「円堂…お前…これは…ひどいぞ?」
「ううううう…ごめんよ豪炎寺…」





プライベートレッスン





(ああああ…どうしよう…)


土曜日。9時40分。
オレ、円堂守は、12月の澄み切った空に似つかわしくない、悶々とした気持ちで道を歩いていた。
教科書やノートが入った鞄がいやに重く感じる。
そう。オレは今、勉強を教えてもらいに豪炎寺の家に向かっている途中だった。

それというのも、いよいよあと3日後に迫った期末テスト。
大きな声では言えないが、かなり心配なオレに勉強を教えてくれると豪炎寺が名乗りを上げてくれたのだ。
大好きな豪炎寺と一緒にいれると思うと、オレは嬉しくて、迷うことなくお願いした。
その後、二人豪炎寺の家にお邪魔しようかと教室を出ようとしたら、運動は出来るが勉強はからっきしな、我が1年11組のクラスメイトが立ちはだかった。
ならば、皆で一緒に勉強しようかと、クラスの皆と一緒に勉強をしていたのだけど…


「俺はお前と二人で居たい。」


円堂


と、低い声で囁かれれば、NOだなんて言える訳もなく…
オレはドキドキうるさい心臓の音を聞きながら、うん…と呟いたのだった。


(あの時の豪炎寺の顔ったら…)


思い出して赤くなる。

嬉しそうに、けれど、どこか余裕たっぷりに微笑む豪炎寺の顔。
あの時の豪炎寺の顔はもう、とんでもなくかっこよかった。

そして気付いてしまった。
皆と一緒にいる時はまだいい。
楽しくって、ドキドキが紛れるから・・・
だけど、豪炎寺と二人きり・・・
それは、皆で居る時よりもずっとずっとドキドキするということ…

そのことに気付いてしまったあの勉強会の日から今日まで、オレはどうしても今日の豪炎寺と二人きりの勉強会を意識してしまって、ずっとドギマギしっぱなしだった。
昨日なんか、緊張して中々寝付けなかったし…


(こんな調子でオレ大丈夫かなぁ…)


はぁとため息を一つ吐く。
豪炎寺の家はもうすぐそこだった。



ピンポーン

軽快な音が豪炎寺の家に響く。
ドキドキしながら、鞄の肩ヒモを握り締めて待つ。
がちゃりと鍵が開く音がして、扉が開けば、大好きなツンツン頭が


「おはよう円堂。よく来てくれたな。」


そう言って微笑む。
今までこれでもかというほど緊張していたにも関わらず、オレの心臓は更に大きく跳ねた。


「おおおおお邪魔します!!」


肩ヒモをぎゅーっと握り締めて叫ぶ。

それを見た豪炎寺は目をまん丸に見開いてから、くっくっと笑うと、


「お前顔真っ赤だぞ」


とオレの頭を撫でる。

オレは俯いて


「ほっといてくれ・・・」


と聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。


「ほぇー…」


「そんなに見るなよ。恥ずかしいだろ。」


豪炎寺が苦笑しながらオレンジジュースの乗ったお盆をテーブルに置く。
初めてお邪魔した豪炎寺の部屋。
余分なものは一切なく、簡素な感じを漂わせるが、どこか落ち着いていてスタイリッシュな部屋だな…
部屋の善し悪しなんかオレは全く分からないけれど、豪炎寺らしい、とってもいい部屋だなぁと思った。


オレがあんまりきょろきょろと部屋を見渡すものだから、痺れを切らした豪炎寺が
ぽんとオレの頭を叩く。


「ほら。もういいだろ。さっさと勉強始めるぞ。」


そう言って、すとんと座った豪炎寺。
ぽんぽんと柔らかそうなクッションを叩けば、ここに座れと主張している。

なぜかオレはごくりと喉を鳴らして、深呼吸した後、ちょこんと豪炎寺の隣に座った。

ちらりと隣を盗み見れば、豪炎寺の顔が近い。


(わぁあああああああ!!!)


ドキリと心臓が高鳴って、オレは勢いよく顔を背けた。
どう考えても、意識しすぎなんだろうけども…
無理なんだよ意識しないなんて…
豪炎寺がかっこよすぎるのが悪いんだ!!
心の中で叫ぶ。


「何を百面相しているんだ?」


そんなオレを豪炎寺が不思議そうに見つめる。
ああ…もう人の気も知らないで…!


「なんでもない…」


力なく呟く。


「そうか?じゃあ…とりあえず、数学から始めるか」


そういって豪炎寺が教科書を取り出す。
それを見て、オレも慌てて、教科書とほとんど何も書かれていないノートを取り出した。


「よろしくお願いします。」


オレが豪炎寺に向かって深々頭を下げると、


「こちらこそ、よろしくな」


と可笑しそうに笑った。








「うううう…もうダメだ…」


机につっぷして呟く。
今のオレは、気力体力共に限界だった。
隣の豪炎寺を見れば、同じくぐったりと机につっぷしていた。


「ごめんな…豪炎寺…まさか数学がこんなにも難しいなんて…」


「いや…俺のほうこそ、上手く教えられなくてすまない…」


豪炎寺による個人授業は難攻を極めた。
オレはまず何処が解らないのか解らないという状態だったし、豪炎寺も、あまり口が上手な方ではなかったから…
オレが少しでもテスト範囲の基礎が分かっていれば良かったんだけど、
オレの数学の理解度はさっき言った通りのものだったし、頭では解っていても、上手に説明できない豪炎寺は全くもってお手上げ状態だった。
それでも根気強く、豪炎寺に教えてもらいながら、基礎の問題を繰り返し解いていくうちに、何とか解るようにはなった。
…と思う。


「サッカーもいいが、たまには授業も真面目に聞いてくれよ…?」


「うん…そうする…」


ぐったりと項垂れたまま力なく呟く。
そんなこんなで、テスト範囲をざっと一通り済ます頃には、日が傾いて空はオレンジ色に染まっていた。


「もうこんな時間か…」


むくりと状態だけ起こして豪炎寺が時計を見る。
時計は午後5時前。
さすが12月。
日が暮れるのもずいぶん早くなったものだ。

本当だ〜なんて言いながら、ぼんやり窓の外を見つめるオレ。
そういえば、かあちゃんが今日はカレーだとか言ってたなぁ…


ぐぅうううううう…


間抜けな音が豪炎寺の部屋に響いて、オレと豪炎寺は一瞬固まる。
少しの間の後、豪炎寺が堪え切りないとでも言うように、吹き出して笑いだした。


「わ…笑うなよーーー!!!」


「わ…悪い…いや、円堂らしいな」


そう言って、笑いを堪えながらオレの頭を撫でる。
怒っているはずなのに、豪炎寺の手はただ心地よくて、オレは顔を真っ赤にしながらされるがままだ。

最後にぽんぽんと頭を叩いて、豪炎寺の手が離れる。


「もうすぐ暗くなるし、今日はもうこれで終わりにしよう。」


そう言って豪炎寺は教科書とノートを片づけ始める。


「おう!」


そう言って、オレも自分の教科書を片づけようと、テーブルの上に手を伸ばす。


「あっ…」


オレが、自分の教科書を取ろうとして手を伸ばせば、豪炎寺がオレの教科書をとってくれようとしていた所で、
ちょんと、オレの指先と豪炎寺の指先が触れ合う。

オレは、びくっと肩を揺らして勢いよく手を引っ込める。


「ごめ…オレ…」


慌てて謝るオレをじっと見つめる豪炎寺。
眉間には皺が刻まれている。
もしかせて怒ってる…?


「円堂…」


難しい表情のまま、豪炎寺の手が俺の方に延びる。
オレは反射的に目を閉じる。


「ああもう…お前…」


ふわりと温かいものに包まれる感覚。
眼を開ければ、オレはすっぽりと豪炎寺の腕に閉じ込められていた。


「ご…豪炎寺…!!!?」


途端、バクバクとなり始める心臓。
慌てて豪炎寺の顔を見あげれば、豪炎寺もオレと同じくらい赤い顔をして


「お前…俺の事を意識してくれるのはいいが…ちょっと過剰すぎるんじゃないか?」

と呟いた。

その言葉に、心底オレは驚いて、豪炎寺の胸を押して、がばりと豪炎寺を覗き込む。


「な…なんで…!!?」


わかったんだ?


そう訴えようとした。
だけど、最後までは言わせてもらえなかった。


「すぐに分かる」

豪炎寺が腕に力を入れる。
オレはまた豪炎寺の胸に沈んだ。


「あんなに真っ赤な顔で、必死そうな目で見つめられたら誰だってな」


そう言って、愛おしそうにオレの髪にすり寄る。


「かわいすぎるだろ…お前…」


恥ずかしそうに呟く。
耳元で声が響いて、オレの肩はびくりと跳ねた。

ドキドキする。
豪炎寺が触れている所から、全身に熱が伝わって蕩けてしまいそうだ。
どうしよう…どうしよう…
恥ずかしくって、嬉しくって、どうしていいか分からなくて、オレはぎゅっと目を瞑る。


ピリリリリリ…


突然鳴り響く無機質な音。
ビクリと肩を震わせるオレと豪炎寺。
何の音かとあたりを見渡せば、豪炎寺の携帯だった。


「…悪い…」


少しばつが悪そうに呟く豪炎寺。
ふっとオレを閉じ込めていた腕が離れる。
豪炎寺が触れていた所は、もう何もないというのに、ジンジンと熱いような気がした。


「ううん…!あ…メール?」


まだ赤みの引かない顔を豪炎寺の方に向ける。


「ああ…おふくろだな…今日も病院に宿直らしい」


慣れたように呟いて携帯を閉じる豪炎寺。
いつもと同じ態度。
だけど、その瞳はどこか寂しそうだった。


「豪炎寺…」


「なんでお前がそんな悲しそうな顔をする?俺は大丈夫だ。」


オレがぽつりと呟けば、困ったように豪炎寺は笑ってオレの頭を撫でてくれる。
優しい優しい豪炎寺。
だけどたまに心配になるんだ。
豪炎寺は肝心な事を誰にも話さない癖があるから…


「でも…」


「本当に大丈夫だから。ほら、もう暗いし家まで送るよ。」


「うん…」


優しいけれど、どこか有無を言わせない瞳。
豪炎寺がこういう眼でオレを見つめる時は、大抵オレの事を思ってくれている時だ。
その気持ちが分かるから、オレはもう頷くしかない。


教科書とノートを鞄に詰めて、さっと豪炎寺の部屋を片付ける。
家の外に出れば、もうすっかり辺りは暗くなっていた。


「じゃあ行くか」


「うん」


歩き出す豪炎寺。
駆け足で追い付いて隣に並ぶ。

ふっと後ろを振り向けば、まっくらな豪炎寺の家。
周りの家は、暖かな明かりがともっているのに、ただ一軒暗いその家はどこか寂しげだった。








「まぁまぁ!わざわざありがとうね!豪炎寺くん。遠くまでごめんなさいね」


円堂家の玄関先でかあちゃんが申し訳なさそうに頭を下げる。


「勉強まで教えてくれたんでしょ?大変だったでしょー?」


そんなことを言うもんだから、オレは慌てて「かあちゃん!」と呟いて、かあちゃんの肩を小突く。


「いえ。とんでもないです」


困ったように豪炎寺が微笑む。
そのまま頭を軽く下げて


「じゃあ俺はこれで…」


そう言って踵を返した。


「あらあら…もう帰っちゃうの?」


オレの隣で母ちゃんが残念そうに言う。


「ありがとうございます。お邪魔しました」


そう言って、こちらを振り向いて軽く微笑んだ後、またさっと向こうを向いてしまう。

豪炎寺…帰っちゃうんだ…
そう思うと、頭の中にふと豪炎寺のまっくらな家が浮かんだ。
豪炎寺は今からあの家に帰ってしまうのか。
誰もいない家。
ご飯もテレビも1人、話し相手もいない家に帰って一人で寝るのか…

そう思うと、胸がぎゅーっと締め付けられて、気がついた時はオレは駈け出して豪炎寺の手をとっていた。


「円堂…?」


びっくりした顔の豪炎寺がこちらを振り向く。
その眼をまっすぐに見つめて、


「今日はカレーだから!」


オレは叫んだ。


「カレーは大勢で食べたほうが美味しいから…!豪炎寺、飯食って行けよ!!」


ぎゅーっと豪炎寺を掴む手に力を入れる。


「だが…」


困ったように豪炎寺が何か言いかける


「まぁそうね!それがいいわ!豪炎寺くん!そうしなさい!!」


後ろで母ちゃんも嬉しそうに笑う。


「ですが…」


それでもまだ豪炎寺は何か言いかける
オレはその言葉を途中で遮って


「ご飯はな、みんなで食べたほうが美味しいんだ!テレビだって大勢で見たほうが楽しいし…家に帰っても一人だなんて寂しいじゃないか!!」


必死に訴える。

オレは、今まで家に一人きりでいたことなんてないから、一人の辛さなんて全然分からないのだけれど…
真っ暗な家。
帰宅を喜んでくれるお帰りのない家。
そんなの…寂しすぎると思うから…


「円堂…」


そんなオレを豪炎寺はただただ見つめた。


「まぁ!豪炎寺くん今日一人なの?それはダメよ!ごはん食べていきなさい!ついでに泊まって行くといいわ!!」


オレの話を聞いていた母ちゃんがこちらに寄ってくる。
一瞬ぎょっとした豪炎寺は


「いえ…それはさすがに申し訳な…」


「泊まって行けよ!豪炎寺!!」


最後まで言わせない。
豪炎寺は困ったように見つめてくるけれど
これだけは譲れない。
お前が、オレの事を思ってくれるのと同じように、オレだってお前の事が心配なんだよ?


じぃーーーっと必死の瞳で豪炎寺を見つめる。
そんなオレの瞳に負けたように、豪炎寺ははぁとひとつため息を吐いて


「じゃあ…お言葉に甘えて…」


ぺこりとお辞儀をした。


「やったあああああ!!!」


両腕を高々と上げて、万歳をするオレ。
その隣で嬉しそうに笑う母ちゃん。
困ったように微笑む豪炎寺。


「それじゃあさっそく準備をしなくちゃね!」


そう言って、ぱたぱたと家に入って行く母ちゃん。

その姿を見送って


「行こうぜ豪炎寺!母ちゃんのカレーは最高なんだ!」


豪炎寺の手を取る。


「円堂…」


家に入る一歩手前、豪炎寺がオレを呼ぶ。


「ん?」


その声に振り向けば、照れたように微笑む豪炎寺が


「ありがとう」


そう言って、幸せそうに笑うから


「おう!」


オレは嬉しくって嬉しくって、満点の笑顔で笑った。




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