「ああ…もう…オレの大バカ…」




オータムフェスタ後編




「はぁ…」
11月最初の土曜日。
文化祭で賑わうこの高校。
そんな賑わいの中、オレ、円堂守は中庭で盛大なため息を吐いた。
先ほどまで、グランドで3on3のサッカー対決をしていた。
なのに、なぜこんな所にいるのかと言うと…


「円堂!行ったで!!」


「うっわっ…!!!」


我らが1年11組が、ただのメイド&執事喫茶ではつまらない!と、
一般の生徒相手に勝負を挑み、お客さんが勝てばお食事代をタダにする。
そういう企画を設けた。

オレは今、まさにその特別企画で、一般生徒相手に3on3サッカー対決をしている真っ最中だった。


「危なかった…」


相手が打ってきたシュートを寸での所で止める。
そのままリカにボールをパスして、リカが豪快に通天閣シュートを決めた所で、試合終了のホイッスルが鳴った。


「どうしたん?円堂!あんた今日おかしいで?」


なんとか、1組目との試合を終え、一息つくオレにリカが話しかけてくる。
その顔は、心配そうに歪んでいる。


「ごめん!ちょっとぼーっとしちゃって…」


オレは困ったように笑う。


言えるわけがなかった。
ピッチに立つ豪炎寺が気になって、ぼんやりしていただなんて…


「う〜ん・・・史上最強のサッカーバカの円堂が、プレー中にぼんやりするなんて…」


リカは頭を抱えて唸りだしてしまった。


「体の具合悪いんちゃうん?無理せんと休んどき!」


しばらく考えた後、ぽんと手を打って、そんなことを言い出した。

オレは慌てて、


「いや!ほんとに大丈夫だから!!」


手と頭をぶんぶん横に振りながらそう言った。


「いや、良くない。」


座っているオレの頭上から、低い落ち着いた声が聞こえる。
その声を聞いた瞬間、オレの肩はビクリとはねた。


「集中力のない状態でのプレーは怪我のもとだ。円堂。」


豪炎寺だ…

まっすぐに俺を写す瞳。
いつもなら、豪炎寺が何を言いたいのか、何を考えているのか、その眼を見るだけで分かるのに、
オレには今、豪炎寺の瞳が何を訴えようとしているのかが分からなかった…

その眼からさっと視線を外して、オレは「うん…」と小さく答えた。

豪炎寺は、そんなオレの頭をぐしゃぐしゃと撫でて、


「お前のいない間、オレ達がシュートは打たせん。」


安心しろ。


そう呟いて、


「おい!お前!選手交代な!キーパーやれ!」


「うぇえ!?俺!??」


クラスメイトの一人にキーパーを頼むと、さっと踵を返して、ピッチに戻って行ってしまった。
ああ…本当に…どこまでも優しい豪炎寺…


「ほんまに大丈夫?円堂、泣きそうな顔してんで?」


心配そうにオレの顔を覗き込むリカに、オレは力なく笑うしかなかった。










その後、間もなくして2組目との試合が始まり、オレは飲み物でも買って休んでいろ!とリカに言われたので、
グラウンドを後にして、この中庭で一人たそがれているという訳だ。


「はぁ…」


もう一度大きなため息をつく。

文化祭なのに、文化祭を楽しみもしないで、大好きな人まで傷つけて…
オレはこんな所でいったい何をしているんだ…

何ともいえない、やるせない気持ちになって、オレはだらりと項垂れた。

ジワリと目頭が熱くなる。
バカ!泣くな!泣くな!
自分に言い聞かせる。
ここで泣いたってどうしようもない。
きっと、本当に泣きたいのは豪炎寺なのに…
傷つけているおれが泣くなんて間違ってる…
それに、今ここで泣いてしまえば、みんなを下手に心配させるだけだ。


「円堂じゃないか?どうしたんだ?こんな所で。」


オレががっくりとうなだれていると、不意に聞こえいい声が耳に入る。

低く、落ち着いた声。
オレは、この声の主を知っている。


「鬼道…」


頭をあげて、声のした方を見る。

すると、黒縁の眼鏡をかけた鬼道が「よぅ」と片手を上げた。
隣には源田と佐久間が、同じように片腕を上げている。


「ふぇえ…きどうぅうーーー…」


「円堂!?どうしたんだ突然。」


慌てた鬼道がこちらに駆け寄る。
源田と佐久間も、慌てて駆けてくる。


「鬼道…オレ…オレ…」


久しぶりに見る鬼道の顔を見て安心したのか、タカが外れてしまったおれの涙腺は、流れる涙を止めてくれない。
そんなオレの背中をぽんぽんと撫でながら、鬼道は源田と佐久間に目配せした。

2人はこくりと頷くと、オレの頭をぽんぽんと撫でて。校舎の方に歩き去って行った。

鬼道は、オレの隣に腰かけて、背中を撫でてくれる。

暖かい鬼道の手が、俺の気持ちを落ち着かせてくれる。


「落ち着いたか?」


そう言って、鬼道はハンカチを差し出してくれた。
「ありがとう…」と呟いてハンカチを受け取る。
そのハンカチは、どこか高そうな雰囲気を醸し出している。


「何があったか聞いてもいいか?」


その高価そうなハンカチを使わせてもらうのは気が引けたが、鬼道の気持ちが嬉しくて、
借りたハンカチで、ぐしゅぐしゅ涙を拭っていると、鬼道が静かに聞いた。
眼鏡の奥の真っ赤な眼はいつになく真剣だった。

オレは、こくりと頷くと、ぽつりぽつりと話し始めた。

オレが豪炎寺を好きなこと。
そのせいでまともに顔も見れなくて、豪炎寺を傷つけてしまったこと。
謝りたいけれど、どうしていいか分からないこと。
こんなこと、誰彼かまわず言えるような話じゃないのだけれど…
なぜだか鬼道には聞いてほしいと思った。
鬼道は大事な仲間で友達で…
鬼道の前だと、言いにくいこともすらすらと言葉になって出てくる。


オレがたどたどしく話をする間、鬼道は黙ってオレの話を聞いてくれていた。


「そうか…それで一人で悩んでいたのか…」


オレが何とか話し終わると、鬼道はやっと口を開いた。

眉間に刻んだ皺が真剣にオレの話を聞いてくれたのだと、そう物語っている。

オレはその鬼道の気持ちが嬉しくて、微笑んだ。


「聞いてくれて、ありがとう鬼道。」


ふにゃりと笑うと、鬼道はこちらをじぃっと見つめて、


「お前は、お前が自分の気持ちを言えば豪炎寺が困ると思っているようだが…」


ぽんぽんと頭を撫でてくれる。


「人の好意というものは、無条件に嬉しいものだよ。」


嬉しい?オレの気持ちが?


きょとんと鬼道を見つめる。


「それに、豪炎寺はお前が気持ちを伝えた所で、お前をけむたがったりするような男じゃない。」


優しく、甘やかすように、鬼道は続ける。


「お前ほどの人間が惚れた男だ。大丈夫だよ円堂。」


ふっと笑うと、オレを眼をまっすぐに見つめる。
それにな…
そう鬼道は付け足して、先ほどの笑みを引っ込める。

「一人で悩んでいても何も解決しないぞ。
誰にも相談しないで悩むこと…それは、誰も信用していないのと同じことだ…
お前は豪炎寺の事を信用していないのか?」


鬼道にそう聞かれて、オレはぶんぶんと首を横に振る。
オレを見つめる鬼道の目は真剣だ。


「安心して、お前の気持ち全部ぶつけてこい。何を悩むことがある。
お前は、その真っ直ぐさと情熱で、いくつもの困難を乗り越えてきたじゃないか。
こんな所でうじうじと立ち止まっていてどうする。」


射抜くような眼。
その眼に、オレは心の中のもやもやのさらにその奥の、本心を見られたような気がした。

豪炎寺に気持ちを伝えて、豪炎寺を困らせたくない。
確かにそう思っている。
だけど…だけど…本当は…
ただ、怖かったんだ。
嫌われるんじゃないかって。
オレの気持ちを伝えるのも、その後の豪炎寺の気持ちも…
ただ、逃げていただけだったんだ。


「ごめん鬼道…オレ…らしくなかったな…」


ぐいっと涙を拭って鬼道を見つめる。


「そうだよな!一人でうじうじ悩んでたって何にも解決しないもんな!豪炎寺が…オレのことどう思うかなんて、豪炎寺にしか分からないのに…
オレは勝手に豪炎寺の気持ちを決めつけて…嫌われたくなかったからって逃げ出して…
オレ…豪炎寺のこと。信用してなかったのかも知れないな…」

オレのその言葉に、眼鏡の奥の赤い眼が嬉しそうに細められる。
その眼にオレはとてつもない勇気をもらったような気がした。


「ありがとう!鬼道!!オレ、豪炎寺んのと所に行ってくる!」


オレは勢いよく立ち上がる。


「それでこそ、円堂守だ。」


そんなオレを見上げて、鬼道は満足そうに笑った。

その笑顔に、オレも満面の笑顔で応えて、グラウンドに向かって駆け出した。








「豪炎寺!」

はぁはぁと息を切らせてグランドに向かって叫ぶ。
が、そこに豪炎寺の姿はない。

どこへ行ってしまったんだろう…
きょろきょろとあたりを見渡すと、ちょうど、特別企画の申し込みがあったのだろうか?
オレのクラスメイトの女子テニス部が、2人テニスコートに向かおうとしている所だった。


「なぁ!豪炎寺しらない?」


オレは急いでクラスメイトに駆け寄ると、はぁはぁ荒く息を吐きながら問い詰めた。


「円堂くん?どうしたの?そんなに慌てて…」


「豪炎寺くんなら、さっき3on3が終わって教室に戻って行く所を見たよ?」


一人の女子は、びっくりしたように眼を見開いて。
もう一人の女子は、オレの只ならぬ雰囲気に、少し慌てて話してくれた。


「そっか!サンキュ!」


豪炎寺の居場所を聞くなり、オレは踵を返して、お礼の言葉もそこそこに、校舎の方に駈け出した。

昇降口には、上級生の出店しているお店がずらりと並び、人も多い。
人の波を掻きわけて、オレはまっすぐに前を見つめて走る。


豪炎寺…


教室にいるであろう、大好きなあの人の事だけを考えてオレは走った。






ッバァアアアン!!


オレが勢いよく1年11組の教室の扉を開ければ、教室にいた大半の生徒がこちらを振り向く。
しんと静まり返った教室。
みんな、目を見開いて、固まったように動けないままこちらを見つめている。

オレは、そんな人たちの視線を完全に無視して、目的の人物を探すことにただただ集中していた。


「豪炎寺!!」


教室の隅、受付件スタッフルームと名を打った、机を並べて作ったスペースに
同じく、固まって動けないでいる豪炎寺を見つけた。

オレは、真っ直ぐにそちらを見つめたまま、ズンズンと歩みを進める。
オレが横を通るたびに、ぽかんと口を開けて、呆けた人たちに視線を投げかけられるがお構いなしだ。


「一緒に来てくれ!」


ぎゅっと豪炎寺の手を握る。
豪炎寺の手の暖かさに、ドキリと胸が脈打つ。
さっきまで頭に血が上って冷静さを欠いていたオレの頭が、こんな時になって動き始めたらしい。
豪炎寺と手を繋いでいるというこの状況が、これから、一世一代の大告白をしようとしているという状況が、
やけに鮮明に頭の中で理解できてしまって、どんどん脈が上がる。
顔を真っ赤にしてしまったオレを、不思議そうな顔で覗き込んでくる豪炎寺。
その顔に、またオレの心臓は早鐘のようになりだして…


「うわっ…!」


豪炎寺が小さく声を上げる。
オレはお構いなしに豪炎寺の手を引いて駆け出す。

教室の扉から出ようとした所で、クラスメイトが慌ててオレの、豪炎寺と繋がっていない方の腕をつかむ。


「おい!お前らどこいくんだよ?!」


慌てたようにかけられたその声に、オレは顔を真っ赤にしながら


「豪炎寺は今日、これからオレの専属執事なの!!!」


とやけくそに叫んで、掴まれていた腕を振り払う。


ぎゅっと、豪炎寺の手を握り直して、オレは一目散に駆け出す。


「あ!おい!円堂!」


クラスメイトの声がやけに遠くに聞こえる。
いつもはそんなことないのに、今日はやけに廊下が長く感じる。
ドキドキと心臓の音だけがやけにリアルに耳に響いて、豪炎寺と繋がっている手だけがいやに熱くて、
その熱に、オレは蕩けてしまいそうだった。








オレは熱くなって回らなくなってしまった頭で、無茶苦茶に走って走って、結局屋上に来てしまっていた。
はぁはぁと息をつくオレと豪炎寺。
バタン!と扉を閉めた先には、真っ青の雲ひとつない秋晴れの空が広がっている。
誰もいない屋上は、秋特有の肌に気持ちいい風が吹いている。


「どうしたんだ?円堂。急にこんな…」

まだ息の上がっているオレの隣で、同じくまだ息が整っていない豪炎寺が尋ねる。
小首をかしげて、不思議そうにこちらをうかがう瞳は色っぽくて何ともいえない。
うざったそうに、くずれた前髪を掻き上げる仕草をすれば、オレは今にも倒れてしまいそうになった。

思わず逸らしてしまいそうになった眼を、必死の思いで留めて、オレは口を開く。


「あの…さ…豪炎寺…」


まっすぐに見つめてくる豪炎寺の視線が痛い。
心臓がドキドキする。


「最近…オレ…豪炎寺のこと避けちゃってごめん…」


必死の思いでそれだけ呟く。
すると豪炎寺は、「ああ…」と少しばつが悪そうに呟く。


「いや…いい…というか、俺が何かお前を怒らせるようなことをしたんだろうか?」


困ったように見つめる。

オレは、そんな視線が居たたまれなくなって、目を閉じてぶんぶんと首を左右に振る。


「豪炎寺は…何も悪くないんだ…!悪いのはオレなんだ…」

俯いて、ぎゅーっとこぶしを握りしめる。
その拳から、ジワリと汗がにじむ。


「オレ…豪炎寺が好きなんだ…」


震える拳。
とまれ!とまれ!震えるな!
そう自分に言い聞かせて、顔をあげる。

見れば、豪炎寺は心底不思議そうな顔をしている。


「俺も…お前のことが好きだが?」


豪炎寺はそういって、首を傾げる。


ああ…違うんだ豪炎寺…
その好きとは違うんだよ…


オレは、ふるふると首を横に降って、


「違うんだ…」


そう力なく呟く。

豪炎寺は、何も言わない。


「違うんだ…豪炎寺…オレは…仲間とか、家族とか、そういう気持ちで豪炎寺が
好きなんじゃないんだ…」


胸のドキドキは止まらない。
逃げ出したい足を必死にこらえて、オレは豪炎寺を見つめた。

豪炎寺もまっすぐにこちらを見ている。

恥ずかしい。逃げたい。
でもだめだ。オレは伝えなくちゃ。
この気持ち。
ちゃんと豪炎寺に伝えたい。


「オレは…豪炎寺に…恋…してるんだよ…?」


そうたどたどしく呟いたオレを、豪炎寺は目をまんまるに見開いて見つめている。


ああ…豪炎寺困ってる。
そりゃそうだ。
今は女の子とはいえ、オレは元々男の子なんだから。
気持ち悪いって、あり得ないって思ってるかな?
ごめんな豪炎寺。

困らせてごめん。

でも、ダメなんだ。
止まらないんだ。
豪炎寺が好き。
サッカーをしてる時のきりっとした横顔が好き。
授業中の少し眠たそうな顔が好き。
オレの頭を撫でる優しい大きな手も好き。
全部全部。
豪炎寺の全部が好き。


「オレ、豪炎寺のこと…ほんとに好きなんだ…だから…オレ…緊張して…うまく豪炎寺と話しできなくて・・・」


傷つけてごめん。


聞こえないくらいの小さな声で呟く。
ダメだ…なんだか涙が出そうになってきた。
女の子になってから、オレは本当に涙もろくなってしまった。

泣いている所なんて、豪炎寺に見られたくなくて、オレは豪炎寺に背を向けて、屋上から立ち去ろうとした。

が、それはできなかった。


「わっ…!」


振り向いたオレの腕は、オレよりも大きな手に掴まれて、
力任せにひっぱられ、ボスッと何か温かいものにぶつかった。


「円堂…」


それが豪炎寺の胸だということに気付くのに時間はかからなかった。


「豪…炎……寺…?」


ぎゅーっと腰に腕を回して、抱きしめてくる豪炎寺。
オレはついに流れ出してしまった涙を拭うのも忘れて、ただただ豪炎寺を見つめる。
オレの肩に顔を埋めたままの豪炎寺。
オレが不思議そうに豪炎寺の頭を眺めていると、豪炎寺が顔を上げる。


(う…わぁ…)


赤らんだ頬、幸せそうに上を向く唇、優しく細められた目。
こんなに甘い豪炎寺の笑顔を見るのは初めてだった。


「お前…俺の事が好きって…本当?」


蕩けた笑顔のまま、豪炎寺がそう聞く。
オレは、涙を拭うこともしないで、「うん…」と小さく頷く。

途端、ぎゅーっとさらに力をこめて抱きしめてくる豪炎寺。

オレは訳が分からなくて、もぞもぞ動いて、豪炎寺の腕から抜け出した。

正面から豪炎寺の顔を見つめる。
涙ですっかり曇ってしまったオレの視界は、豪炎寺が今、どんな顔をしているのか教えてはくれない。


「ごめんオレ…嫌だよな?オレ…なんかに…こんな…」


好きだなんて…


俯いて呟く。
最後の方は、声がかすれて聞こえていなかったかも知れない。
ぽたぽたと涙が固いアスファルトに落ちる。


「何が嫌な事がある?」


オレの頬を温かいものが包む。
ぐいっとオレの目から流れる涙を拭ったのは、豪炎寺の大きな手だった。

視界の晴れた先に見えた豪炎寺は、真っ直ぐにオレを見つめている。


「だって…オレ…元は男なのに…」


せっかく拭ってもらっても、後から後から涙がこぼれては豪炎寺の手を濡らす。


「気持ち悪いだろ…?ごめんよ…豪炎寺…」


ひっくひっくとしゃっくり上げながら話す。
言葉になんかなってないのに、豪炎寺は、オレの涙をずっと拭って、オレの話を辛抱強く聞いてくれた。


「バカだな…」


そうぽつりと呟いて、豪炎寺がオレの頬から手を離す。
豪炎寺の手が離れて、涙を拭ってくれるものがなくなって、俺の視界はまたもやもやと曇ってしまった。
オレはそのまま眼を瞑る。
目に溜まっていた涙がぽろりと頬を伝って落ちた。


「本当にバカだな…円堂…」


やけに優しい豪炎寺の声が聞こえたかと思うと、ふわりと温かいものに包まれた。
大好きな豪炎寺の匂いがして、びっくりして眼を開けると、優しい豪炎寺の笑顔がすぐ側にあった。


「俺もお前の事が好きだよ。」


きゅっと豪炎寺が腕に力をいれる。
そこで初めてオレは、豪炎寺に抱きしめられているのだと気付いた。


「え…?」


「俺も、お前と同じ気持ちでお前の事が好きだよ。」


円堂。


愛おしそうにオレの名前を呼んで、豪炎寺が微笑む。

豪炎寺が…オレのことを好き…?

オレと同じ気持ちで…オレの事を…好き…?

理解するのに時間がかかって、目をぱちぱちと瞬かせる。
その度に、目からほろほろと涙が零れる。

豪炎寺はそんなオレの顔を、幸せそうに見つめて、大きな手で涙を拭ってくれる。


「好きだよ円堂。ずっと好きだった。」


蕩けるようなその笑顔に、オレは自分の気持ちが豪炎寺に受け入れられたのだと気付いた。


「豪…炎寺…大好き…」


途端、流れだす涙。
嬉しいはずなのに止まらないオレの涙を、幸せそうに、困ったように拭ってくれる豪炎寺。
優しい優しい豪炎寺の腕の中でオレは、今までにないくらい泣いた。








「大丈夫か?」


オレの背中を撫でる豪炎寺が声を駆ける。
豪炎寺の腕の中で、オレはしゃっくり上げながら「うん…」となんとか返事をした。
ぽんぽんと頭を撫でて豪炎寺がオレの体を開放する。
不意に離れた豪炎寺の体温が、寂しかったけれど、体を離した瞬間に目に入ってきた豪炎寺の笑顔に、
オレは寂しさも忘れて、ただただ赤くなって俯いた。

屋上の入口にもたれかかって、隣り合って座る。
オレ達の間に、穏やかな空気が流れる。
オレはふと、豪炎寺に冷たくしたことをきちんと謝ってないなと思い立った。
さっきは緊張して、頭の中がぐるぐるでうまく伝えられなかったから。
オレは豪炎寺に向き合ってぺこりと頭を下げる。


「豪炎寺、その、最近冷たい態度とっててごめんよ…なんだか緊張して…その…うまく話せなくて…」

しょんぼりとオレは呟く。

すると豪炎寺は「あ〜…」と短く唸って頬を掻く。


「あれはまぁ…お互い様だからな…」


そう言ってなぜか豪炎寺が苦笑する。

お互い様?

オレは訳が分からなくて、頭に?マークを並べる。
豪炎寺は、そんなオレを見てくすりと笑うと、ぽんぽんとオレの頭を撫ぜて


「オレも、お前の事が好きで好きで、冷たく当たったことがあったからな。お互い様だ。」

そう言った。

冷たく?
そういえば、豪炎寺がオレに冷たい態度をとったことがあった。
あの時は、オレは自分の事でいっぱいいっぱいだったし、恋っていう気持ちもよく分からなかったから…
豪炎寺に嫌われたと思ってただひたすらに悲しかったんだ…
あの日、泣いていたオレに秋は大丈夫だよ。いつか分かる日が来るよと言ってくれたっけ…
なんだか、わかった気がする…

今になっては簡単なことだ。その時の豪炎寺は、今回のオレと全く同じ状態だったわけで、
それはつまり…


「もしかして…豪炎寺…あの時からもう、その、オレのこと、好きだったのか?」


「…まぁ…そうだな…正確にはそのもうちょっと前だが…」


しれっと言い放つ豪炎寺。


豪炎寺がそんなに前からオレの事を好きだった。
その事実に嬉しさと、恥ずかしさがいっぺんに押し寄せて、頭にかぁっと血が昇る。


「〜〜〜!!!言ってくれたらよかったのに!!」


恥ずかしさを隠すように、顔を真っ赤にして食いつく。

すると豪炎寺は心外そうな顔をして、


「俺は言ったよ。好きだって。だけどお前は、友達や家族への好きと勘違いして全然気付いていなかったじゃないか。
あげくに風丸との昔話をしだしたりして…」


「わぁああああああ!!それ以上は言わないでくれっ!!」


恋という気持ちの苦しさを知って、自分の気持ちを伝えることの怖さを知った今、
豪炎寺がどんな気持ちであの時オレに「好き」と言ったのか…
そう考えると、昔の無知な自分の行動が情けなくて、恥ずかしくて…

うううう…とオレが悶絶していると、くっくっと豪炎寺が笑って、オレの手を握る。


「俺はお前のそういう所が好きなんだから、別にいいんだよ」

と嬉しそうに笑った。

その笑顔が、あまりにもかっこよくって幸せそうで、ドキドキ高鳴る心臓に、
何も考えられなくなってしまったオレは、真っ赤になって俯いて、豪炎寺の手をゆるく握り返した。












教室に戻ると、がやがやとやけに教室が騒がしい。
何事かと、オレと豪炎寺は顔を見合せて教室を覗く。


「あ!帰ってきた!!」

「もーーーお前らどこ行ってたんだよ!!サッカーの3on3の希望者がこんなに!!」


今にも泣きだしそうな男子生徒二人に囲まれてオレ達は慌てる。

「ご…ごめん…!!」

「悪かった…」


男子生徒達のあまりの弱りっぷりに、本当に申し訳ないことをしたと、オレと豪炎寺は素直に謝った。


「遅かったな。円堂。豪炎寺。」


「鬼道?」


教室の中からは、先ほどオレを見送ってくれた鬼道の姿があった。


「お前らが、3on3で対決してくれると聞いて、ここまで来たのに…」


「源田!!?」


「対決したいお前らがいないんじゃ意味ないだろ?」


「佐久間まで…」


鬼道の後ろから次々と見知った顔が出てくる。


「そうですよまったく。我々を待たせて…呪いますよ?」


「幽谷…」


「まったくこれだから都会モンは困る!!」


「水前寺…?よく来れたな…」


「お!やっと帰ってきましたか!わが秋葉名戸が直々にお貸ししたメイド衣装、良く似合ってるじゃないですか。萌!!!!!」


「漫画…ていうか、これって秋葉名戸から借りたものだったの…?」


続々と現れる他校のサッカー部。


「一般人ならともかく、本物のサッカー部なんか相手に出来ないよ!」


「ほら!豪炎寺!円堂!」


男子生徒に背中を押されて、外に出される。
廊下の先、昇降口に続く階段の前には、リカが大きく手を振っている。


「はら!あんたら!ぐずぐずしとらんと行くで!!」


小脇にサッカーボールを抱えてウズウズしている。

オレと豪炎寺は顔を見合せて笑うと。


「行くか?円堂。」


「うん!!」


二人一斉に駆け出した。








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 完 結 し ま し た 。

長い間お付き合い下さり、本当にありがとうございます!!
言いたい事や語りたい事がたくさんあるのですが、今日はひとまずこの辺で…

ここまで読んでくださって本当にありがとうございます!!!






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