて、申し訳なくて、突っ立ったまま俯いていた。
パクンと豪炎寺が携帯電話をたたむ音がする。


「円堂」


側で豪炎寺がオレを呼ぶ声がする。
怒られるだろうな…そう思って構えていたら


「もうすぐ風丸が来てくれるそうだ。そんなしょんぼりするなよ」


な?


そう言って、ぽんぽんと降ってくる穏やかな感触。
豪炎寺が優しく頭を撫でてくれているのだという事が分かって、予想だにしなかった豪炎寺の行為に、オレは勢い良く顔を上げる。


「怒らないのか?」


オレが不思議そうにそう尋ねる。
すると、目の前の豪炎寺はぱちくりと瞳を瞬かせて


「なんで?」


心底心外だというように言う。


「え…だって、こんな所に閉じ込められてさ、悪いのは宿題忘れたオレなのに…豪炎寺まで巻き込んじまって…」


「ああなんだ。そんなことか」


申し訳なさげにもにょもにょと呟くオレを、軽く笑い飛ばす豪炎寺。


「気にするな。俺が一緒に行くと言ったんだ。それに、俺はこんな所にお前が一人で閉じ込められる方が嫌だった。」


そう言って、ロッカーの前に横たわっているマットに腰をおろす。


「一緒にいて良かった。」


そう言ってオレを見上げて微笑む豪炎寺。
その優しい笑顔に、なぜだか泣きたくなった。

俺のせいなのに。
俺のせいで迷惑をかけているのに。
目の前で笑うこの男は、嫌な顔一つしない。
その上、着いて来て良かったと、一緒にいてよかったと言ってくれている。


「サンキュ…」


どこまでも優しい豪炎寺。
穏やかに微笑む豪炎寺に、オレはなんとかそれだけ搾り出してゆるく微笑んだ。






(今日は月があかるいなぁ…)


豪炎寺と二人マットに並んで座る。
天井近くの小窓から覗く月は、まん丸で優しい白い光でオレ達を照らしていた。
豪炎寺と部室に閉じ込められてから数分。
オレ達の間に会話は無い。
電気を点けなくても十分に明るい室内で、ただただぼんやりと月を眺めていた。
不意に視線を豪炎寺のほうに向ける。


(きれいな顔してるよなぁ…)


透き通った黒目、長いまつげ、スッと通った鼻筋に綺麗な銀髪。
前を真っ直ぐに見つめるその横顔は、月の光に照らされて、いつもより大人っぽい。


(かっこいい…)


体操座りで閉じた膝に頭を預ける。


(…なんかドキドキしてきちゃった…)


見上げるような形になる豪炎寺の横顔。
その整った顔を見ていると、勝手に心臓がうるさくなる。
オレは慌てて、月に視線を戻す。
月を見上げて、膝に置いていた手をマットに落とす。


「わっ…!」


「…!!」


瞬間触れた温もり。
慌てて手を引き、温もりに触れた方を向けば、びっくりしたように目をまん丸にする豪炎寺の顔があった。


「ご…ごめん!豪炎寺!オレ…!」


わたわたと真っ赤になって慌てる俺。
急に手を引いたことを弁解しようと言葉を絞り出すが、慌てた頭ではいい言葉が出てこない。
そんなオレを豪炎寺は何も言わずにただ見つめている。
どうしようどうしよう…


「…っ!」


オレが何も言えずに慌てていると、不意に豪炎寺が口元を手で覆ってそっぽを向く。
豪炎寺の突然の行動に、ぐるぐると慌てていたオレの頭は、一瞬で冷静さを取り戻す。


「どうした?豪炎寺?」


マットに手をつき、四つん這いにいなりながら豪炎寺を除きこむ。
一生懸命に首をひねって顔を見まれない様にしている豪炎寺がなんだか可笑しい。


「なぁなぁ豪炎寺」


くすくす笑いながら名前を呼ぶ。


「うるさい。向こうむいてろ」


楽しそうなオレに、豪炎寺はぶっきらぼうにそう呟く。
ひどく余裕のないその声色が、いつもの冷静な豪炎寺とはかけ離れていて、オレは好奇心の赴くまま、豪炎寺の顔を覗き


「……!!!」


そしてひどく後悔した。


「だから見るなって言ったのに…」


そう言って苦しそうに呟く豪炎寺の顔は、さっき、鞄にプリントを詰めている時のオレと同じくらい真っ赤だった。


「ご…ごめん…」


その豪炎寺の顔の赤さに、さっきまでの楽しい気持はすっかりどこかに飛んで行ってしまった。
その代わりにオレの心に生まれたのは、どうしようもない恥ずかしさで…
月明かりに照らされた二人きりの部室。
隣に座る豪炎寺。
今のこの状況を、鮮明に思い出してしまって、心臓がドキドキうるさくてオレはまた俯いた。
その隣で、息を整えるように深く溜息を吐く豪炎寺。


「俺が一生懸命意識しない様に努力しているのに…」


ぼそりと呟かれたその言葉にびっくりして顔を上げる。
そこには、顔を赤らめつつも、何か吹っ切れたような表情の豪炎寺が。


「お前ってやつは本当に…」


まっすぐにオレを見つめて愛おしそうに頬に触れる。
突然に肌に触れられて、何をされるのかいう少しの不安にぴくりと肩が跳ねる。
けれど、目の前の豪炎寺の瞳があんまり穏やかだったので、すぐにそんな不安など、どこかへ行ってしまった。


「円堂…」


低い声でオレの名前を呼ぶ豪炎寺。
近づく豪炎寺の呼吸。
やけにゆっくりと流れる時間の中で、オレは不思議な重力に身を任せて目を閉じた。



ばったぁあああん!!



ただただ静かだった部室に突然響く大きな音。
びくりと肩を震わせて固まるオレと豪炎寺。
何が起こったのか分からず、触れられていた手はそのままに、目を見開いて音のした方を見る。


「……お邪魔だったか?」


そこには、眉間に皺を刻んで肩をふるわせ、怒っているのか呆れているのか、うすく笑いを浮かべている風丸が立っていた。







「まったく…お前らが閉じ込められたと聞いて慌ててきてみれば…」


月明かりが照らす薄暗い道を3人並んで歩く。
あの後、状況を認識して真っ赤になって固まってしまったオレと豪炎寺はすごい剣幕の風丸にこってりと絞られたのだった。


「本当にごめん!今度から気をつけるからさ…」


眉をハの字にして謝るオレを、横目でちらりと盗み見て溜息を吐く風丸。


「頼んだぞ…ほんとに…」


はぁーっと大げさに吐かれるそれに若干耳が痛い。


「豪炎寺も、ありがとうな付き合ってくれて」


そう言って1歩後ろを歩く豪炎寺に振り向く。
急に声をかけられた豪炎寺は一瞬びっくりしたように眼を見開いてから、ふわりと微笑んでくれる。


「ああ」


柔らかい笑顔を月が照らす。
あんまりきれいな微笑みにつられて笑う。

さっき、この月明かりの下で豪炎寺は言った。


意識しない様に努力しているのに…


それってさ、自惚れてもいいのかな?
豪炎寺がオレと一緒にいてドキドキしてくれてたって…

温かくなる胸に、オレは満面の笑顔で笑う。
そんなオレを幸せそうに見つめる豪炎寺。


「何笑ってんだよ」


「へへへ!べっつに〜」


宿題を忘れて、閉じ込められて、散々な一日だったけど…
こんな日も悪くない。

そんなことを思いながら、二人、顔を見合わせて笑う。


「勝手にやってくれ…」


オレの後ろで風丸がそんなことを呟いたのは聞こえないふりで。









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携帯サイトで恐縮にも相互させて頂いている、「赤と青」斗真さんに押し付けたもの。
頂いたリクエストは「まだ付き合い始めてないけど、お互いに意識しちゃってどうしような豪円」でした…!!
とんでもなく私好みな素敵シチュエーションで張り切って書き始めたのに、なんだかこう…こう…
なんか違う!!!!!(切腹)
ああああすみません…!あまりにも素敵すぎるシチュエーションに私の技術が完全に追いついていなかったようです…くっ!!
お互いに意識しちゃってどうしような豪円なんて、とんでもなく素敵可愛いですのに…!ぐわぁあ!
すみません…!精進します…!!!

このような小説ですが、よろしかったらもらってやって下さいませ…!!

このたびは相互本当にありがとうございました!!





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