誰にでも分け隔てなくて、誰にでも親切で… そんな所が好きだった。 だけど… 今はただ、その笑顔が憎い この心の冷静さと激情と 「円堂!」 「おう!」 「円堂くん!」 「おう!」 にこにこと、嬉しそうに楽しそうに円堂が笑う。 この、円堂守という男は、人懐っこく、誰にでも優しい。 愛嬌があるので、誰からも好かれる。 そんな円堂に、俺は密かに思いを寄せていた。 最初はただ、見ているだけで良かった。 円堂が笑って、楽しそうにしていればそれだけで幸せだった。 けれど、ある時それだけでは足りなくなった。 その笑顔を俺だけの物にしたいと思ったのは、いつからだっただろうか? 「豪炎寺、悪いが数学教室にこの資料運んでくれないか?」 そう、俺が数学科の教師から言われたのは6限目が終わって、さぁ今から部活だと、部室に向おうとする途中だった。 「そんな顔するなよ!な!数学係のよしみでさ!」 不機嫌な感情が顔に出ていたらしい。 気さくな数学教師は眉をハの字にして、この通りと頭を下げてきたのだ。 「いいですよ」 気さくで面白いこの教師が気に入っている俺は、数学係というのもあり、教師の頼みを聞き入れることにした。 流石豪炎寺!嬉しそうに笑って、プリントの束を手渡す教師。 それを受け取って、円堂に部活少し遅れると伝えようと声をかけた。 「円ど…」 「おーい円堂!」 けれども俺の声は円堂には届かず、嬉しそうに円堂に話しかけて来たクラスメイトによってかき消されてしまった。 「あはは!そうなのか?」 男子生徒の話に楽しそうに笑う円堂。 その笑顔を見た瞬間、無性に腹が立ってきて、俺は何も言わずに教室を出た。 部活に向う生徒でざわざわと賑わう廊下。 その喧騒が耳に入らないほど、俺はイライラしていた。 胸の奥がモヤモヤと苦しい。 心臓の奥で黒い何かが渦巻いているようだ。 この気持ちの正体は分かっている。 どうしようもない程の独占欲。 けれど、俺はこの気持ちに蓋をしなければ… 円堂を俺のだけのものにしたいと叫ぶこの感情と隣り合わせに、皆の円堂で居て欲しいと願う気持ちも確かにあるからだ。 (くそっ…) 心の中で吐き捨てると、俺は数学教室に向って足を速めた。 すっかりオレンジ色に染まってしまった廊下を歩く。 皆、部活へ出て行ってしまった校舎は、驚く程に静かだ。 開け放した窓から入る風の音だけが、真っ直ぐな廊下を吹きぬけていく。 (これはもう今日は部活は休みだな…) ふぅと肩を落とす。 数学教室に着くや否や、待ち構えていた数学教師に色々と用事を押し付けられてしまったのだ。 ごそごそと片づけをしていたら、すっかりこんな時間になってしまったのだ。 オレンジの廊下をぼんやりと歩く。 すると、目の前の教室から聞きなれた声が聞こえた。 「うっわ!もうこんな時間じゃん!」 目を見開く。 この良く通る声は、間違えるわけもない。 円堂だ。 咄嗟に誰も居ない教室に隠れる。 何をしているんだ俺は…どうどうと、円堂の方に歩み寄って、いつものように笑えばいいじゃないか… そんな考えが、頭の中を巡るのに、俺の体は固まってしまって動けない。 ドクドクと響く心臓の音だけがうるさい。 「お前のせいで部活出れなかったじゃん!」 そう円堂の声が2つ隣の教室から響く。 楽しそうな男の笑い声も。 なんだ?なんだって?今なんと言った? あまりの事に、俺は目を見開く。 円堂が…部活にいかなかった…? あの、何をおいてもサッカーを優先する円堂が… 部活にも行かないで、俺の知らない誰かと話していた…? ぐるぐると円堂の言葉が頭の中を巡る。 部活に出れなかった…でなかった… 俺の知らない誰かのせいで… 俺の中で何かが切れる音がした。 「それじゃあな!」 そう言って笑う円堂の声が聞こえる。 元気良く扉を開ける音も。 ぱたぱたとこちらにかけてくる足音。 来るな来るな。 今、お前の姿を目に入れてしまったら… 止まらなくなる。この煮えたぎるような激情が、溢れてしまう。 頼むから…来ないでくれ… そう思っていても、視線は教室の外、廊下に向いてしまう。 近づく足音に、自分ではどうしようも出来ない感情を抱えて、俺はだらりとただ前を見つめていた。 程なく、ここに俺が居るとも知らず、教室の扉の前を掛けていく円堂。 元気よく揺れるその手を 「うわっ…!」 強引に引いた。 ばふっと音を立てて、俺の腕の中になだれ込む円堂。 瞬間、ぴしゃりと扉を閉める。 急に腕を引かれて、後ろから抱きすくめられた円堂は、今自分がどんな状況になっているのか一瞬分からなかったようだ。 「豪炎寺…?」 「・・・・・・」 円堂の肩口に顔を埋めた俺を横目で確認して、不思議そうに円堂が呟く。 「びっくりした…どうしたんだよ?急に…」 俺の胸の中に渦巻く感情をかけらも知らないこの男は、のほほんとそんな言葉を口にする。 それすら、今の俺には気持ちを逆撫でするばかりだった。 「分からせてやるよ…」 ぼそりと円堂の耳元で呟いて、円堂の手を引く。 成すがままの円堂の手を引いて、教室の一番後ろの窓に押し付けた。 「った…!」 勢いよく押し付けたので円堂の顔が歪む。 同時に、円堂の体を受け止めたガラスが揺れた。 「豪炎寺…?」 開いている窓から吹き込んでくる風でカーテンが揺れる。 ばさばさと響くその音に、かき消されるのではないかという程、か細い声で円堂が呟く。 その瞳は恐怖で潤んでいた。 「円堂…」 俺が低く囁けば、びくりと揺れる肩。 不安そうに見つめる目。 今、この目には俺だけしか写っていない。 他の誰でもない。俺だけが… その事実が、俺の胸に確かな優越感となって満ちてゆく。 「円堂…」 円堂から視線を外さず、嫌にゆっくりと顔を近づける。 見つめた円堂の瞳は、一度ゆあんと揺らいで、それからふっと目を瞑った。 きゅっとゆるくかみ締められた唇。 これから何をされるのかという緊張か、それとも恐怖からか…震える唇を自分のものでそっと塞ぐ。 一瞬で離れたそれは、俺の心の中の激情とは似ても似つかないほどに穏やかで、幼かった。 「豪…炎寺…」 唇が離れたと同時に、離れる俺の体。 ゆっくりと目を開けてこちらを見つめる円堂。 その瞳は今だに不安に揺らいだまま。 「忘れろ」 それだけ呟いて俺は背を向ける。 激情のまま触れた唇。 その感触は、暖かくて、ひどく悲しかった。 拳をきつく握り、教室を出る。 誰も居ない校舎。 ただただ静かなそこを走る自分の足音だけが耳に痛かった。 夕暮れの教室。 一人取り残されたオレ。 カーテンがばさばさと風になびく音だけがうるさいその教室の一番後ろで、オレはただ突っ立っていた。 ぼんやりとした意識の中、不意に豪炎寺が触れた唇に触れる。 目を閉じて真っ暗な世界で、一瞬だけ触れた感触。 目の前の豪炎寺は、やけに余裕の無い顔だった。 そのくせ、オレの肩を掴む腕の力だけは強くて。 「手…震えてたくせに…」 震えながら、けれど、ただただきつく触れられていた肩口が熱い。 ジンジンと疼くそこを両手で抱きしめてへなへなとへたり込む。 「なんだよ…全然分かんないよ…」 唇に触れた感触も、震える手の熱さも 「分かるわけないじゃんかよ…」 誰も居ない教室でオレの声だけが響いた。 -------------- 携帯サイトで恐縮にも相互させて頂いている、「二人静の花言葉」葵さんに押し付けたもの。 頂いたリクエストは「豪円で、嫉妬してちょっと強引になった豪炎寺君に振り回される円堂君」でした…!! が…!!なんか…暗い…ですね…!!? 豪炎寺さんばかり気持ちが焦ってあんまり円堂さん振り回されて…ない…!! アウチ!なぜこうなったし…!! このような小説ですが、よろしかったらもらってやって下さいませ…!! このたびは相互本当にありがとうございました!! |