いつかは、こんな日が来ることは分かっていたはずだった。
だけど、いざその日になってみると、想像していたよりずっと胸が苦しい。
今まで、いつも側で僕を支えてくれていた人と、今日はお別れの日。




クジラの歌




「そんな顔すんなよ立向居」


綱海さんが困ったようにそうこぼしたのは、本州から九州経由で沖縄へ向う連絡船の甲板の上だった。
宇宙人の脅威が去り、それぞれの故郷へ帰る今日。
僕は、甲板の手すりに掴まり、流れそうになる涙を堪えて、ただひたすらに流れていく海を見つめていた。


「だって…綱海さん…」


掛けられた声に、顔を上げれば、案の定困ったように頭をかいている綱海さん。
その仕草が、あんまりにも彼らしくて、僕はまた泣きそうになってしまう。


「もうすぐ…僕たち…」


離れ離れに…


僕がそう小さく呟いた時、目の前の綱海さんはわしっと僕の頭を掴んだ。


「わわ…」


ぐしゃぐしゃとかき回される髪。
思わず僕は声を上げてしまう。


「離れ離れになんかならねぇよ!」


そう言ってにっこりと笑う綱海さん。
乱れた髪の毛をそのままに、目の前の綱海さんを見つめる。


「九州と沖縄だ!会おうと思えばすぐに会えるし、空も海も、俺たちを繋いでくれてるじゃねぇか」


にこにこと眩しい笑顔で笑う綱海さん。
綱海さんの言う通り、上空に広がる空は、ずっと遠くまでつづいていて、僕たちを繋いでいてくれる。
海だって、穏やかな波の音で九州と沖縄の間をたゆたっている。
空も海も、どこにいたって僕たちを繋いでくれているのだ。
そんなことは分かっているけれど…


「いくら空が繋がっていても、海がどこまでも続いていても…綱海さんの隣でこんな風にお話したりできないじゃないですか…」


我ながら女々しいなって思う。
僕はようするに、すぐ傍で綱海さんを感じていたいのだ。
いくら空が海が僕たちを繋いでくれていても、肝心の綱海さんはそこには居ないのだから…
九州と沖縄は近い。
連絡船ですぐに行き来ができる。
だけど、今までそこに居ることが当たり前だった彼と、少しの間でも離れ離れになってしまうことが、今はただひたすらに寂しいのだ。

すっかり黙り込んでしまった僕を困ったように見下ろす綱海さん。
こんな風に困らせたいわけじゃないのに…
笑ってお別れがしたいのに…
綱海さんと一緒に過ごして、僕はすっかり甘えクセが着いてしまったらしい。
他の人にはそんな事全く無いのに、綱海さんにだけそのクセが出てしまうのだから達が悪い。
ぎゅうっと手摺をにぎる。
このままではダメだ。
お別れがますます悲しいものになってしまう。
笑って謝って、僕の言ったわがままを無かったことにしてもらおう…
そう思って、顔を上げた。


「綱海さ…」


「クジラってさ、歌うんだぜ」


僕が名前を呼ぶより一足早く、綱海さんが呟く。
真っ直ぐに海を見つめながら発しられた言葉が、何を意味するのか分からず、僕は首をかしげた。


「え…と…」


戸惑う僕を尻目に綱海さんは続ける。


「クジラはさ、歌で遠くの家族や友達と話をするんだ。」


こちらを振り向いて、いたずらっ子のように笑う。


「俺は毎日海へ波乗りに行くし、海は立向居の居る九州にも繋がってるだろ?だからさ…」


そう言って、ゆるく僕の頭を撫でる。


「なんも寂しがることはねぇ。俺はいっつも歌ってるからさ。」


浮かべた笑顔は、蕩けるほどに優しかった。


「つな…み…さん…」


向けられた優しい眼差しに、いよいよ僕の涙腺は崩壊してしまった。
次から次に流れる雫は止まることを知らない。
綱海さんは、突然泣き出してしまった僕に驚いてわたわたとうろたえている。


「うぉお…ごめん立向居!俺なんか変な事言ったっけ…?」


弱り果てた綱海さんは、一生懸命僕を宥めるように背中を撫でてくれる。
僕は、涙を拭いながらぶんぶんと首を横に降った。


「違うんです…」


今だ、こぼれる涙をそのままに、綱海さんを見上げると、心配そうな瞳を目が合う。
心配して、うろたえている目の前の彼が嬉しくて僕は微笑む。


「嬉しくて…」


涙が一つこぼれて、呟いた僕の唇に吸い込まれていった。

目の前で幸せそうに笑うこの人は、いつも遠くに居る僕を思って歌ってくれるというのだろうか?
クジラが遠く離れた仲間を思うように
僕に気持ちが届くように、声が届くように…
この人はクジラではないから声は届かないのだろうけれど
この人なら、もしかしたら本当に届いてしまうかもしれないな、と有りもしないことを考える。
だけどもしかしたら本当に…クジラのように大きなこの人なら…


「ありがとうございます綱海さん」


「おう!」


ようやく笑った僕を、満足そうに見つめて、綱海さんは今日一番の笑顔で笑った。









波打ち際に座って海を眺める。
心地よく響く波の音に、耳を傾ける。
ザブンザブンと不規則に鳴る波音はまるで歌っているみたいだと思う。


「綱海さん…元気かなぁ…」


ぽつりと誰も居ない波打ち際に向って呟く。
あのお別れの日から今日まで、寂しいと思わなかったと言えば嘘になるけれど


「海と歌で僕たちは繋がっているんですもんね…」


いつだって僕を思って歌ってくれるといったあの人。
それがあまりにもあの人らしくて、その言葉だけで幸せな気持ちになる。
へへへと笑って、波打ち際を見つめる。


「ん…?」


不意に、海鳴りの音に混じって声が聞こえたような気がした。
きょろきょろと周りを見渡しても、人一人見当たらない。


「気のせい…?」


そう思い至って、海に視線を戻す。
この穏やかな海のずっと向こうで今日もあの人は、笑っているのだろうか…
笑顔のあの人を思い出して目を瞑る。
たまには僕も歌ってみようかな…
そんな事を考えながら僕はゆるく微笑んだ。






「あ!あれって立向居だよな!?おーい!立向居ーーー!!」

歌うだけでは我慢できずに、会いに来たクジラに出会うまであと数分。






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すごく電波な話に…ブルブル
うまくクジラと綱立を絡めたかったのですが、管理人の拙い文章力では無理でした…
無念…!!
そしてにーにと立向居さんのこの別人っぷりですよ…!!
ああああすみませんすみません…!!!!
もっと綱立勉強してからクジラの話、また書きたいです!






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