「ねぇねぇ聞いた?」
「聞いた聞いた!」
「1年11組の出し物!」
「メイド&執事喫茶!!」
「豪炎寺くんも執事やるのかなぁ?」
「きゃあ!超見たい!」
(なんだろう...もやもやする...)





ビフォア6





「ぜっっっったいに着ないからなぁああああ!!!!」


全学年11組からなるこのマンモス校の1年生棟の一番端。
11組から絶叫が響く。


「いーじゃねぇか豪炎寺!絶対似合うって!」


「いーやーだー!!!」


執事の格好をした男子数名に囲まれる豪炎寺。
服を無理やり着せ返されるのを必死で抵抗している。
それを哀れな目で見つめるオレ、円堂守。

10月。
オレ達の学校は1週間後に控える文化祭の準備で賑わっていた。
マンモス校だけあって、文化祭当日は盛大な盛り上がりを見せる。
全クラス必ず何か出し物をしなければならないこの高校。
強制参加とは名ばかりで、各クラス文化祭に望む気迫は並々ならぬものだ。


「大体、俺はイヤだと言ったんだ!」
必死で逃げ回りながら豪炎寺が叫ぶ。


「それをお前らが、最近流行のメイド喫茶と執事喫茶やりたい!と勝手に話をすすめたんだろうが!」


「だってお前結果的に多数決で決まったんだから仕方ないじゃねーか!」


じりじりと男子が豪炎寺に詰め寄る。

「くっ...ヒートタックル!!!」

「うわぁああ!」

「あ!豪炎寺が逃げたぞ!」

「追え!追えーーー!!」

壁に追い詰められた豪炎寺は、冷や汗を流しながらドリブル技を繰り出す。
気迫漲るその技に、誰も敵う訳も無く、豪炎寺は教室から出て行ってしまう。
それをバタバタと追いかける男子数名。

その姿を見てオレはぷっと吹き出す。
俺のクラスである1年11組は、全クラスの中でも特に仲がよくて、高校生とは
思えないくらい子供っぽい。
どんなことにも...勉強以外にはだが...一生懸命で、特にこういった行事
ごとにはみんな本気だ。
5月に行われた体育大会でも、史上初、1年生での全校優勝に相成ったのも、そ
んなクラスの毛色があってこそだ。


「はい。円堂くんばんざーい!」


足元から秋の声が聞こえた。
その言葉のままにオレは両手を大きく上に上げた。


「ええとウエストがこれで...胸が...やっぱり円堂くんスタイル良いねぇ。毎日あれだけ運動してれば当たりまえかぁ。」


オレの体の寸法をメジャーで測りながら秋がほぅとため息を吐く。


「そんなことないよ。秋の方が美人だし、スタイルだっていいじゃんか!」


オレが慌ててそう言うと、秋は


「もう!円堂くんったら...」


と、恥ずかしそうに笑った。


「豪炎寺確保したぞー!」


オレの体の寸法を測り終わった丁度その時
勢いよく教室の扉が開く。
満面の笑みの男子が数名に、ずるずると引きずられるようにつんつん頭が扉の向
こうに少し見える。
ああ…豪炎寺ぐったりしてる…
オレは微笑んだ。
が、教室に入ってきた豪炎寺の姿を見た瞬間、オレは固まってしまった。


「円堂...」


そう力なくこちらを見つめてくる豪炎寺は、いつもの学生服ではなく、
黒のスーツに白いワイシャツ。
黒のタイにストライプのスラックスと言った、執事姿だった。

うわぁ豪炎寺…

オレは近づいてくる豪炎寺から目を離せない。
ドキドキと高鳴る胸が苦しい。

真っ赤な顔で固まっているオレを心配そうに豪炎寺が覗き込む。


「大丈夫か?円堂...顔が真っ赤だが…」


「うわぁああああ!!!」


豪炎寺がオレの額に触れる。
オレは恥ずかしくて、ドキドキして、何がなにやら分からなくなって、
大声で叫んで、教室から逃げ出した。


「どこへ行く円堂!!」


教室からオレを呼び止める豪炎寺の声が聞こえたが、オレは聞こえない振りをし
て廊下を走った。


とぼとぼと中庭を歩く。


ドキドキと高鳴る心臓はまだ収まらない。
オレ…変だ…
豪炎寺を見るとドキドキする。
緊張して、いてもたってもいられなくて、逃げ出したくなる。
豪炎寺の事、大好きなのに、逃げたくなるなんて変だ。

先ほどの豪炎寺の顔が浮かぶ。
疲れきった様に目を細めて、こちらを見てくるいつもとは違う雰囲気の豪炎寺…

うわぁあああ!!

思い出して、オレはまた顔が赤くなるのが分かった。


「1年11組のサッカー部の髪の毛が銀色の子、何て名前だっけ?」


オレがあわあわしていると、先輩だろうか?
楽しそうに話をしている女子の二人組とすれ違う。

その会話の中に気になる単語を見つけて、オレはいけないと思いつつつい聞き耳
を立ててしまう。


「豪炎寺くん?」


「そうそう!豪炎寺くん!彼、格好よくない?」


「あ〜…そうだね。結局レベル高いよね。」


「文化祭、彼のクラスって執事喫茶するんだって!私、絶対見に行こうっと。」


彼女達はそう楽しげに話して、2年のクラス棟に歩いていった。

オレは爪先からすぅっと身体が冷たくなるような感覚に襲われた。

どうしよう…

あんなかっこいい豪炎寺を見たら…きっとみんな豪炎寺を好きになる…
そんなの…なんだか嫌だ…
そう思ったところでハタと気付いた。
別に、豪炎寺が別の女の子に好きって言われたっていいじゃないか。
オレは豪炎寺の友達なんだから、豪炎寺がみんなに好きって言われたら嬉しいは
ずだ。
だけど、オレの胸はズキズキ痛んで、苦しい。
なんでだ?オレ…豪炎寺に好きな人が出来たらって考えたら...悲しい。
なんで?なんで??
…オレ…変だ…


ぼんやりと空を見上げる。

ああ…空はこんなにも蒼く晴れ渡っているのに…

オレ心は嵐の夜みたいに騒めいて…


「もぅ〜…何なんだよ…」


誰もいない中庭で呟いた。




その後のオレはダメダメだった。
教室に戻った後、心配して話しかけてくれた豪炎寺と目も合わせられないし、
話をするのもドキドキして恥ずかしくて、なるべく話をしないように避け続けてしまった。
帰りしなに声をかけてくれたのだけど、「今日は忙しから!」と逃げるように教室から出てしまった。


「何やってるんだろう…オレ…」


夕焼けで真っ赤に染まる河川敷の土手を歩きながらオレ呟く。
最後、慌てて教室を出た時に見た豪炎寺の顔、傷ついたみたいな顔してた…

オレ…最悪だ…

じわっと目の奥が熱くなる。
豪炎寺と話したい。
豪炎寺と一緒にいたい。
でもダメなんだ…
豪炎寺といると、ドキドキして、足が勝手に動いて逃げちゃうんだ…
ごめん豪炎寺…
オレ…バカ…

しょんぼり立ち止まると、遠くからオレを呼ぶ声がする。


「円堂くーん!」


「…秋…」


一生懸命手を振りながら秋が駆けてくる。
オレは、知らぬ間に流れていた涙をごしごし拭って手を振る。


「どうしたんだ?」


オレが聞くと、秋はハァハァと肩で息をしながら笑って、


「一緒に帰りましょう」


と笑った。






「円堂くん、何かあったの?」


ゆっくりと土手を歩きながら秋が尋ねる。


暖かいその笑顔に、オレのざわついていた心は少し穏やかになって、
秋にならなんでも話せるような気がした。


「実は…さ…」


オレは今日感じた不思議な気持ちを秋に話た。


オレがたどたどしく話すのに、秋はうんうんとやわらかく相槌を打ってくれる。
オレが何とか最後まで話し終わると、秋は少し考えた後こう言った。


「それは円堂くんが豪炎寺くんのこと大好きだからそうなっちゃうんだよ。」


とふわりと笑った。


大好きだから逃げたくなる…
前にも秋から同じようなことを聞いた気がする。
それは豪炎寺がオレに冷たい態度をとった時だ。
その時も秋は落ち込むオレに大丈夫だと。
豪炎寺はオレの事が大好きだからと元気づけてくれたっけ…
だけどそこで不思議に思う。


「オレ…秋やみんなのことも大好きだけど…逃げたいと思ったりしたことないぞ?
秋がみんなに好きって言われたら、オレも嬉しい!」


オレはそんな考えを丸ごと秋に投げかける。
すると秋は少し困ったように笑う。


「ありがとう…でもね、円堂くん。豪炎寺への大好きと私への大好きは全然違うんだよ。」


みんなと豪炎寺への好きは違う…
好きな気持ちに違いなんてあるのだろうか…


「円堂くんは豪炎寺くんに恋しているのね。」


こい?
鯉?

オレが分からないって顔をしていると、秋はふふっと楽しそうに笑って、


「円堂くんが、豪炎寺くんを見てドキドキしてる時って、嬉しい時じゃない?」


と聞いた。


そう言われて考える。
豪炎寺にドキドキする時…
豪炎寺が傍に居てくれて、俺に優しくしてくれた時ドキドキする。
オレを見つめて、優しく微笑んでくれた時、ドキドキする。
豪炎寺の顔が浮かんでは消える。
オレは胸の奥が温かくなるのを感じた。


「うん…嬉しいとドキドキする。」


ふにゃりと笑ってそう言えば、秋は嬉しそうに笑って頷いてくれた。


豪炎寺に見つめられてドキドキする気持ち。
豪炎寺を独り占めしたいもやもやした気持ち。
この気持ちは豪炎寺だけの特別な気持ち…
そう考えると暖かくて恥ずかしくて、不思議な気持ちになった。
でも、この気持ちは嫌じゃない。
嬉しくなったり、悲しくなったり、大変だけど、すごく温かい。
ああ…こんな気持ちに今まで気が付かなかったなんて…

オレははぁと1つ息を吐くと、隣でこちらをじっと見つめている秋に向き直って


「ありがとう!秋!」


と大きな声で笑った。
オレが笑うと秋は最初びっくりしたような顔をしたけれど


「どういたしまして!」


満面の笑顔で笑った。

その顔は、夕日に照らさせてとても綺麗だった。




次の日。
恋という素敵な気持ちの正体が解って、朝日が綺麗な爽やかな朝。
オレは元気よく教室の扉を開ける。

「おはよー…っっ!!」


「円堂。」


教室の中に大好きなあの人の姿を見つけてオレの体は一気に体温が上がる。


「円堂、あのさ…昨日…」


「うわぁああああ!!!!」


豪炎寺がオレの側に来たとたん、オレの心臓はこれまでにないくらいドキドキと高鳴って、
オレは居てもたってもいられなくて、大声をあげて教室から逃げだした。


「なっ…!!またか!円堂!」


教室の中から慌てた豪炎寺の声が聞こえた様な気がしたけど、
心臓のドキドキがうるさくてよく聞こえない。

ばたばたと廊下を走りながら、オレは泣きそうになりながら考えた。

今まで訳が分からなかった気持ちの正体が恋だと解って、
少しは豪炎寺とも普通に話ができるようになるかと思っていたけど…


(悪化してるじゃん!!もーオレのバカぁああああ!!!)


頭の中で叫んで、オレは逃げる速度をさらに上げた。




文化祭まであと6日。








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円堂さんがやっと気持ちに気付きました…!!!

少し円堂さんを鈍くしすぎましたね…汗





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