(火戦兄弟:微暴力)


「なぁ、それ楽しいん?」
「ふ…っ」

足先でごろり、蹴飛ばしてみる。答えはない。床に転がった塊は柔く、剥き出しの皮膚はほんのりと色付いている。浅ましい。罵れば歪む顔に益々苛立ちが募る。ねだったのはお前だろうに。心の儘に、もう一度蹴飛ばした。

嗚呼でも答えたのは俺だったか。ふと思い出して足元を見れば、ぐちゃぐちゃになった顔が見える。足に埋め込まれた金属片が鈍く響いた気がして、気持ち悪い。妙な罪悪感だ。

「なぁ、答えてや。それ本当に楽しいん?」

はふはふと浅い息を吐く体は小刻みに震えるだけで、何も言わない。まるでただの肉塊だと足でねぶっても、閉じた瞳は開かない。勿体ない。お前の価値は俺が愛してやまない美しさだろうに。
だから今度は耳元で囁いてやる。

「なぁ、縛られて投げ出されて、声も出せずに俺に蹴られて、お前本当に楽しいんか?アレス」

ピクリと震える。
心中で葛藤を繰り返しているのだろう、眉根は寄り、吐息が触れる度に体を固くする。今更のことだが、悩みの種なんて分かっている。言って嫌われるのが嫌か、言わずに嫌われるのが嫌か。少なくとも、此奴の中の俺は此奴を嫌いらしい。…馬鹿馬鹿しい話だ。

「はよ答え」

縛られた体を横抱きにするのにしたがって、ゆっくりとピジョンブラッドの目が開く。薄く開いたそれには膜が張って、今にも宝石が零れそうに美しい。
けれど、再三の催促に困ったように目を泳がす姿がそれを台無しにしているような気がする。それは、好ましくない。

「なぁ、この口は何のために付いてるん?」

顎を捕らえて、唇が微かに触れる距離で話す。アレスが好きな瞬間の一つだ。なのに、

「…やぁっ」

飴はいらないのか。

「…へぇ、まぁええわ。紐解こか」

苛立ちを見せないよう、平素通りの声で返せば怯えた様に息を呑む。それが好ましくないというのに、馬鹿が。
緩慢な仕種で後ろ手に括られた手首に触れる。溜め息と共に結び目に手をかけ、緩ませ始めた瞬間だった。

「や…!解いちゃやだ…っ!」

アレスが泣き付いてきた。

「なら理由は何や?言えるやろ?」

アレス、と呼びかけ優しく頭を撫でれば、小さく息を呑み、

「…今日、客が沢山来てたから」

ぽつりと言った。
そういえば、今日は朝から人の出入りが多かった。遊びに来た此奴に構えないくらいの量で、そしたら不意に言ったのだ。

“俺を縛って、閉じ込めて”と。

「兄貴、笑顔で、なんか幸せそうで、俺いなくても幸せそうで、悔しくて、」

次第に増していく涙に指を這わせながら、縋り付いてくるその体を受け止める。
一瞬、アレスが息を止めた。

「だから誰も来ないように皆殺しちゃえばいいんだって思ったんだ。皆が俺より強いなら兄貴を閉じ込めて、縛り付けて、俺だけが面倒見てあげて甘やかして、ずっと二人で、そしたら俺、俺すげェ幸せだから、だから…!」

縄がぎしりと鳴く。
アレスも、泣いた。

「ヤダ…ヤダよ俺。したくない。したくないんだ、そんなこと!お願い兄貴。俺にそんなことさせないで、頼むから。頼むから、俺だけ見ててよ…!」

なんて我が儘な理由。

「…お前、やっぱり阿呆やな」

戸惑うアレスを無視しながら縄を解く。服を剥ぎ、体中に這う跡を辿れば、怯えた風に体を震わせた。それを“愚か”だとも“愛しい”のだとも思う。馬鹿馬鹿しい話、何時俺がお前を嫌いだと言ったのか、俺が知りたいくらいに、そう思う。嫌いじゃない。何時だってそう伝えている。
だからこそ、こう言えるのだ。

「そう言う縛り方が一番質悪いねん」

顔を隠すようにアレスの首に顔を埋めて呟いた。困惑を顕にした愚弟は散々悩んだ後、ゆっくりとその綺麗な手を背中に回してくる。恐々と触れるその幼さに、苦笑した。

「だけどなぁ、」
「だけど?」
「今日はまるで俺が閉じ込めたみたいやと思わん?」

気付いたアレスの顔が火を噴くのは、数秒後だった。


閉じ込め愛


(そういうの嫌いやないけどな)




END


2010/12/29(日記より再録)