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SS:気づいて
2012/02/06 21:35

 今日は雲が鬱々と立ち込める、辛気臭い雨だった。だから傘を貸したのだと神宮寺は言う。とある男女――おそらくアイドルと作曲家のパートナーである男女の困っている姿を見て、自身の傘を差し出し、男に女を送るようにと、そう促したのだと。フェミニストである自身が彼女を送る手はあったし、それが女性に喜ばれることも知っていたけれど、二人の間に横たわる柔らかい雰囲気に学校の玄関先で待ちぼうけをくらうことを決めたのだと言う。

「お前は恋愛禁止という校則を知っていて、そうしたのか?」
「勿論。背中を押したつもりはないけれど、そう見えるかもしれないね」

 雨はしとしとと降る。神宮寺は穏やかに目を細めてそう言った。誰かの幸せを、例えそれが一瞬で、後々彼らを苦しめるようになるものであっても、手伝えることは素敵なことじゃないか。まるで祈るように口にして、天を仰いだ。その幸せがいつかは支えとなる日が来るかもしれないからね、と。

「お前にも見抜かれるような恋心が、この世界で通じるとでも」
「そういうことじゃないよ。でも仕方ないんだ、恋は盲目だからね。周りには驚くほど伝わってしまう。本人たちは気付きもしないのに、理不尽なほどに、ね」
「…それは、お前もなのか?」
 
 神宮寺は笑う。そうだったらいいのにねと、他人事のように呟いて雨の中、一歩踏み出した。モノクロの世界に神宮寺の髪色は鮮烈に浮かび上がり、瞬間色を無くしていく。雨の性だった。湿った空気が肺を埋め尽くして、重たい。振り切るように出した足がパシャリと水を蹴った。

「…濡れるぞ」

 差し出した傘を払うでもなく神宮寺は静かに受け入れて、もう濡れてるさと返した。屁理屈を言う瞳は存外優しいもので、勢いを削がれた口は噤んでしまう。
 さして大きくもない傘は男二人には些か狭く、頼り難い。鬱々と立ち込める雲は濃度を増して、雨はその粒の大きさを増した。お互いの肩が濡れる。それでも俺も神宮寺も何も言わなかった。言えなかった。

(―――俺は、俺たちは、傍から見たらどう映るのだろうか)
 
 神宮寺の傘で帰ったであろう二人を思い浮かべる。
 思考は攫われたまま帰ってくることはなかった。

END

そんな恋の物語。



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