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本人の願いで火神が黄瀬のマークを続行。残り四人が中を固めて黄瀬の阻止を最優先とするボックスワンの形をとる。これで火神へのヘルプが速くなるが、逆に外が手薄になる。個々の能力が高い海常を相手にするにはあまり良くはない手だ。いつもより懸念材料が多くなれば、それだけ隙も大きくなる。けれど黄瀬を止めないことにはどうしようもないこともまた事実だ。
黒子にペースダウンを指示した相田が涙目でベンチに戻る。十分に考える暇もなかったから仕方のないことだろうか。
笠松にボールが渡り、3Pが決まった。想定内とはいえこうもあっさりと決められてしまえば多少なりともメンタルに響く。
眉間に皺を寄せながら試合を見つめる。火神が黄瀬を突破できないことと黒子がミスディレクションを抑えたことでじわじわと点差が開いていく。海常側も黒子に慣れてきたようだ。
冷や汗が流れる感覚に内心で舌を打っている間に、黄瀬が火神のボールを外へと弾き出す。
「…そろそろ認めたらどっスか?今のキミじゃキセキの世代に挑むとか10年早えっスわ」
「なんだと……!?」
「この試合、もう点差が開くことはあっても縮まることはないっスよ」
話し始めた火神と黄瀬に聞き耳を立てる。うるさい体育館の中でも耳を澄ませば聞こえる程度には大きな声だ。黄瀬の眼光が鋭い。
「潜在能力は認める、けどオレには及ばない。キミがどんな技をやろうと見ればオレはすぐに倍返しできる。どう足掻いてもオレには勝てねぇスよ。ま…現実は甘くないってことスよ」
話を要約すると、バスケは体格のスポーツなのだから個々のスペックが明らかに高い海常に勝てるわけがないだろう、ということだそうだ。それは、思わないこともない。けれどそれだけでもないはずだ。体格だけで全てが決まるなら試合をする必要はないわけで、だからこそ戦術と戦略がある。明らかにスペックが違うからと言って一方的にやられるだけのゲームでは、ないはずだ。
「クックック……ハッハ……ハハハハハ……!!」
唐突に、笑い声が響く。黄瀬の長すぎる話を聞いていた火神から。周囲の表情は困惑と呆然。静まり返るコートの中で火神だけが笑っていた。
「ワリーワリー、ちょっと嬉しくてさァ……そーゆーこと言ってくれる奴久しぶりだったから」
アメリカじゃそれが普通だったんだけどな、とまた笑う。
「日本帰ってバスケから離れたのは早トチリだったわ。ハリ出るぜ、マジで。やっぱ人生チャレンジしてナンホじゃん」
周りの音を遮断して、火神の声だけを取り込む。聞いているだけで背筋が震える。また、火神がひどく眩しい光に見えた。
「強ぇ奴ががいねーと生きがいになんねーだろが、勝てねェぐらいがちょうどいい」
言い切った火神がきょろきょろと何かを探す。オレはポジティブすぎる考えに脳味噌を抉られている気分になって冷や汗が止まらなかった。
やがて目的のものを見つけた火神が、勢いよく黄瀬の前に引っ張り出す。いくら身体能力の優れた黄瀬でも影を極限まで薄めるバスケスタイルは真似できない。生まれ持った体質と並外れた観察眼が可能にするものだからだ。このコート上で、黄瀬が唯一模倣することのできないもの。
「……つまり、コイツだろ!オマエの弱点!」
いっそ笑いが漏れそうになって、思考が現実に引き戻される。確かに、この試合のキーマンは、黒子だ。