黒バス短編 | ナノ

「センチメンタルな高尾♂」設定



死んだと思ったある日、突然俺は生まれ変わっていた。名前は高尾和成。どこかで聞いた事があるような気がして、それだけだった新しい名前。俺はそれを掲げながら生前――否、前世で好きだったバスケをしていた。ずっとバスケが好きで、高校を卒業すれば、もうすることもないのだと思っていた。本気のバスケは高校までと決めていたのだから。だから、死んだことは悲しくて、周りに家族も友達も誰もいないことは寂しくて、それでももう一度バスケができるということは、嬉しかったんだ。


「頑張ろうぜ」

その言葉に返ってくるものは何もなかった。中学バスケ界最大の大会で、なんとか出場することはできたものの俺のチームメイトは誰一人として希望を持っていなかった。勝つことへの希望を、持つことができなかった。
それは相手の中学が強すぎたことが原因だ。その年は特にそうで、最後の一年だというのにチームメイトは誰もがおざなりなプレーになっていた。それでも俺は諦めたくなくて、惨めったらしくコートを走り回った。
ボールが相手の7番に渡る。
そいつはコートのハーフラインでぐっと腰を沈めて、ばねのように伸びた。美しいフォームから放たれる、恐ろしいほど高く、長い、スリーポイント。それを視線で追いかけて、「あ、これ入るな」、と思った。案の定かすりもせずにリングをくぐったボールが床を強く叩きつける音を聞きながら、人よりも広い視界に、鮮やかな緑色が映っていた。
ふん、と鼻を鳴らす綺麗な人を呆然と見上げて、何かの記憶が弾けた気がした。
俺は知っている。こいつは緑間真太郎で、俺は、高尾和成だ。




「なあ、真ちゃん。あの瞬間から、俺のバスケはお前のものだったよ」

誰もいない部屋で呟く。緑間は数分間放心して、それから何事もなかったかのように帰っていった。……いや、そう、見えただけだ。
きっと頭の中は混乱しまくっていて、きっと何も考えられないくらい、真っ白だったのだろう。自分が、自分の思う高尾和成になったような気がして、緑間の思考を理解できている気がした。

守備に戻る緑間真太郎を見つめて、俺は悟った。俺は俺ではなく、高尾和成なのだと。完全に納得できなくとも、俺はこれから、高尾和成として生きていくのだと。そうして、高校バスケの三年間を、緑間真太郎に捧げるのだ。
試合は散々だった。実力も出せずに大差で負けても誰も泣かなかった。いや、実力も出さずに、大差で負けたから、誰も泣けなかったのか。そんなことは、緑間真太郎に出会った俺にとって、どうでもいいくらいに些細なことだった。
これから俺は緑間真太郎に見合うだけの力をつけなくてはならない。緑間真太郎に見合うだけの努力をしなければならない。緑間真太郎に、見合うだけの、高尾和成に。

何も問題はなかった。バスケは今まで以上に真剣にできるだろうし、緑間真太郎のように素晴らしいプレイヤーとプレーできるのならこれ以上に嬉しい事はない。(自分は案外、火神のようなバスケ馬鹿なのかもしれない。)大好きなバスケができる、それは変わらない、揺ぎ無いことだったのだから、何も問題はなかった。
けれど、そうして緑間真太郎の、緑間の隣に立つのが、俺でないことに、絶望していた。

「お前ってば実際に一緒に過ごしてみるとホントおもしれーし、意外と、優しくて……思っていたよりずっと、人間だった」

俺の知ってる緑間真太郎の、知らない一面を知ることが何より楽しかった。もちろん、バスケは別枠だけど。
緑間は人間だった。漫画のキャラクターでもない、こうしてここに、俺のすぐ傍に存在している、ただの高校生。そんなことを感じる度に、俺はこいつの隣に立ちたいのだと、思い知らされた。

――お前が、俺と共にいたいと思ったわけではなかったのか……!

そんなはずはない。そんなことが、あるわけないだろう。
"俺"はいつだって、お前と共にいたいと思っていたんだ、緑間。お前の隣で、お前にパスを出して、お前の、その綺麗なスリーポイントをずっと眺めていたかったんだ。
きっとお前は幻滅しただろう。信じていた人に裏切られたような、そんな顔をしていたから。そうすると、"俺"はずいぶん緑間に愛されていたのだろう。いやん和成照れちゃうっ。

――あいりすぺくちゅー!我が愛しのエース様っ!

その言葉は、本当だった。テンションこそ高尾の真似だったが、それでも本心からの言葉だった。尊敬して止まない、大好きな偏屈エース様への、高尾の言葉であり、俺の言葉でもあったのに。
ああ、もしかして、それでよかったんじゃないのか。俺が俺のままで、高尾和成のように、緑間を支えればよかったんじゃないのか。緑間真太郎ではなく、緑間を。

「……ばっかでぇ、もう、終わっちまったっつーの」

ああ、優しい優しい、緑の鬼。どうかこのまま、俺を逃がしてくれないだろうか。俺の呼吸が止まる刹那の時まで、俺を隣に立たせてくれないだろうか。鬼ごっこなら、いくらでも付き合うから。
あと一年だけ、緑間の、相棒で。



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テーマ「人外ファンタジー」
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