「最近不動、立向居と仲良しなのかな?」
「…そんなわけないだろ…」
「え?でも綱海…」
「あんな性根のひねくれ曲がった奴、立向居と仲良しなわけ無いだろ!」




先輩の憂鬱




「どうした?綱海?」


どっかりとベンチに腰掛けてグラウンドを見つめる。
あまりにもじっとグラウンドを凝視しているので、不思議に思ったのか円堂が声を掛ける。


「どうもしてねぇんだけどさ…」


眉間に皺を寄せて、円堂の方を見ずに呟く。
そんな俺の様子にあたまに?を並べながら俺の視線の先へ目をやった円堂。


「ああ。立向居と不動じゃないか」


2番目に呼ばれた名前に、ぴくりと眉間の皺を濃くする。


「最近よく話してるみたいだよな。仲良しになっ…」


「絶対にない!」


円堂が言い終わる前に遮る。
びくりと肩を震わせた円堂は、不思議そうに呟く。


「綱海がそんなムキになるなんて…珍しいな。」


「んなことねぇよ…」


そういわれて、自分がムキになっていた事に気付いた俺は、少し声を抑えて呟いた。

そうなのだ。
円堂の言うとおり、最近立向居と不動はよく一緒に居る。
別に立向居が誰と一緒にいたっていい。
いいんだけれども…


「なんでよりによってあいつなんだよ…」


後ろで円堂が「ん?何か言ったか?」と尋ねてきたけれど、俺はそっけなく「なんでもねぇ」と零しただけだった。

むすっと頬を膨らませてにらみつけたグランドには、今だ何かを話している立向居と不動の姿があった。









今この瞬間に擬音をつけるとしたら、バッタリというのがもっともふさわしいだろう。
風呂上り、食堂の大きなテレビをみんなで見て、そろそろいい時間だし、部屋に帰るかという話になって、2階に続く階段を上っていた。
踊場から、次の階へ続く階段に足をかけ、上を見上げたその瞬間。


「あ」


「あん?」


俺がここの所、柄にもなく頭を悩ませている相手が、今まさに目の前に立っていた。
俺が思わず上げた目の前の男はめんどくさそうな顔でこちらに視線をよこした。


「なんだよ」


「別に…」


お互いに牽制しあっているもの同士独特の重たい空気が漂う。


「は…まぁいいけどよ」


じっと俺を見詰めた後、どうでもいいとでも言うように軽くため息を吐いて階段を下りてゆく不動。


「おい…もう消灯だぜ?どこ行くんだよ」


こんな男の事、どうでもいいのだけれども、それでもあの怒ると怖い監督が下の階で見張っているかもしれないと考えると咄嗟に声をかけてしまった。
俺の声に、ずんずんと階段を下りていた不動はだるそうにこちらを振り返る。


「お前には関係ないだろ」


それだけ吐き捨てて、視線を前に戻し、また階段をおり始める不動。
関係ない、全くその通りなのだけれども…


「ふん…監督にこっぴどくしぼられたって知らないからな」


せっかく人が心配してやったというのに、この男のこの態度。
俺はそれだけ吐き捨てて背を向けた。

ずんずんと足を怒らせ階段を上る。
あの男の、人の気持ちを逆撫でするあの態度は本当にどうにかならないものだろうか。
悶々とした気持ちを抱えつつ、浮かんでくるのは最近あの男とよく一緒に居る後輩のことばかり。


(立向居…なんだってあんなやつと…)


立向居はいい奴だ。
素直で一生懸命で努力家だ。
俺のことも慕ってくれていて、本当にかわいい。
その可愛い後輩が、ひねくれていて、その上横暴で、ついでに言うと口も悪いあの男に、何か嫌な思いでもさせられているんじゃなかろうかと、気が気でないのだ。

明日は立向居ディフェンスの練習に入るし、あいつと一緒に居る理由をそれとなく聞いてみるか…
そう思って、自分の部屋の扉の取っ手へ手をかける。


「あ!綱海さん!お休みですか?」


さぁ部屋へ入ろうと扉を開けかけた時、隣から声が聞こえる。


「立向居?」


声がする方を見れば、隣の部屋からひょっこりと顔をのぞかせて笑う立向居の姿が。


「どうした?どっか行くのか?」


中に入ろうと開けていた扉を閉め、財布を抱えて寄ってきた立向居に尋ねると


「あ、はい!喉が渇いたのでジュースを買いに行こうと思って…」


そう言って財布を指差して笑う立向居。
ふわりと綻んだ様な笑顔に、なんだかほっとする。


「そっか…じゃあせっかくだし、俺も一緒に行くぜ!」


俺の突然の発言に、え?と戸惑う立向居を尻目に自室の扉を開け、机の上においてあった財布を取る。
俺の行動に慌てている立向居の頭にぽんと手を置く。


「今日は俺がご馳走してやるよ」


そう言ってぐりぐりと髪をかき回す。


「ええ!そんな!だめですよ…そんなこと…!」


俺の手から逃れた立向居が慌てて首を振る。
そんな立向居がなんともいえず可愛らしい。


「いいっていいって!後輩ってのは、たまには先輩に甘えるもんだぜ」


そういってにかっと笑う。
すると最初戸惑っていた立向居だったが


「じゃあ…今回だけ…ありがとうございます綱海さん」


俺の笑顔につられたのか、ふにゃりと笑って頭を下げた。


「いいぜ!じゃあ行くか…」


「はい!」


そう笑いあって、1階のロビーにある自動販売機に向かって階段を下る。
他のチームメイトたちはもうすっかり自分の部屋で休んでいるようで、合宿所の階段は静かだった。
たんたんと2人だけの足音が響く階段。


「そういやさ、最近立向居は不動と一緒に居る事多いけどさ…なんでだ…?」


不意に俺がそう尋ねる。
本当は、明日の練習中にでも聞こうと思っていたのだが、まさかこんな風に立向居と二人になれるなんて思わなかったから…これ好機とばかりに疑問をぶつけたのだ。
急な質問にぱちくりと目を瞬かせて俺を見詰める立向居。


「いや、立向居が誰かと居るのはいいだけどさ、あいつってあんな感じだし、もしかしていじめられてんじゃねぇかなと思って…」


不思議そうに俺をまっすぐに見詰める立向居の視線がなんだか恥ずかしくて、頬を掻きながらそっぽを向く俺。
俺の言葉を聞いた立向居は、不思議そうな目をもう一度ぱちりと瞬かせてからふわりと笑った。


「綱海さん、心配してくれてるんですね。ありがとうございます。だけど、大丈夫ですよ。不動さん、ああ見えていい人なんですよ」


そう言ってにこにこ笑う立向居。
その立向居の発言に、俺はそっぽを向いていた顔を勢いよく立向居の方を見る。


「あいつの!?どこがだよ!!?」


穏やかに微笑んでいる立向居を眉間に深く皺を刻んで見詰める俺。


「不動さん、すごいんですよ。レギュラーになるためにいつも一生懸命なんです。無愛想だし、自分の努力を人に知られたくないみたいだから分かり難いですけど、かくれて特訓したりすっごく努力してるんです。」


自分の事の様に嬉しそうに笑う立向居。
その笑顔は、立向居が円堂の事を話す時に似ている。
こんな風に笑うって事は、立向居はあいつのことを、尊敬していると、そういうことなのだろうか…

あまりの事態に眉間に皺を寄せたまま固まる俺。
まさか、あのひねくれていて、その上横暴で、ついでに言うと口も悪いあの男の事をそんな風に思っていたなんて…


「いや、でもよぉ立向居…」


立向居の気持ちは分かったが、やっぱりこのかわいい後輩が、あんな横柄な男の事を慕っていると認めたくなくて、立向居に言い寄る。


「…お前ら何やってんだ?」


が、俺の言葉はだるそうにかけられた声によって遮られてしまった。


「げ…」


「不動さん!」


俺はがばりと、立向居は嬉しそうに声の聞こえたほうを向く。
そこには、先ほど発した声の様子そのままに、ダルそうにジュースを片手に立っている不動が居た。


「僕たちジュースを買いに行こうと思って…」


そう言って笑う立向居。
不動は、立向居の手に抱えられている財布にちらりと視線をやると、「ああ」と短くつぶやく。
それから、怪訝な顔で不動を睨みつけている俺の方を見て、


「いいのか?もうすぐ消灯時間だろ?はやく帰ってねんねしないと監督に怒られるんじゃないのか?」


そう言ってにやにやと笑った。

こいつは…!!
こいつの、この人を見下したこの態度…さらには、先ほど俺が忠告してやったことをそのまま嫌味で返すこのひねくれっぷり。

俺はかぁっと頭に血が上るのが分かった


「立向居俺はちょっとこいつに話があるから…すまねぁが俺の分のジュースも買ってきてくれ…」


ぐいっと自分の財布を立向居に押し付ける。


「え…綱海さん?」


なるべく感情を表に出さないように頼んだつもりだったが、立向居には俺の気持ちが伝わってしまったらしい。
少し慌てて俺の名前を呼ぶ。
その立向居の頭をぐしゃぐしゃと撫でて


「心配すんな。あ、俺グレープフルーツジュースな!」


そう言ってにかっと笑う。
すると立向居も少し表情を和らげる。


「じゃあ…急いで買ってきます!」


そういって階段を駆け下りていった。
たんたんと響く立向居の足音が小さくなって、何も聞こえなくなったころ、踊り場に残された俺と不動の間には冷たい空気が流れる。


「話ってなんだよ?俺様、そんな暇じゃねぇんだけど…」


沈黙を破って不動がめんどくさそうに言う。
その不動の方をきっと睨みつける。


「お前…立向居にもいっつもそんな態度なのかよ?」


いつもよりも数段低い声で聞く。
俺の言葉に、不動は一瞬戸惑ったように眉間に皺を寄せた。


「何で今この状況であいつの名前が出てくるんだ?」


そう言って怪訝な顔で俺を見詰める不動。
どうやらこの男は。俺が先ほど受けた暴言に対して、俺が自分の事で怒っているのだと思っているようだ。
そりゃあ俺も先ほどの横柄な態度には腹が立った。
だけれども、そんな事より何より、この目の前の男が、先ほど俺に吐いた暴言と同じような事を立向居に対してずけずけ言い放っているんじゃないかと、今の俺にはそっちの方が腹が立っていた。


「お前みたいな奴を立向居が慕っているのが気にくわねぇ!立向居がお前に懐いてるからって、いい気になっていじめんじゃねぇぞ!」


「はぁ?別に興味ねぇよ。大体こっちは勝手に懐かれていい迷惑だっての…」


「それだ!それ!立向居はな、素直で真面目なんだよ!お前のそういう態度で傷ついたりするんだ!立向居のこと泣かせたらただじゃおかねぇからな!!」


そう大きな声で喚いて、不動を睨みつける。
びしっと指差された目の前の男は、きょとんとして俺を見詰めている。
俺たちの間に妙な間が流れる。


「へぇ…」


沈黙を破ったのは不動だった。
しばらく俺の方をきょとんとしたまま見詰めていたが、にやりと人の悪そうな笑顔を浮かべる。


「なんだよ…」


「別に…?」


その悪い笑顔に少し嫌な予感がして、後ずさりつつ、不動を睨む。
すると不動はさぞおもしろそうに笑って口の端を持ち上げた。


「へぇーそう…これはおもしれぇ…」


「な…なんだよ…俺は真剣なんだぞ!」


じろじろと俺をおかしそうに眺める不動に俺が癇癪を起こそうとした時


「お待たせしました!」


ぱたぱたと小走りにジュースを抱えてかけてくる立向居の声が


「お…サンキュ…立む…」


「俺の分は?」


俺が不動から視線をはずし、なるべく平静を装って立向居にお礼を言おうとした
が、途中、いきなり会話に入ってきた不動によって遮られる。


「え…?え?」


「だーかーらー俺様の分は?」


戸惑う立向居に顔を近づけて問う不動。


「でも不動さん今自分でジュース買ってたじゃないですか…」


「関係ねぇだろ?勇気は、こいつにはジュース買ってくるのに俺様には何にも買ってきてくれないわけ?」


慌てて立向居がそう言うのに、当の不動は切なそうに眉を下げるだけ。

まったく、なんて理不尽にいちゃもんをつけるんだこいつは…!!
しかもこいつ今立向居の事をなれなれしく勇気って呼ばなかったか!?


「っだぁああ!離れろ!立向居のこといじめんなって言ってんだろ!!」


おでことおでこがくっつきそうなくらい顔を近づけている不動と立向居の間に入って喚く。
がばっと立向居を後ろ手にかばって不動を睨む。
俺が割って入った事で少しよろけた不動。
ぐっと足を踏みしめたかと思うと、先程まで下げていた眉は、楽しそうに歪められた。


「ふっ…はははは!冗談だよ!」


そう言って突然笑い出す不動。
訳が分からず?マークを頭に浮かべる俺と立向居。


「全く過保護な事で…おもしれぇ…」


くっくっと苦しそうに笑をこらえて、俺の隣を抜けて階段を上がっていく不動。


「あ!待て!俺の話はまだ…!」


「お前はまだでも俺はもう終わったんだよ。」


そう言って、ジュースを持った手をひらひらと振る。


「また明日な。立向居」


すれ違いざまにぼそりと呟かれた言葉に、勢いよく振返る。


「おっまえ…!立向居のこといじめんなって言ってるだろ!?」


俺がそう叫ぶのに、不動は背中越しに肩を震わせて笑っているだけ。


「全く…ほんとおもしれぇ…これでしばらく退屈しなくてすみそうだぜ…」


そう小さく呟かれた言葉は俺の耳には届かなかった。


「全く…なんなんだよあいつ…」


不動が去って、静かになった踊り場でポツリと呟く。
やけに煮え切らない感情が俺の中でぐるぐるしている。


「綱海さん…」


俺の名前を呼ぶ小さな声。
見れば、心配そうに俺を見上げる立向居と目が合った。


「わりぃわりぃせっかくジュース買って来てくれたのに待たせちまったな。」


そう言って立向居の腕の中からジュースと財布を受け取る。


「あ、いえ…それはいいんですけど…綱海さん不動さんとケンカ…」


慌てて腕の力を緩める立向居。
その眉はまだ心配そうに下げられたまま。

うーん…と俺は一瞬うなってジュースのタブを上げる。
プシュッと音を上げてふたが開く。


「ケンカなんかしてねぇよ。」


そう言ってぽんぽんと立向居の頭を撫でる。
それでもまだ心配そうな立向居に


「だぁ〜いじょうぶだって!あいつが俺にもジュースをおごれって冗談言うもんだから、ちょっとじゃれてだけさ」


そう言ってにかっと笑う。
すると立向居はようやく安心したように


「そうですか」


とふわりと笑った。







「そこはそうじゃないだろ?立向居」


「だあああ!お前なんでディフェンス練習にまじってんだ!あっち行け!!」


「あん?俺も今日はディフェンスなんだよ。よろしくな綱海先輩(ニヤニヤ)」


「ぐっ…くっそーー!!」


「なぁんだお二人とも本当は仲良しだったんですね^^」


翌日、どこのポジションよりもうるさく騒いでいたのは立向居、綱海、不動率いるディフェンス陣だったとか…










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マイルドシリーズ(いつのまに)第2回
不動さんが、過保護な綱海さんをからかうのが面白いと感じた初日。

またも別人のオンパレードで申し訳ない…!!!





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