黒バス短編 | ナノ

「センチメンタルな高尾」設定



「いい加減我慢の限界なのだよ。全部話してもらうぞ」

そう言って防寒具を着込んだ緑間が誰もいない俺の家に押しかけてきたのが数分前。珍しく部活がオフだった休日に珍しく家族が全員出払っていて、これまた珍しく緑間との約束が無い日だった。ぎくりと嫌な汗をかきながらいつもの調子で茶化すと、緑間が勝手知ったるなんとやらというように有無を言わせず俺を部屋へと連行していく。
二度目のウィンターカップも頂点を見ることなく終わってしまった。反対する暇もなく主将にされてしまった俺はいつものように忙しく練習に取り組んでいた。そんな中で表面上は取り繕っていたが、緑間との距離は広がったように思う。緑間が確信を持って、俺を暴こうとするくらいには。
床にふたりで座りこんで、いつまでも誤魔化すのをやめない俺を緑間が一喝した。もう緑間に待つ気はないのだと――俺と緑間の終焉を悟って、俺は重い口を開いた。

「俺は、高尾じゃないんだ」

暖房のついていない部屋で一月の空気が肌に刺さる。同時に、緑間の鋭い視線も、俺の瞳を貫く。
何を言っているんだ、という緑間の思考が手に取るようにわかった。確かに突拍子も無い話だ。けれど、これ以上に俺を表す言葉も存在しない。

怪訝そうに顔を顰める緑間から視線を外して、ぽつりぽつりと話していく。前世の記憶があること、漫画のこと、緑間のこと、高尾の、こと。ゆっくりと時間をかけて話す間、緑間は一切口を挟まなかった。俺の口から語られる全てを必死に受け止めようとしていた。

「やっぱり、こんな話、信じられない?」
「…………もっと、マシな嘘はなかったのか」
「嘘じゃねーって。信じてくれねえの?」
「……信じられるわけがないだろう。……いや、信じたくない、のだよ」

何の嘘も偽りもない。ただ俺が高尾から緑間を奪ってしまったから、緑間から高尾を奪ってしまったから、俺はこうしてここにいる。緑間に申し訳が無くて、高尾に合わせる顔が無かった。

「だから、俺は緑間に近づいたんだ」

緑間の視線から逃れたくて、顔を伏せる。最低なことを言っている自覚はあった。けれどもう既にこうとしか思えないのだから、正直に伝えるならこれが一番正しいのだ。
伏せた視界の中で、緑間のきつく握り締められた手が震える。その自慢の手が、美しく整えられた爪で傷つくことがないようにと思う俺は、もう随分と高尾だった。

「……お前は、そのお前が言う高尾の代わりに、へらへら笑いながら近づいてきたというのか。どんなに口悪くあしらっても気にしない振りをして、そうまでしてお前は俺に近づかなければならなかったのか」

緑間の唇が震える。その次の言葉を躊躇うように、息を詰めて。誰かが、じゃない。他でもない俺が、緑間に酷なことを言わせる。

「お前が、俺と共にいたいと思ったわけではなかったのか……!」

ああ、閉じた目蓋が熱い。緑間はどんな顔をしているだろうか。きっと春の始めごろからよく見るようになった、あの泣きそうな顔なのだろう。それか、怒りを隠しもしない、眉の寄った表情か。
俺は何も言わないで、言えないで、目蓋を透ける電気の光を見つめていた。緑間の呼吸音が荒い。どうしたの、真ちゃん。慌てちゃって、おまえらしくもねーぜ。喉の奥から競り上がってくるところを無理やり飲み込んだのは、高尾から学んで、俺が勝手にそうすることにした逃げの言葉だ。

「どうした、高尾。無言は肯定と取るぞ」
「……緑間」

ありがたい、非常に嬉しいことに、緑間は俺を思ってくれているらしい。涙が出るくらいに、無意識に微笑んでしまうほどに、胸の中が満たされていく。
だけど、これで最後だ。俺は緑間が必要とする高尾ではなくなった。ばれてしまったのだから、それ以前には決して戻れない。もう、傍にいることもできないのだろうな、とぼんやり考える。だからって今くらいは俺の言葉を聴いてほしいと思ってしまうのはいくらなんでも勝手すぎるだろうか。けれど俺の存在理由はもうずっと幼い頃から緑間だけで、それが無くなるのがどういうことかなんて考えたくもなくて、まるで酸素のようだと思う。
酸素を失くした生き物はどうなるのだろうと自嘲してこの自分本意な言葉を吐いたあと、性懲りも無く身勝手にも、無様におまえから逃げ出すのだ。

「なあ、緑間。……もう、お前がいねーと、息もできねえよ」

ああ、優しい、緑の鬼。お前はこれを重いと詰るだろうか。

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