(大人戦×火:甘:最中)





俺は元々口数が多い方じゃない。
話し掛けられば応えはする。けれど、それも必要最低限の事項を二言三言返すだけだ。そもそも、話し掛けられることがまず稀な時点で、言葉なんて徐々に失われていくものだろうに。それでも周りは言葉を欲しがって、勝手に傷付いて、勝手に俺を蔑んだ。「彼の神は外見こそ美しくあれど、所詮中身は獣と変わりない粗野なお方であるから」と繰り返し囁かれて狂う神経を遮断して、また一つと言葉をなくした。お前達みたいなものにかける言葉(優しさ)なんていらないって気付いたら、益々言葉は失われて消えていった。

その一方で、母様や大好きな相手に向かう言葉は増えていった。大好きで大好きで、嫌われるのが怖くて怖くて怖くて、俺への言葉が失われるのがそら恐ろしくて堪らない。大好きだと、愛してると囁く言葉はいつも心の底から溢れているのに、反対に重さを失って相手には届かなくなっていった。なんで?どうして?ぐるぐるとループする問いの中で俺は応えを失って、言葉も繋がりも全部全部消してしまえば楽になると、自ら引き金を引いた。それもずっと昔のことだけれど。

ああ、でも、それでも、あの人の隣は、あの人の隣だけは居心地が良かった。

何も話さずに黙々と草を弄る幼い俺に、ただただ無言で付き従う彼とのあの空間。否定されない。されど肯定もされない。ふわふわと宙に漂うような意識の中で、ふと目が合った時に言われたあの言葉。

「散歩しようか、アレス」

まるで俺の意識を汲み上げたみたいに、自然と耳に入ったその言葉に小さく頷いた。立ち上がれば当然の様に差し出されている手、柔らかく弧を描く口元、日だまりみたいな目。望んでいたもの全てを与えられ戸惑うように尋ねた「なんで?」は、「私がアレスを大好きだからかな」の一言で全て解けた。そうか、好きだから分かるのか。俺を好きになってくれる人がいるのか。それは俺にとって奇跡みたいな出来事だった。

だから、こんなこと二度と起こることなんてないと思っていたんだ。





「…えらい大人しいなったなぁ」

不意に戻された意識に戸惑いながら、ごめんなさいと呟いた。こんな気持ち良いことしてる最中でも飛ぶ自分が信じられなくて、何度も謝ろうとする。あ、でも無理だよな、口にこんな物を噛まされれば。はぐはぐと押し込められた布地を噛みながら見つめると、まるで良い子だと褒めるように頬を、髪を撫でられた。それが嬉しくて頬擦りする。犬みたいだと罵られてもこの指が好きで堪らなかった。勿論、言葉にしたことはない。それなのに増えていく指での愛撫は、有り得ない小さな奇跡の一つだ。

「ただ、あんまり気持ち良さそうにされるんもなぁ…自分、今の立場分かってる?」

両手縛られて、口に布突っ込まれて向かい合いながらアンタを抱いてますけど。
証明するように一カ所一カ所動かして、最後に突き上げたソコ。くぐもった声が鎖骨にかかって擽ったい。

「…っ、…阿呆が」

赤い顔にニコリと微笑み、ぐしゅりと布地を噛む。キスできない歯痒さに縄が軋む程腕を動かせど、ああヤダヤダ。兄貴笑ってるし。なんだか悔しくて肩に顔を埋めてみたら、鼻孔一杯兄貴の匂いが胸一杯に広がって切なくなる。
好きだよ。大好き。大好きなんだ。声にならない言葉で何度も何度も囁いて、兄貴の首に頭を擦り付ける。

「…ったく、分かってるわ」

俺の大好きな指がうなじを辿って、髪を撫でた。息を呑む。

「お前が俺を好きなんは…やろ?アレス」

俺は目を見開いたまま、兄貴の口づけを頭に受けて涙が溢れそうになる。かと思えば、途端取り払われた枷に歓喜して、力一杯兄貴を抱きしめた。

なぁ兄貴。
兄貴なら、分かってくれるだろ?
こんな奇跡、俺、言葉も出ないよ。


Voiceless
-Blue Dahlia

(ヘパイストス、大好き)
(兄貴って呼べ、阿呆が)


END



2010/12/29