黒バス短編 | ナノ

ある日、俺に前世の記憶がよみがえった。
それはまだ幼稚園のころのことだったが、それなりに人格も出来上がっていたからこの記憶は俺を混乱させるのには十分なものだった。今でこそこの記憶に頼って生きていると言っても過言ではないが、当然記憶の中の俺と今の俺の精神が重なるためには長い時間を要した。色々と幼い頭で考え、精神が前世の俺に引っ張られて完全に一致した頃には既に俺は小学校高学年だった。
今の俺と前世の俺の相違点を述べると、それは漫画の中のキャラクターか、そうでないかに尽きる。どうやら俺は平凡な一般人から愛読していた漫画のキャラに成り代わってしまったようで、染み付いた関西弁や今吉翔一という名前がそれを如実に示していた。なってしまったものは仕方ない、というのが俺の意見だ。この事実はどうにも覆らない。だからと言って俺が今吉の代わりになるつもりはさらさらないのだけれど、面白そうと思ってしまったから今吉のキャラを演じることにした。そうして今吉のキャラを演じ始めて数年。親の転勤で上京したりといろいろなことがあったが、今日はいっそう特別な日になる。

「花宮真です。よろしくお願いします」

"いい子ちゃん"がする笑みを浮かべて花宮は頭を下げた。部活動の仮入部期間が過ぎ、ようやく一年が正式な部員となった。顧問は仮入部期間にある程度目ぼしい一年を見つけていたようで、彼らと二、三年の混合チーム同士のミニゲームをすることになった。顧問に目をつけられた一年は四人ほど。その中に見知った顔がいたからひどく驚いたのだが、そういえば彼と今吉は同じ中学校だったと思い出した。悟られないように引きつりそうになった表情筋をなんとか胡散臭い今吉の笑みに変えた。

「今吉翔一や、よろしゅう」

チームでポジションを決める。顧問はその辺のことは自分たちの判断に任せるようで口出しはしてこなかった。一応大会でも成績を残しているからか俺がポイントガード、所謂司令塔の位置に立って指示を出す。そういえば花宮のポジションもポイントガードだったなと今更ながらに思い出して、動きも悪くないようだったからミニゲーム後半からは花宮にさせてみた。やはり俺とはリズムや指示も違って、前半との違いで相手を翻弄していく。花宮は俺との違いも計算に入れているのだろう、彼はとても頭がいい。ミニゲームは俺たちの勝利で終わり、顧問も花宮のゲームメイクは気に入ったようだった。さすがだなと思って、今日は居残り練習を長めにすることにした。
司令塔であるポイントガードは対人戦というか、とにかく人の動きを見なければならないポジションだ。他のポジションももちろんボールや選手の動きを見ていなければならないが、ポイントガードはより注意深く観察する必要がある。居残り練習の時間を増やしたからと言って、俺以外に誰もいないこの空間でそういったポイントガードの練習ができるかと言われれば否である。よって俺の自主練はもっぱらドリブルやシュートの精度をあげることだ。必要なことだし、何よりボールに触れているのが楽しいから別段問題はなかった。黙々とボールをゴールに運ぶ作業を続けていると、視界の端の花宮と目が合った。

「花宮やん。どないしたん?」
「……いえ、あの」

声をかけると体育館の入り口からそろりと入ってくる。俺の目の前で立ち止まって、花宮は優等生の顔のまま言った。気になっていたのか、それは今日のミニゲームのことだった。

「どうして、僕にポイントガードをしろなんて言ったんですか」
「……いや、なんか自分人使うの上手そうやったから」
「え、で、でも先輩のゲームメイクの方が何倍も良いじゃないですか」
「花宮のゲームメイクも、悪くないどころかええもんやったで。顧問も気に入とった」

花宮にポイントガードをしろと言ったのは漫画のことが大半だが、確かに司令塔に適任だと思ったからだ。自分も同じポジションだからか、花宮に確かな才能を感じたのだ。花宮だって自分がポイントガードに向いているのはわかっているだろう。すでに捻くれていそうだし、もしかすると俺の心の内を探りに来たのかもしれない。俺の答えに望むものを見出せないのか花宮はまだ腑に落ちない顔をしていた。

「今日のミニゲームは一年がメインやろ?その一年ができそうなポジションをわざわざワシがする必要ないわ」
「……先輩は、活躍したくないんですか」
「ん?せやから、今日は自分らが主役やろ。それに、試合なんて勝ってなんぼや。ワシが見せ場譲って勝てるんならいくらでもやるで」

まあ、簡単に負ける気もないけど。そう笑うと花宮は面食らったように目を丸くした。あの悪童がびっくりしているところなんて早々見られないのではないかと思ってくつくつ笑い声が漏れる。花宮の顔が引きつっているのを見てダメ押しの一撃を放つ。

「それより、ワシの前では普通にしとき。バラすわけやないから」
「!……いつから」
「さあ」

途端に特徴的な眉を寄せて睨みつけてくるものだから余計におもしろい。おそらく今まで見た中で一番の凶悪面だった。にやにやと笑みが深くなるのを自覚しながらちらかったボールを片付ける。鍵は最後に顧問が確認しに来てくれるから閉める必要はない。花宮は始終無言で、けれど俺を睨みつける目がうるさいくらいに饒舌だった。着替えるのも面倒だからそのままスクールバッグを手にとって出入り口に向かう。練習着のまま帰っていいのはきっと中学校の特権だ。花宮の隣を通り過ぎる前に、さらさらとした俺とおそろいの黒髪を緩く押さえつけてみる。

「勝てば官軍、負ければ賊軍。おぼえときや、花宮」
「ふはっ、うるせえんだよ」

勝ってなんぼ。いつのまにか俺の勝負に関する価値観の基準となっていた言葉。勝つためには何をしてもいいだなんて言うつもりはないけれど、それでも勝てなければおもしろくない。おもしろいからバスケをするのだ。俺も、きっと彼も。頭の上の俺の手を振り払って、花宮は舌を打った。勢いよく踵を返してずんずんと進んでいく花宮に仕方のない奴だと喉の奥で笑った。

「ああ、ただ、限度は覚えや」


限度を覚えろ

140104修正

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