戯れる
 人間はこと面倒臭い生き物だとアレスは思う。キスの一つにも意味をつけなければならぬなんて、それこそナンセンスな話であろう。自ずから触れる、という好意の中に含まれる感情を細かく分けて何になるのだろうか。確かに好意にも種類がある。しかし、それはお互いの関係の中で育まれていくものだから、普段から思い合い、ちゃんと伝えあっていれば態々細分化して相手に伝える必要なんて生まれないはずなのだ。いや、違う。アレスは口にして、笑う。好意は好意である。それ以上に必要な事実など、己がキスの間に含まれないというのに、人間はややこしい。そして、愚かだ。

「もし、キスをする箇所にさえ意味があるのなら、俺は子ども達の何処にキスをしていいのか分かんなくなるよ。だって、人間の言葉に、額の上は友情のキスだとあるんだから、額にキスは出来ないし。親子は何処にキスをし合えばいいのか、兄貴は知ってる?」
「さぁ、知らんな」

 革張りのソファに身を沈めたヘパイストスは、そっけなく返して、首を回した。コキリと小気味よい音が響く。アレスは兄貴が知らないなら、俺が分かるわけもないかと呟いて、その横に身を沈めた。ソファは硬質な見た目に反して驚くほど柔らかい。不意に声がした。

「でも、それに縋らなあかんくらい、人間は愚かなんやろうなぁ」
「兄貴?」

 ヘパイストスはアレスにキスをする。
 アレスはヘパイストスにキスをする。

「…例えば、今兄貴がしたように?」 
「例えば、お前が今したように」

34.戯れる

 それでも、所詮俺たちには関係のない世界なのだと、アレスはヘパイストスのキスを受けたそこをなぞりながら、ほがらかに笑った。


――――――――――
 気持ちがまっすぐに届かないことを嘆くのに、間接的に表すことで傷つくことを避ける人間の恐れを、愚かだと神は笑うのだろうか。(もしかしたら、ね)

2012.02.29


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